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story 01 異世界転移

 葦草暁人(いぐさ・あきと)は自宅のパソコンでゲームにハマっている高校生だ。


 彼が好きなゲームジャンルはオンラインRTS、リアルタイムストラテジーと呼ばれる分類のものだ。ネットではだれとも知らぬ無限の対戦者と遊ぶことができる。

 RTSは自身が司令官となり、軍隊を率いて駒の一つ一つに命令を下し、対抗する敵の支配地を占領すれば勝ちというものだ。駒を生産したり、自分が輸送機を操って戦車や歩兵を輸送したり、時には敵の基地を直接攻撃したり。

 対戦相手はAIだったり本当の人間だったりするが、経路を邪魔したり中継基地が占領されたりするのを邪魔してくる。

 その戦略はAIといえど人間はだしで単純なものではなく、一筋縄ではいかない。対戦の楽しいところはそんなところだ。一人では味わえないスリルと興奮を与えてくれる。あるときは物量で攻めたり、伏兵を潜ませ、別の場所を攻めて撹乱したり、そんなふうに頭をつかうのが楽しいところだ。

 今やってるのはマリーントルーパーズというソフトで、SFチックなユニットが魅力的なRTSだ。

 航宙海兵隊を模した駒はどれも大量生産の規格品ばかり。相手とのユニットでの格差は全く無い。オンラインゲームではそういう公平性がキモだ。

 その日は上手く戦略がハマって、いつもは負ける相手に快進撃を続けていた。アドレナリンがドバドバ出て、ディスプレイに向かって対戦していた所までは記憶が残っている。


 それなのに、だ。


 暁人は気づいた時には森のなかに佇んでいた。事態が飲み込めずにボウッ、としていると何かの鳥の甲高い鳴き声にハッ、と意識を取り戻した。


「おっ、俺、何してるんだこんな所で……えっ、何だ、この格好」


 暁人は薄汚いローブに足元には草で編んだようなサンダルを履いている。何も所持品はない。周囲は森の中のようだが、濃い霧に視界を閉ざされ、遠くまでは見通すことは出来ない。かろうじて見えるのは意外にしっかりした踏みごたえのある足元と自分の姿。空はなんとなく晴れているようではあるが霧越しに太陽ですら朧げだ。


「うう、何なんだ。まるで神かくしにでもあったみたいだ」


 自分がここに来る前のことを覚えているか思い出してみる。昨夜は彼も大好きで唯一のめり込んでいるRTSで遊んでいたのは覚えている。いつも大体寝落ちするまで遊んでいることが多い。あのまま、ゲームの中の世界にいたとしても違和感はない。

 しかし遊んでいたゲームがSFなので今いる状況とは似合わない。今いるこの森から感じられるのはファンタジー要素だ。

 ついさっきまでディスプレイに向かっていた時の心地良い倦怠感も血走った目の疲れも全く感じられず、呆然と立っていながら体の不調は感じられない。


 身に着けている白いローブをはだけると下は短パンのような下着をつけているだけで頼りない事この上ない。しかも、そんな服に身に覚えがないのだ。

 仮に神かくしだとしても誰かに着替えさせられた? のかどうかも分からない。何もかも謎のままだ。しかし、どう見ても立っている場所は家の中ではない。外だ。となると、仮にここが舞台セットなどではなく何処かの森のジャングルであるならば彼を襲う外敵、肉食の獣などがいてもおかしくない。もしそんなのと遭遇したらとてもじゃないが逃げきれるとも思えない。


 ともかく、夜露をしのげる場所がほしい。今はまだ腹がへる様子はないが、飯の種もあるに越したことはない。行く宛はないが此処にいても始まらない。

 とぼとぼと歩き出す。霧が足元に纏わり、すぐに彼の姿を隠していった。サンダル履きのペタペタという頼りない音が彼の今の心情を表しているようだ。


「この霧、冷たくはない? 俺をどこかに連れて行こうとしているのか?」


 手を持ち上げて手のひらで霧を掬ってみても肌に纏わりつくような不快な感じはしない。さらさらと彼の手から擦り抜けていく。

 彼が足を進めると霧は暁人を誘導するように進行方向に歩けるほどに晴れるのだ。進行方向を見極めようとしても結果的にそこしか歩けない。


 しばらく霧に導かれるようにして歩くと、地面が石畳に変わったのを踏みしめた感触で気づいた。石畳となれば、誰かの人の手が加わっているのは確実だし、人里離れた場所にそんなものを作るとも思えない。と、なれば近くに人が住む場所、村や町あるいは人がいなくてもその痕跡があるはずだ。

 そして、どうやらそれらしい影が霧の中に現れた。見た感じ、石レンガで組まれた壁に見える。全体像は霧に隠れて見えないものの、少しホッとする。だが、そのホッとしたところにさらなる暗雲が立ち込める。どこまでも続くかと思われた石レンガの白い壁は霧が晴れた部分から瓦礫へと形を変えたのだ。

 しかし、何の頼りもない現状、たとえ瓦礫とはいえ、背を預ける頼りぐらいにはなる。そう思い、壁に触れて霧の中を奥へと進んだ。


 壁を頼りにどれだけ進んだだろう。気づけば中庭のような場所に出ていた。さっきまで執拗に暁人の行方を阻んでいた霧が足元から何処かへ吸い込まれるように消えていく。

 不思議とその中庭の周囲は聖別された雰囲気でどんどんと霧が薄くなっていくと、その場所の全貌が露わになっていく。

 ポカポカと温かな日差しが差し込み、高台から張り出したテラスのように石レンガで組まれた手すりの向こうは背の高い木がそびえている。

 ちょうど手を伸ばせば届きそうな高さには洋梨に似た果実と赤い林檎のような実がなっている。

 一つの木に違う実がなることに疑問を感じてよく見ると洋梨のほうの木は白樺に似た模様が入っているが、林檎の方はただの白い木肌だ。周囲を見渡してみれば二種類の果実がなる木はテラスの手すりから下の斜面にたくさん生えていた。

 その中庭のように少し開けた場所もまたその廃墟の一部で嫌な感じ、恐れを抱かせる雰囲気もない。むしろ安心できるような心地よさを感じる。

 灰色の石レンガで組み上げられた城の壁面には蔦が這い、霧に沈む城にはまるでそこが彼という船の停泊地であるかのように受け止め疲れを癒やしてくれるような安らぎがあった。

 どれだけそこで立ち尽くしていただろうか。気づくと、手すりのある中庭の先にガラスの嵌った尖塔が佇んでいた。塔の根本には観音開きの木のドアがある。暁人はそこへ近づいて持ち上げた手でそっとドアを押すと、少しの軋みもなく開いた。

 中は何かの集会所のような広間で一番奥には敬虔な儀式を行う祭壇のように一段高くなっていて、そこに置かれた木の壇はまるで何かの誓いをする場所のようだ。

 壇に登るための階段があるため、何があるのだろうと気になって上って行くと、そこには分厚い辞書を想起させる本が置いてあった。

 外で見た崩れかけた廃墟とチグハグな印象を与える。あれほど誰の手も触れられずに修復もされずに捨て置かれた場所にありながら、それだけが別格の威厳のようなものを湛えていた。


(あ、足が……)


 ハッ、として気づくが何かに引き寄せられるように暁人の足は勝手に進んで、気づいた時には書に手を翳していた。その刹那、書が勝手パラパラ、と軽やかな音を立ててページを勝手に進んでいく。ページには解読不能な文字が踊っていた。

 そして彼の足元から強い存在感の込められた風が巻き起こり、暁人の着ている服がバタバタと風をはらんで音を立てていた。気づくと強い光の中に彼は立ち尽くしていた。眩しく目を開けていられない。

 彼の中に何かが入り、そのまま通り過ぎていく。痛みはない。だが、確実に彼の中に何かを刻みこんでいく。彼の中に見えない傷を残すのが目的のようで書から溢れた光は次々に暁人の中を通り過ぎるとそのまま廃墟の壁を突き抜けて何処かへと飛んでいった。何かわからない儀式が終わったのだと悟り、目を開けるが暁人の目に映る世界が変化していた。


「な、なに? 何これ……」


 彼の目には小さな羽を持つ存在が空中を楽しそうにキャッキャウフフと囀りながら通り過ぎていく。目をパチパチと瞬かせながら両手を広げてじっと手を見る。自分の中にも何かが湧き上がってきて、それがオーラのように青い燐光になって手を覆っているのがわかる。


「これは魔……魔法? おおっ」

(ってことはまさかここは……異世界)


歓喜と同時に冷や汗を掻いていた。


「やべぇ……」


 やっと、というか今頃になって自分の置かれた環境に気づいて、色々な状況把握がどっと押し寄せてきて軽いパニックに陥っていた。今まで自分が何処に来たかも意識せず、地球のどこかという思い込みをしていたのだ。


 彼がパニックに冷や汗を掻きまくっている間にも、彼の脳裏には様々な情報が渦巻いていた。

 それは先程の儀式が関係するのだろう。暁人は彼自身、生まれ変わったようだ。

 今までの魔法とは縁もゆかりもない体から、魔力を感じ、それを操る術を備えた体へと。


「ま、まあ、無いよりはあったほうがマシだよな」


 無理やり納得しつつ、どうしたもんかと困惑げに立ち尽くしているとグウッ、とお腹がなった。腹が減ったのだ。彼の周囲をふわふわと浮いている精霊? のようなものは暁人が自分の腹が鳴ったことに気づいて顔を赤らめるとクスクスと囁くような笑い声を上げる。しかし、不思議と嫌味な感じはしない。


「なんか食うもん……そんなのある訳無いか。


 廃墟にそれを期待している方が間違っている。


 そこに中庭に生えていた白樺に似た木になっていた果実のことを思い出す。欲を言えば肉や米が食いたかったが、ないものねだりをしても仕方がない。


 その塔に入ったドアへと引き返す。「もしかして開かないかも」と思ったが手を添えれば扉は入ってきたとき同様、全く軋みもなく開いた。

 腹を押さえて中庭のテラスから手すりの下へと崩れた石レンガの斜面へと降りて行くと洋梨に似た果実に手を伸ばす。


「待てよ。毒……無いよな?」


 見たことのない果実を口にすることへの不安。しかし腹がグウッ、と鳴って空腹が彼の肩を押す。


「ええい、ままよ」


 毒を食らわば皿までといったほとんど自棄っぱちになって暁人は果実にかぶりついていた。サクッ、シャリシャリ、という噛みごたえのある果実をゴクン、と飲み込むと、まだ半かけらも食べていないのに意外なほど腹に溜まる。しかも、腹の底から力が漲ってくる感じがする。


「この酸味と苦味、ん~グレープフルーツか?」


 洋梨の方の味はグレープフルーツのような味と酸味があるが食えなくもない。みかん類のように房が連なった実ではないが、味はまさしくグレープフルーツだ。

 一方を味わうともう一つの方も気になって、隣の白い木肌の赤い林檎に似た実ももいでかぶりついていた。


「こっちはパイナップルかな? 甘みはこっちのほうがあるな」


ひとしきり二つの果実を味わい、腹に収めるとフウ、と満足気な溜息を漏らした。そんな大きくもない二つの実を食べただけでもう満腹だ。腹が満たされると急に眠くなってくる。暁人はまた腹が減った時のために、それぞれ果実を二、三個もぎ取ってから儀式のあった部屋へと戻ると壁を背にペタンと石の床に腰を下ろすとフワァァとアクビをしてそのまま崩れるようにして倒れて寝入ってしまった。


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