2-3、金床は砕けても槌は砕けず
定型文をここに乗せたと思って
あいつらを転送して約五分、いや時間は止めているから正確には進んでいないけどな。
既に何体かの天使は倒したみたいだし、第一と第二に接敵しているみたいだ。この分なら俺の仕事を進めても問題ないだろう。
雲のそばでラッパを構えたまま静止している天使、あのラッパの回収をしておこう。
「飛ぶより…墜とすか。──ダウンバースト」
気流を操り渦潮状に空気を圧縮し、そのまま大地に向かって天使を巻き込みながら叩き落とす。本当は第二宇宙速度位で叩きつけてやりたいが、後処理が面倒だしやめておこう。
上空から落ちてくる天使を、黒衣のつららで貫く。俺の足下から生やした電柱程度の太さのそれは、自由に形を変えて器用にラッパを避け天使を食らいつくしていく。
黒衣、あまりこいつに頼るのもつまらんが時を止めている以上普通の魔法じゃあ効果は与えられないし、全力出せば天界のあいつらも諸々消し飛ばしちまうからな……まああいつらなら生還するんだろうけど。ていうか反撃してきたり鏡返しされたりしそう。
指の末端まで食らいつくして、ラッパが…あっ時間止まってるから動かないか。
さっきのダウンバーストはこの距離じゃあ調整効かないし……新しく作るか?魔法を。
いやそもそもあの魔法は物理魔法だから…
「……面倒くさ……叩きつけちまえ。」
結局もう一度ダウンバーストを唱えて、ラッパを盛大に地面に叩きつける。
地面にめり込みもせず、またラッパ自体にも損傷はない。が、時間を進めればここにはクレーターが出来てラッパは粉微塵になるだろう。
時は止まっている、物体が衝突した瞬間は、ほんの一瞬はどちらにも影響はないが次には衝撃で崩れてしまう。今はその瞬間なんだ。
出切るだけ無傷で集めたかったが、面倒くささにはかなわない。
「……だぁー!!!暇だ!!」
やることもないしやれることもない。ハークがいれば膝枕でもしてもらって暇なんてしないんだが。
無いものをねだってもしょうがない、
あーあ、早く終わんないかな。
……そういやハーク、激怒してたな。
天使達の圧倒的劣勢、その報告は予想通りだった。想定の中では最高の結果とも言える。
全滅の想定で計画を進めてたおかげで、これからの動きにかなり自由が効くようになった。
挑発にのって、全力で攻めて来ないのは想定外だが、好都合だ。何より、あの魔法の祖が来ないのは僥倖だ。
あいつの知識と魔力は私と相性が悪すぎる。
「ここから一番近いのは…一番かしら。」
「はい、真祖と交戦中、劣勢の模様です。」
「あの子も頑張るわね。」
援護に向かうのはそこで決まりだ。
分断して、個々を削っていく。いつの時代も戦いの根底はこれがある。
薄汚い魔族を、消し去ってやろう。
「無様ね、剣を使う必要も無かったかしら。」
片腕を失い地面にひれ伏す天使、体中の至る所から血を流して、白い床に赤い水たまりを広げていく。
「普通なら死ぬ量の血液だけど……その辺りは流石に天使ね。」
「それは…ありがとう…」
血の臭いはとても不味そう。人工血液位不味そうだ。
どれだけお腹がすいていようが飲みたくない。血に関しては私はグルメで、かなり選ぶ。食事ならシュールストレミングスとサミルアッキが毎食でも気にしない。
この不味い匂いも、こいつを殺せば消える。さっきの、こいつの前の天使を殺した時には血飛沫もまとめて消えていた。
何より、こいつは嫌いだ。見ているだけで声を聞いているだけでイライラする。
「消えなさい。」
剣を振り下ろす、その瞬間に私の腹部に矢が刺さる。その衝撃は私が今まで経験したことのない物だった。
矢は光ながら私の体を焦がしていく。幼いころ雲の上で直射日光を浴びたように焼けていく。
矢の衝撃で私は吹き飛ばされた。
「名前で呼ぶことを許可します。答えなさい、一番。」
「ラッ、ラグナロク様…」
ラグナロク、北欧神話で世界の終わりとか言っていたはず。神である自身がその名前を使うと?
中々のお笑い話、一点物のジョークみたいだ。
中性的で、すました顔をしたいけ好かない奴。
私の体に刺さる矢、それを握り引き抜こうとしても全く抜けない。いたずらに手も焦がすだけだ。
私を吹き飛ばしたあいつ…私と同じ位の強さだろう。それだけにこの不意打ちは痛い。
「よく戦いましたね。さあ、共に穢れを滅ぼしましょう。」
「身に余る光栄、この身の限りラグナロク様の剣となりましょう。」
私は、注目を集めるのが好きだ。
だから
「無視してるんじゃないわよ…!!!」
あの天使相手には手を抜いても楽勝だが、あの親玉は本気を出さなければ負ける。死ぬことは無いが封印されればおしまいだ。
腹に刺さった矢を、その回りの部位ごと切り落とす。いくら死なないとは言え腹を半分切り取れば気絶しそうな痛みが来る。
切り落とされた部位は灰のように散っていき、私の三日月のようにえぐれた腹からは血と臓物が溢れる。
「無様ね、本当、見るに堪えないわ。」
せいぜいほざけ。その減らず口、切り落としてやる。
私の血が、溢れ出る。
傷口に剣をあてがう。
「このくそったれ。」
滴る血、落ちた血、あるべき場所へ集え。
そのドレスは何色だ。復讐に燃える炎のごとき朱か、情熱の結晶であるルビーの紅か、いや、私の血の赤だ。
孤高たる戦士の鎧は何者にも染まらぬ。
王たる剣は何者も染め上げる。
誇り高き我が体を、踏みにじられたこの力を、怒りに燃える心を、絶対の王の血を。
「かつて魔界を、恐怖と暴力と権威で支配した最強の種族その王、真祖の名を受け継いだ者。」
血が私を包み、装備を形作る。デザイン自体は写しだが、この世に勝る物のない業物だ。
真紅のドレス、要所を守る鎧、シンプルな黒い剣。
私の、今の私の本気だ。
「ご紹介、ありがとう。」
「滅ぼしたつもりだったんですがね、やはり慢心は良くないですね。」
「お礼は安らかな眠りね。」「今潰してしまいましょう。」
腹部の修復が終わる。
それを合図に動く。敵の背後に回り業も品もない斬撃を浴びせる。星ぐらいなら真っ二つに出切る。はずだ。高速の運動エネルギーと衝撃波で防御もさせないはずだ。
本気の一撃は、その白い背中に達する前に刃は止まる。やはりそう簡単にはいかない。
(合流も視野に入れるべきね…私のスピードなら…!)
「まずは小手調べからよ!」
剣に魔力を纏わせ振り抜き斬撃を飛ばす。直接切りつけても通らないくせにこんな物は通りはしない。
斬撃の後にすぐさま移動、また斬撃、また移動。
繰り返して、敵を中心に円を書くように斬撃の雨を浴びせる。思った通り一切通用していない。
反応こそあるが、どうやらスピードは私が圧倒しているらしい。だが、私の全力で突進しようが何をしようが傷をつけられないだろう。
「こざかしいですね…」
(あいにく、私は個人戦は苦手なのよ…)
光る弓矢を出現させ、私に攻撃を開始してくる。当たることは無いが当たれば必死の痛い物だ。
…いや、弓矢ではなかった。矢だけだ。
あいつの回りに矢が次々に生まれて私の方へ飛んでくる。多少の偏差射撃もしてくるが、問題はその投射量だろう。私の斬撃に合わせて打つことの出切る高威力の矢、動き続けなければ負ける。
(反射も早くなってきた…懐に飛び込めれば楽だけど……見え透いた落とし穴はよける物よ。)
しかし最初は反応が精一杯だったはずなのに、どうやってここまで反撃している。余力を残していたなら…。
いや、あの天使か。さっきから蚊帳の外から眺めていたものだと気にしていなかったが、見た情報を共有するなら話が早い。動体視力ぐらいなら魔力の集中で何とかなる。具体的には生命活動ぎりぎりまで魔力を集中させればね。
「(これぐらいかしら)…ルナティックヒール」
横に一閃、大きく剣をなぎ払う。
津波のように、赤黒い魔力の壁を出現させ突進させる。
すぐに矢で壊されるが、その壁の向こうにはもう私は居ない。
代わりに、第一天使とやらの首を置いていった。気に入ってくれるかしら。
目の前に転がる散りかけの物。私の反応速度すらを凌ぐあのスピード…どうやらまだ底は見せていないみたいですね。本気と思っていましたがとんだ女狐ですかね
「…スピードは光を超える、が肝心の決め手に欠ける訳ですか。」
あれは、誰かと共闘することで恐ろしい力を発揮するタイプですね。何より頭が切れる。勝利が遠いことを悟った瞬間に情報収集に方向転換してさっさと逃げた。逃げることを知る、とても面倒な相手だ。沸騰してもすぐに氷のように冷静になる、できれば欲しいですね。
「合流されるのは面倒ですが、あれには追い付けない。…いや、いっそ全員纏めて…」
いけないいけない。ついつい楽しんでしまいそうだ。
それに油断は禁物。
「例えそこに居るネズミだって、全力でね。」
「…ありゃ?隠れ蓑もうばれた。それならドロンッ!」
この目で見る前に、ネズミは姿を消していた。
「……不思議な奴ね。」
いやー、危ない危ない。
あのままだったら勝ち目はなかったね。元々私はアサシンなんだから白兵戦は苦手なのよ。戦闘はあいつらに押し付けないと。
「ということは、私の仕事はこっちね。」
白一色の、不可思議な宮殿の中を探索していた。
門もなく、窓にはガラスもない。装飾品もきわめて少なく、同じような景色が続いている。
幸いと言うべきかこの宮殿は構造がシンプルなので迷うことはない。
ただ、面倒なのは見回りの兵がごろごろ居ることと、食堂のお菓子をつまみ食いしてたら見つかってしまったことだろう。
(何やってるのよ私…!!)
忍ともあろう者がカップケーキごときにうつつを抜かすなんて……でも美味しいのよこれ。モグモグ
「おい!まだ見つからないのか!!」
「はっ!そこら辺に食いかすが落ちているのでこの辺りだと思うのですが…」
やべっ?!このしっとりとした食感の中に芯の通った確かな甘みに気を取られて食べかすを…まさか、これも作戦の一部?!
「馬鹿野郎!罠に決まってるだろ!別の場所を探せ!!」
馬鹿はお前と私だよ。モグモグ
甲冑のガチャガチャとしたうるさい音が徐々に消えていく。
隙間から気配を消しながら覗いて誰も居ないことを確認して、術を解除する。
白い空間に不釣り合いな黒い忍装束が蜃気楼のように現れて、徐々に形を成していく。解除に時間がかかるのが難点かな。
「後二十個……もう少し食べてもいいよね。」
大きめのバスケットに敷き詰められたカップケーキ達、まだ半分も残っている。最初に見たときはこれがもう一段あった。小さいから沢山食べてしまったわけで、総量はそう無い…よ?……紅茶とか置いてないかな。
ええぃ駄目だ駄目だ駄目だ!!!目的を忘れるな!
別のことを考えよう。
私(幻影)を攻撃したあの天使の持っていた本、隠していたつもりだけど何やら大切なものみたいだ。
そしてさっきの兵達もホルダーのようなものに本をしまっていた。
見つかったときに放ってきた魔法も、あの本が関係している可能性がある。
魔法自体は普通のものだったが、あの兵達に氣を感じない。隠している可能性もあるが、その状態で魔法の行使を行えるのはクレイスぐらいしかいないだろう。
あれが発動体なのだろうか。あれを調べれば天使達をなんとか出来るかも知れない。味方が出す犠牲者が減るという意味でね。
「戦闘は私が居なくても変わりないから、得られるものは探さないとね。」
紅茶とか。牛乳とか。最悪水でもいい。
氣で周囲を探っても、同じような空間が続いているだけ。最も深く潜った方がいいかな。
階段も丁寧に四隅に設置されていて、簡単に下っていける。同じような光景と時折聞こえる鉄の音は飽きるほど見聞きしてうんざりした頃に変化が現れた。
今まで等間隔に設置されていた外窓が、照明に切り替わっている。白い半透明のカバーがかかっており、外してみるとガラスの中に光る魔法の球体が入っていた。
強い魔力と古めかしい仕組みが施されている。だいたい四百年前ぐらいの仕組みで、あまりにも面倒くさい制作方法で廃れていった物だったはず。
落ち着く光が特徴で、個人的には好きだ。
懐かしさと物持ちの良さに感心して、また階段を降りていく。窓からの光ではなく照明の灯りに切り替わっているので少し薄暗く感じる。
「……使われた形跡が見当たらない。」
ホコリなどは魔法で残らないように出来るが、隠遁などの隠密系の魔法が無ければ難しい。不可能でないが…一応覚えておこう。
どこまで続くんだろう。
延々と降りていくと、大きな木の扉が見えた。
そしてそこの前には羽を広げた天使が立っていた。立ちながら本を読んでいる。足音に気づいてこっちを見たが、一瞬驚いたように目を見開き、呆れたように本にしおりを挟む。キャリアウーマンのように分けられた少し長い黒髪とインテリ眼鏡が妙に似合っている。実に人間らしい恰好をしている。
「……お菓子を頼んだけど、侵入者が持ってくるとはね。」
お菓子とはこのバスケットに敷き詰められたカップケーキ達のことだろう。
なるほど、だから用意されていたのか。毒見は済ませたから安心だね。
まあ、敵であることに変わりは無い。氣を感じる辺り相当に実力があるはず。不意打ち、とまでは行けなくても急所をいただくか。
「入りなさい、紅茶でいいかしら?」
しかし以外にも向こうから戦闘を拒んできた。私が紅茶と一緒にこのカップケーキを食べたいと思っていたのがばれた?
(食べかす…服についてるわよ。)
「えっいいの!?…じゃなくて、私は敵だよ?そんなことしていいのかな?」
「無駄な努力はしない主義よ。それに私、あいつ嫌いだから。」
天使の五倍はある大きさの扉は勝手に開いていき、天使の体を呑み込んだ。そして開いたまま、まるで私を待っているかのように開き続ける。
陰はあるし、なんとかなるだろう。そんな軽い気持ちで私はその扉に呑まれた。
「佐子倉 尚美、隠密にこの世で一番秀でたもの。また隠遁の使い手。歓迎するわ。ようこそ私の書斎へ。その魔法も見せてくれると嬉しいわ。」
「ナリスだ、苗字は言いたくない。」
ー言いたくないなら仕方ないですか。ところでちさいでgほぉあ?!
「これでも気にしてるんだ。次言ったら殺す。」
ー…ずっ……ずびばぜん…。
「そりゃさ、生まれ持った体だ。不満もないわけではないが夢くらい見たいだろ?」
ーはい、そっすね。
「一時期は牛乳飲んだりぶら下がったり引っ張ったりいろいろやったさ。」
ー(…解放される気がしない…!!)
その後、五時間に及ぶ愚痴を吐き出してすっきりしたナリスであった。




