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少年犯罪法~子の罪は親の罪~  作者: ますざわ
第一章 望
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6

 数年前に値上がりがして、その機会に禁煙を試みたものの、やはりこういう気分の重い仕事をやった後はついつい煙草に延びてしまう。木田が幼い頃に想像していた刑事のイメージに、喫煙のイメージは強かったが、今では刑事でも禁煙する人が多く、無駄に広い署内の喫煙所にもあまり人が混み合う事はない。


「悪かったな、木田!」


 明るい声で喫煙所に入ってきたのは上沢だ。よく奢ってくれるブラックの缶コーヒーを今日も二本持っている。


「いえ」


 上沢は二本持っている缶コーヒーの内、一本を木田に渡し、煙草に火を点けた。上沢も今では少なくなった喫煙者の一人だ。


「彼と一緒にいた男は?父親か?」


「ええ。今井という少年の父親ではなく、葛城望の父親ですが」


「葛城の?」


 上沢はさすがに驚いたようだ。

 先程、葛城と今井が上沢を訪ねて来た際、上沢は会議などしていなかった。何度断ってもしつこく署を訪れる今井への対応に辟易として、木田に半ば強引に対応を押し付けたのだった。


「なるほど。いつまで経っても俺が話を聞いてやらないもんだから、加害者の両親に直談判に行ったって訳か。厄介なガキだな」


「やはり、そうですよね・・・」


 上沢はそう吐き捨てたが、実の所、木田は何故今井の話を一切聞こうとしないのか、納得が出来ていなかった。この事件が起きた時、現場にいたのは十人。その中で犯人の葛城望と、その葛城望に殺害された少年二人を除くと、目撃者は七人という事になる。この七人の内、六人の話は全て一貫して、「葛城、今井と対立関係にあり、話し合いで決着をつけようとした所に、葛城が武器を使って暴力を振るい始めた」と話している。現に、殺害された二人以外にも怪我を負った少年はいた。

 しかし、木田には彼等の話が事実には聞こえなかった。まずは、葛城、今井と殺害された二名を含む八名は見るからに風貌が違う。新米刑事の感想と言われればそれまでだが、葛城は爽やかなスポーツマン、今井は物静かな文系少年と言ったところか。一方、他の八名については髪を金や赤に染め、ピアスをし、中には煙草を所持している者もいた。人を見た目で判断してはいけない、まして、それが刑事であれば尚の事かもしれないが、この時分の少年であれば、見た目は現在の自分を映す鏡と言っていい筈だ。誰がどう見ても、結果はともかく、最初に争いのきっかけを作ったのは被害者側の少年ら八人と考えるのが自然ではないのだろうか。

 それに葛城望が武器を使ったとの供述があるが、これに関しても違和感がある。武器の数だ。ナイフ、金属バット等の殺傷能力が高いものが現場には5つ落ちていた。これを葛城望と今井が持参したとは考えられない。両手で金属バットを振り回すことは人間を攻撃するに当たって、余りに非効率的だからだ。つまり、武器は被害者側八人が用意していた事になる。被害者側の少年らの供述では、ナイフについては護身用に持っており、金属バットについては現場に元から落ちていた、という話だ。確かに現場は体育館倉庫ではあるが、体育館で金属バットが必要な種目は無いので、何故そこに元々あったのかも疑問だ。


 確かに、葛城望の事件後の様子や、状況から見て、彼が少年二人を殺害した確率は非常に高いとは思っている。しかし、余りに被害者側の少年らの話を鵜呑みにし過ぎているような気がしてならない。その上、加害者側の目撃者とされている今井からの証言を聞こうとすらしない。


「上沢さん、やはり私はおかしいと思います。この事件」


 木田の記憶では、上沢にこの件で意見を述べるのは三回目だ。しかし、何れも答えは同じだ。


「刑事やってれば全ての事件に納得のいく結果や答えなんて得られると思うな」


 今回も同じ言葉だった。上沢は特別優秀な刑事ではないが、少なくとも木田と比較すればその経験や知識は遥かに上を行く。木田が気付くような簡単なものを、上沢が見逃すわけはないと思って進言し続けてきたが、こうも毎回同じ言葉で返されると、やはり自分が間違っているのか、と思わざるを得ない。

 

「すいません、そうですよね。ご馳走様でした」


 そう言って、木田は喫煙室から出ようとすると、背後から上沢が小さい声で言った。


「所詮、俺達は公務員。上の決定は絶対なんだよ」


 時が止まる、というのはこういう感覚だ。これまでの人生で何度か経験してきた事がある。


「え?」


 木田が後ろを振り向くと、上沢は木田に背を向けていた。


「いや、何でもねえ」


 上沢の言葉と裏腹に、彼の背中は悔しさを物語っている。気のせいかもしれないが、少なくとも木田にはそう見えていた。

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