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少年犯罪法~子の罪は親の罪~  作者: ますざわ
第一章 望
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 政治に疎い葛城でも、中島敏夫、という議員の名前は聞いた事がある。かつて、法務大臣を務めていた事もあり、次期総理大臣候補の一人と言われているほどの有力な政治家だ。一方で、企業からの賄賂金受取の疑惑や、女性問題等、確たる証拠は無いもののダーティーなイメージの人物でもある。そのせいからか、今井の話を警察が一向に耳にしないのは、中島議員の息がかかっているからではないか、というようなドラマのような考えも頭に過ぎる。

 いずれにしても、少年が一人で警察に話しに行くよりも、大人である自分が一緒に行けば、少しは警察の対応も変わるかもしれない。


「今井君、今から一緒に警察に行って、今の話をしてくれないか?」


 葛城の申出に今井は全力で頷いた。葛城はとりあえず紀子には留守番を頼み、今井を車に乗せて、警察署へ向かった。望が逮捕された、と聞いた時に来た警察署だ。人が二名を殺害された凶悪事件ということから、警察署で望と面会する事は一度も出来なかった。今も、望はここから離れた警察病院に入院している。しかし、望の精神鑑定に問題が無い事は親である葛城が一番良く分かっている。望の精神状況が落ち着き次第、望みは本格的に裁判にかけられ、裁かれる。そして、その罪は葛城自信も償う事になる。


「刑事課の上沢さんはいらっしゃいますか?」


 総合案内で今井から聞いた刑事課の上沢という刑事を呼び出す。今井はこの上沢という刑事に何度も話を聞いて欲しいと相談に来ていたらしい。しばらく待つと、30代くらいの爽やかな男性が階段から降りて来た。


「葛城さんと今井さんですか?」


「はい」


「すいません、上沢は今会議に入ってまして。私は上沢の部下の木田と申します」


 そう言って木田という刑事は名刺を差し出した。サラリーマンのように名刺を差し出す刑事に少し違和感をもったものの、丁寧な対応に少し驚いた。木田の案内で応接室に二人は通された。


「葛城望の事件の事、ですよね?」


 親である葛城の前で、息子を呼び捨てにされるのは少しムッとは来たが、警察からすれば望は二名を殺害した犯人なのだ。親の前だからと言って気を使う必要などは無いのだろう。致し方ない。


「ええ。実は、この今井君は望の友人でして、今回の事件について、先程彼から色々と話を聞きました。私も警察から事件の背景、経緯等を教えて頂きましたが、彼の話と随分食い違う部分がありまして。今井君の話では、その一連の話に何度も警察に話そうとしたものの、上沢さんという方からは一切相手にしてもらえないという事なので、今回私も同席させて頂きたいと思い、訪ねました」


「そうですか・・・」


 木田のこの反応を見る限り、今井が上沢に何度も相談に来ている事は知っているのだろう。


「何故、警察は彼の話を聞かないのですか?」


「話を聞かない、という訳ではないと思います。この事件は全国でもかなり注目されてしまっている事件ですし、警察としても慎重に捜査を進めている最中です。その中で、まずは事件の整理をしております」


「事件の整理って、今井君は事件の目撃者ですよ!?」


 思わず声を荒げた。それっぽいような話をしているが、実際に木田の言葉には何の重みも無い。今井はまだ少年だからその程度の話で口ごもってしまうかもしれないが、こちらはそうはいかない。


「それは存じ上げています。勿論、今井さんからも一切話を聞かない、という訳ではありません。時期が来たら、きちんとお話を聞くつもりです」


「時期というのはいつですか?彼の話は望の罪を大きく左右する大きな話なんです!話を聞く前に裁判が始まってしまったら何の意味もないでしょう!」


「ですが、此方も順序と手続がありますので」


「ふざけるな!話を聞く程度の事に何の手続が必要だと言うんだ!」


「葛城さん。お気持ちは分かりますが、これは署の決定事項です。私個人の考えでお話出来る事はありません」


 正に寝耳に水だ。会話が成立していない。声を上げようが、泣き落としをしようがこの木田という人物には通用しないだろう。警察の事は何も詳しくは無い。ただ、目撃者の一人から話を聞く事は誰がどう考えたって常識ではないだろうか。


「こんなのおかしい・・・弁護士に相談する事になりますよ」


「そう遠くない内に、葛城望の裁判も始まると思いますので、今のうちから弁護士を選任するのは勿論悪くない事だと思います」


「今井君、帰ろう・・・」


 今井は何も言わずに立ち上がった。これまで、何度も警察に相談に来て、今日と同じ様な敗北感を味わったのだろう。よく心が折れずに何度も足を運んだものだ。大人である葛城でさえ、今日のたった数分のやり取りで心が折れかけているというのに。

 出口まで送ると言う木田の言葉を無愛想に遮り、葛城は今井と共に応接室を出た。制服を着た警官達がせわしなく動き回るフロア。この全員が望の事件を捜査している訳ではないのも分かっているし、今起きている事件が望の事件だけでない事も良く分かっている。しかし、それでもこれだけ警官がいるのであれば、誰か一人くらいは自分達の話を聞いてくれてもいいのではないだろうか。そう思わざるを得なかった。


 葛城も今井も、やはりダメだったか、と肩を落とし、警察署の玄関をくぐった。これからどうすればいいのだろうか。今井から話を聞いた以上、何らかの行動を起こさなければならないし、動きたい。ただ、警察が動かない状況でどう動けばいいのか、葛城には全く分からなかった。


「すいません」


 警察署の敷地内に停めた車に乗ろうとした時、男が二人を呼び止めた。


「はい?」


 男はスーツ姿ではあるが、無精ヒゲを生やし、髪も決して整えているとは思えない、まるで清潔感を感じない姿をしていた。顔を見る限り、30代くらいの若い男なのであろうが、その清潔感の無さから、若々しさは全く感じられない。


「間違っていたら申し訳ありません。もしかして、葛城さん・・・ですか?」


 腰の低そうな口調ではあるが、顔はどこか人を小馬鹿にした態度なのが気に入らない。ましてや、こんな男が何故自分の名前を知っているのか不思議でならない。


「そう・・・ですが?」


「よかった。以前に一度、お会いした事がありまして。まぁでも当時の葛城さんは私なんかを覚えられるような状況ではなかったでしょうから」


 そう言って、男は鞄から名刺を取り出し、葛城に丁寧に渡した。


「週間トゥデイ・・・氷川・・・?」


「ええ、週刊誌の記者をやってます」


 望が事件を起こし、逮捕された当時、それはもう朝から晩まで報道記者が自宅に詰め寄ってきた。昔であれば、未成年者の起こした犯罪は加害者の人権を尊重され、マスコミもそういった行為は自粛していた。しかし、少年犯罪法が施行されてからは、未成年者の罪はイコールその保護者の罪というイメージが定着し、マスコミもこぞって取材に来るようになったと言う。

 当時の葛城は毎日毎晩その対応に追われた。加害者の親、ということで世間の同情も引けず、週刊誌や新聞、テレビでさえも「葛城望」を稀代の凶悪犯へ仕立て上げる脚色記事が世に出された。中には、望は暴走族と親しくし、親である葛城は暴力団の一員という根も葉もないような記事もあったくらいだ。

 最近は自宅に押しかけてくるような記者は居なくなったが、それでも会社や自宅に度々電話があって取材を申し込まれたりしていた。

 また、記者対応か・・・。直に望の裁判が始まる。世間の心象をこれ以上悪くすれば裁判にも影響が出るかもしれない。そう思って、葛城は冷静な対応を取る事を決めた。

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