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少年犯罪法~子の罪は親の罪~  作者: ますざわ
第一章 望
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 今井光一と葛城望は親友だった。今井とは違って、望は同級生の中では体が大きくて、爽やかで、誰に対しても気さくに接し、学年でも人気者だった。

 一方で、今井は小学校一年生の頃に、体調不良を我慢して授業を受けていた際、教師へトイレに行きたいとなかなか言い出せず、授業中に嘔吐をしてしまった事から変なあだ名を付けられ、以後五年間卒業するまでそのあだ名で、呼ばれ、いじめられ続けた。

 いじめを克服しようと、学区を離れ、誰も自分を知らない中学校への進学を希望した。いじめに遭っていたのは両親も知っていた為、今井の希望通りの学校への進学をさせた。しかし、小学校六年間いじめられ続けた子供が、少し環境を変えたくらいで劇的に変化する訳ではない。公立の中学校は殆どの生徒が学区が近い近隣の小学校から上がってくる。従って、入学当初は同じ小学校出身の仲間で集まる事が多い。当然、全く知らない所からやってきた今井の周りには誰もいなかった。その結果、いつの間にかまた今井はいじめの対象になっていた。

 最初は、クラスの中でも悪い意味で目立つ数人の男子生徒から、からかわれている程度だった。小学校時代ずっといじめられていた今井にはそれだけでは終わらない事が分かっていたが、そうなる事を防ぐにはどうすべきなのかは知らなかった。今井の想像通り、数人の男子生徒が大勢の男子生徒になり、女子生徒も加わり、からかわれていた程度のいじめから、教科書やノートにいたづら書きをされたり、破られたりすることは度々で、母親が作ってくれたお弁当を目の前でゴミ箱に捨てられたり、物を隠されたり、そして一部の生徒には殴られたり蹴られたり等、日に日にいじめはエスカレートしていった。

 やっぱり自分はどこに行ってもいじめられる運命なんだ。この先も高校、大学、会社に入ってからもずっとこんな辛い思いをするのであれば、いっそのこと死んでしまいたい。そんな風に考える事が多くなった。


 そんな今井を救ったのが望だった。

 望は今井とは別のクラスで、望からしてみれば今井の存在すら知らなくてもおかしくないような、いわばただの同じ学校の同学年というだけの存在だった。

 学校へ行けば今日も辛いいじめに遭う事は分かっている。ただ、自分が弱く、情けない事が原因で無理を言って通っていた小学校と離れた中学校に入学させてくれた親に「またいじめられているから転校したい」なんて事は口が裂けても言えない。今井は無意識に通学の道のりから少し外れた公園のベンチに座っていた。


「今井君・・・だよね?」


 爽やかな声が今井の後ろから聞こえた。声の主は葛城望だった。学年でも人気者の彼は、逆に学年中から煙たがられている今井も知っていた。その彼までもが、自分をいじめようと言うのだろうか。今井はこれから何を言われ、何をされるのかを想像して怯んだ。しかし、望の口から出た言葉は予想を反していた。


「ごめんね」


「え?」


「いや、君が君のクラスや、他のクラスの一部の生徒から・・・その、いじめに遭ってる事は俺も、知ってた」


 望の言葉が突き刺さる。自分自身いじめられているのは重々承知だが、自分の事をろくに知らない他人から言われると、余計にその事実を重く感じる。


「見て見ぬふりをしてしまってごめん。俺とさ、友達になろうよ」


「え・・・」


 小学校六年間、そして中学校一年間、今井に友達という友達は一人もいなかった。学校ではいじめられ、いじめられてない僅かな時間はみんなの矛先が自分に向かないようひたすら目立たないように自分自身の存在を殺していた。当然、放課後や休日に友達と遊びに出掛けた事など一度も無い。今井の遊び相手はいつもテレビゲームや彼の両親、祖父母しかいなかった。

 そんな自分に友達になろう、と言う望。自分と同じ様に、地味で、暗くて、いついじめられるか分からないような人であればまだ話は分かる。しかし、葛城望は自分なんかと友達にならなくても、他にたくさん友達がいる。これも新しいいじめの一つなのではないかと疑った。そんな顔が表に出てしまったのか、望は言葉を続けた。


「俺もね、幼稚園の時に体が小さくてさ。今井君が今受けてるいじめに比べたら同じ経験があるって言ってしまうと怒られるかもしれないけど、仲間外れにされてたんだ」


「え?葛城君が?」


「うん。体は小さいからみんなの遊びに付いていけなかった時もあったし、よく体調も崩してたから幼稚園も休みがちだったしね。みんなが外で遊んでる時に俺だけ教室の中で先生と二人で絵本読んだり、帰りのバスの中でも俺の隣にはいつも誰も座らなかったりとか、よくあったなぁ」


 そうだ。いじめのきっかけはそういう些細な所から始まり、そして、小さな仲間外れから飛躍していくものなんだ。


「そんな生活をどれくらい続けてたのかな。多分一年くらいかな。ある日、一人の子が俺に話し掛けてくれてさ。そいつ、いつもみんなで外で鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり、みんなの中心になってた奴だったから俺も不思議で。またからかいに来たのかな、って話し掛けられても相手にしていなかったら、隣に座って一緒に絵本読みだしたんだよ。それから、そいつにつられて、みんな絵本を読んだり、俺もついていけないながらも外でみんなと遊んだり、いつの間にか仲間外れは終わってた」


 正に今の自分と望だ。昔の望が今井。望に声を掛けた園児が今の望だ。


「それって、幼稚園での話でしょ。園児と中学生じゃ意地の悪さも、いじめの度合いも違うよ。その時の葛城君みたいに僕へのいじめが無くなって、僕がみんなと楽しくなんてやれる訳がない・・・」


 望の優しさは嬉しかったが、七年近くも同年代の人間に虐げられてきた今井の心はそう簡単に開くものではなかった。


「それはそうだね。ただ、俺はあの時の事を今でも感謝してるんだ。別に今井君に俺に感謝しろって言ってる訳じゃない。俺が嫌いなら俺と友達にならなくてもいい。でも、話をしたり、遊んでみたりしなきゃそいつがいい奴かどうかなんて分からないだろ?」


「遊ぶ・・・?僕と?」


「遊ぼうよ。いつも今井君何して遊んでんの?」


「僕は・・・ゲームしたり・・・テレビ見たり・・・」


「よし!今日はもうどうせ遅刻だし学校サボっちゃおうぜ!遊びに行こう!」


 そう言って、望は今井を強引に連れて、街へ連れ出した。昼前には街の誰かが、学生服を着て買い食いをしたり、ゲームセンターに立ち寄る中学生がいる、との通報をして、二人揃って警察に補導された。迎えに来た望の母親は、望に何を考えているんだ、と怒っていたが、望は反省したふりをしているだけで母親の話をちっとも聞いていないようだった。

 一方で、今井の母親はこれまで何年間もいじめに苦しんできた息子を一番近くで見ていたからか、「友達」と遊んで学校をサボったという息子の行動に皮肉にも涙を流して喜んだ。そして、今井自身、親や祖父母以外の人間と一緒にいて、これほど楽しい経験をした事が無かった。この時、今井の心は初めて他人に向けて扉を開けようとしていた。

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