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少年犯罪法~子の罪は親の罪~  作者: ますざわ
第一章 望
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 寒いくらいに冷房が効いた図書館。恐らく受験勉強をしているであろう学生が席を埋め尽くしている。世間は夏休み真っ只中。冬の入試に向けて、各々が追い込みをかけているのだろう。そんな中で、葛城昇は過去の新聞や学者の論文を連日読み漁っている。調べているのは少年犯罪法についてだ。

 二〇一五年に制定されたこの法律は、当時、世間を賑わせた。子の罪は親の罪。倫理上の話ではそれこそ法律なんてものが出来る前から言われていた事かもしれないが、それを体現する法律、それが少年犯罪法なのだ。制定当時から国内外で物議を醸した事は想像に難しくはないだろう。先進国であり、治安の良さも世界有数の日本が、この一見短絡的な法律を制定した事自体が世界からの注目を集めた。

 最も、葛城は法律学者でも、法曹業界に身を置く人間でもない。葛城がこの法律を調べているのは自分自身、そして我が子の為なのだ。


 事件があったのは約半年前だ。

 葛城はいつも通り仕事をしていた。葛城は自身の出身地でもある立川市の市役所職員だ。妻も同じ立川市の市役所職員で職場結婚。結婚生活五年を経て、待望の息子を授かった。息子の名前は、待ち望んだ子、という所から望と名付けた。小学校に上がるまでは望は体が小さく、よく風邪を引く体の弱い子であったが、小学校に上がり、空手を始めてから体格も良くなり、内面的にも逞しくなった。正義感が強く、とても優しい心を持った望を葛城は自慢の息子だと常日頃思っていた。

 そんな望が、中学二年生になろうかという頃に同級生二名を暴力行為により死亡させた、という話を電話で聞かされた時は、携帯電話を落とし、そのまま気絶してしまいそうになるくらい衝撃的、そして絶望的だった。

 望はその日の放課後、体育館の倉庫に同級生五人といたらしい。学校側の話では、その場で望と一部の同級生が口論となり、カッとなった望が同級生二名を殴り、一名については殴られて倒れた拍子にバドミントンのネットを張る為のポールに頭を強打、もう一名についてはパイプ椅子で頭を何度も強打されて死亡した、という事であった。この話を聞いた時、葛城は決して望を疑わなかった。何故なら、空手を何年も経験している望が喧嘩で暴力を振るう事は考えられなかったからだ。それが、望が通う空手道場師範の一番の教えでもあった。


 しかし、肝心の望が学校側の話を否定しなかった。いや、というよりも望はその事件の直後から言葉を失ってしまった。目だけを大きく見開き、一点のみを見つめ続け、誰の問い掛けにも答える事はしないのだ。望はそのまま逮捕、そして精神鑑定や事件後の様子から裁判が終わるまでは入院を強いられた。勿論、普通の入院ではなく、常に警察の人間が見張っており、面会も容易には出来ない状態ではあるが。


 葛城は事件を知った当初こそ、望を信頼していたが時が経つに連れて、その信頼は徐々に薄れていった。何の問い掛けにも応じない、そもそも否定すらしないという事は学校や同級生らの話に何の疑いも無く、喧嘩の延長線上で感情的になって暴力を振るい、友人を殺害してしまったのではないかと思うようになってしまったのだ。


「望はそんな子じゃないって、貴方だって分かってるでしょ!?」


 妻、紀子のその言葉は、葛城には届かなかった。友人二名を喧嘩の末に死なせてしまったとなれば、少年犯罪法の適用で葛城または紀子、もしくはその両名が、望と一緒に刑罰を受ける事になる。ところが、葛城にとってそんな事は既にどうでも良かった。

 自慢の息子であった望が、こともあろうに殺人事件を起こす犯罪者になってしまった。望自身の精神は罪の重さからか崩壊し、仮に情状酌量が受けられ、罪が軽減されたとしても、葛城家に幸せな将来が待っているとは到底思えない。


「いっそのこと、死刑判決でも出してくれれば楽なのにな」


 葛城はこの頃、頭からその考えがずっと離れずにいた。



 

 そんな葛城が、再び望を信用しようと思えたのはある少年の行動がきっかけであった。その少年は今井光一と名乗り、ある日突然葛城の家に訪れたのだ。そして、家に迎えるなり、今井は葛城に土下座をして泣き崩れた。

 戸惑った葛城と、紀子はとにかく今井を落ち着かせ、話を聞こうと試みた。泣き崩れてその場から動こうとしない今井を半ば強引に立ち上がらせ、リビングに座らせた。この尋常ではない懺悔の仕方から、葛城は今井が望に対して何らかの劣悪な行為をした可能性があると推測し、この泣き崩れている少年の肩を抱くことも、優しい言葉をかける訳でもなく、ただひたすら今井が泣き止むのを待った。

 時間にして十五分程になるだろうか。ようやく今井は落ち着きつつあり、洋子は冷蔵庫からオレンジジュースを注ぎ、今井の前に差し出した。


「今井君。何か私達に話があって、今日はウチに来たんだよね?君の様子からして、その話が凄く重要で、君にとっても都合が良くない話であることは想像がついている。ただ、君がそういう様子である以上、君が話そうとしたその話を聞かずに帰す訳にはもういかないんだ」


 自身の口調が苛立ちからか、冷たい感情が交じっている事に自分でも情けなく思う。望と同い年のこの少年に憎しみをぶつけても何ら変わらないというのに。


「は、はい・・・・。き、今日は、大事な話が・・・ありまして・・・」


 今井は鼻をすすり、涙を拭きながらようやく言葉を開いた。


「葛城君は・・・何も悪くありません。葛城君は僕の代わりにあいつらを殺してくれたんです!!」


 今井という、望と比べて、小さな少年のその叫びは、葛城の息子に対する信頼を再び奮い起こす大きなきっかけとなった。

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