99、原因さん
肩の2匹を起こさないように振動の1つも作らないように気を払う。
先述した膝は常に曲げているようにというのはここでもまた役に立つ。
膝の部分に動く余裕があるので容易に体の上下動も消せるのだ。
私は呼吸を深くし脈拍をゆっくりとさせる。
鼓動さえも消すつもりで。息をひそめて。
歩く速度自体は少し早めに。
呼吸を深くしている影響か、頭が落ち着いている気がする。
近くで聞こえるぬこにゃんやからすみの寝息には気を取られず、遠くで聞こえる物音に注意していく。
川の流れる音、風による木々の騒めき。
モンスターの気配があまりにもない。
そういえばこの頃スーパーの自動ドアに中々反応してもらえない。
センサーに向かって手を振ってようやく動いてくれる。
ほかの人の時は下に来ただけで反応してくれるのに……。
まさかモンスターにアピールしなかったら気づいてもらえないのかな?
いやいや、そんなまさか。
だよね?
行く先で物音が鳴り響いていた。
先へ進んでいくと川の中州で1人の狼の獣人男性が刃物を片手に多くのトンボと空中戦をしていた。
その刃物はサイズや形状からして中華包丁?
そして多くのゴブリンが川原でそれを見物しながら宴会していた。
狼の人がトンボを足場に空中を跳ね回り、トンボの頭を刎ね飛ばしていく。
トンボがその頭を失う度にゴブリンたちは歓声の声をあげエールを送っていた。
何なんですか?この状況。
もしかして道中ゴブリンたちに遭遇しなかったり、物音がしなかった理由ってこれですか?
狼さんがトンボを一通り討伐するとスマホを操作し何やらスキルを使った。
するとそこかしこからモンスターが現れ大乱闘再開。
来ているゴブリンの数はあまりに増えすぎて川原を埋め尽くしています。
何かモンスターを誘引するスキルでも使ったのでしょうか……。
肩の上でぬこにゃんが大きな口をあけて欠伸していた。
からすみは頭を振るような仕草をし体を軽く震わせていた。
多少離れているところから見ているとはいえ騒ぎの音は大分大きい。
残念ながら2匹とも起きてしまった。
私はぬこにゃんとからすみの頭を軽く掻くようになぜておはようの挨拶をしてみた。
2匹ともむず痒そうな気持ちよさそうなそんな感じで目を細めていた。
さて問題はここからどうやって先へ進むかなんです。
川原はゴブリンたちにより封鎖されています。
中州は戦闘のど真ん中です。流れ弾でも死ぬ可能性は大いにあります。
木立は見通しが利きません。
通れそうな場所は木立でしょうかね……。
川原にゴブリンがあふれているということは木立のほうはそれなりに減っているはずです。
足を木立に向け、ゆっくり丈の高い下草をかき分けていく。
木立の入り口付近にはちらほらゴブリンの姿が見えている。
私はゴブリンに遭遇しないように奥へと足を進めていく。
200mもしないうちにフィールドの壁へと突き当たったが。
フィールドの壁。そこから先へは進めないし何も来ない場所。
警戒する必要のある方向が減る場所である。
壁伝いに行けば方角さえ間違えなければ出口へと向かうことが大分容易である。
出口やボスの円陣はたいてい壁際にあるから。
私は耳に神経を集め、襲撃を警戒しつつゆっくりと歩いていく。
気づけば戦闘の喧騒も治まり、木立は静けさを深めていった。
ここから先は宴会をしていたゴブリンも戻ってきて増えてくることになるだろう。
木立の中には道はなく、あればそれはゴブリンたちが普段使っているけもの道のようなもの。
ゴブリンサイズには良くても、いくら小さい幼女サイズとはいえ、人には使いにくい道。
木立にぶつかり四六時中音を立ててしまう。
自然の鳴子である。
そのような場所にいるのは襲ってください、といっているようなもの。
先ほどまでの敵がいない閑散とした状態ならともかく今いるメリットはまるでない。
それに木立である。
川原と違い非常に視界に障害物は多く、木があるため上からの襲撃も考えられる。
警戒の難易度は段違いだ。
川原のように見通しがいい場所なら奇襲をかけられるにしても索敵し対応できる可能性があるが、木立では木の後ろなどに身を潜められていた場合気づくことなく対応できない可能性がはるかに高い。
まるでメリットがないです。
ゴブリンというアンタッチャブルが居るせいで狩る側に回れない。
索敵要員のいぬくんが居ないから、索敵範囲が大分狭いです。
いない時にこそ存在の重要性がわかるものですよね……。
私は体をひっかく木の枝の鳴る音を風の吹くときの木々の騒めきに合わせ軽減させながら、川原へと足を速めていく。
少しでも敵に見つかる可能性を減らし、少しでも戦闘の可能性を減らす。
私はあまり強くない。強くないから強くならないといけない。
強くなりにくいことを強くなくていい理由にしてはいけない。
先へと進みたいなら、人ともに歩きたいなら、やらなければいけないことはたくさんだ。
まずはここのフィールドを越え、次の町に辿り着き、魔法関連を充実させなければいけない。
他の人は軽々と越えて過ぎ去った道。今ようやく私も越えられるはず。
「嬢ちゃん、こんな夜更けに出歩いてちゃ悪い狼に出会うよ?」
木立を抜けたその瞬間、先ほど中州で戦闘をしていた狼さんに出会いました。
私の肩の上では相も変わらずぐだーっと手足を投げ出しているぬこにゃんが、あー妙な奴に絡まれたにゃ~、とでも言いたそうな感じのダルそうな欠伸を1つつき、からすみはため息のようなあきれたような調子の声を出した。
「大丈夫です、私、おじさんなんで。」
私はそうブラインドタッチで入力しコメントを送信。
「黒いまるのケモミミ、筆談、サモナー……。もしかしてアバター名は……テン子。
お、解体幼女テン子ちゃんか!レアじゃん!」
私をまじまじと見つめた後急にテンションを上げだした狼さん。
いつもだと少し気が動転してよくわからないことを考え出すのですが、今回はちょっと気分が違います。
肩の2匹がだらけているせいでしょうね。
隣でだらけられていると緊張しすぎることがなくすみますね。
「たぶん、そのテン子で間違いないです。」
「君の動画は見たことあるというか、私の始めるきっかけだよ!
いや、ホント、まじか、まじで出会っちゃったのか!」
狼さんの名前を見ると『スペードの王』とあります。
私の動画を見て始めたということは私よりも後に始めたのは確実ですね。
中州で無双していたのに。
「そういえばなんで木立から?
木立の中ってゴブリンの巣窟で……あー、もしかして私がゴブリンを川原に釣り出していたからかな?」
「まぁ、そうですよ。川原にゴブリンが出ていたので木立を通って抜けるつもりでした。」
「そっかそっか。ごめんよ。」
「いえ、お気になさらず。」
「テン子ちゃんはこれからどこに?」
「川のボスを討伐しに。」
「……。サモナーであのボスを倒せるのかい?」
「たぶんなんとかやれるだけやってみようかと。」
「そういえば2匹しかお供が見当たらないけど?大丈夫かい?」
「……1人はちょっと今出張中です。」
「あれ?じゃあ、もしかしてパーティー枠1つ空いてるんじゃ?」
「……空いてますが。」
「ねぇ!じゃあ、私も入れてくれないか!」
すごいぐいぐい来られてます。
なんかすごい目がキラキラしている気がします。
フルフェイスの狼さんだからそこまで怖くない?
人の顔だったら怖かったかも。
こう好奇心旺盛なシベリアンハスキーとか人に近づいて鼻先でふんふん匂いをかがれて喜ばれたようなそんな気分だもの。
貴公子風を気取っているのか、素なのかは分からないけど、口調もそこまでどかどか踏み込んでいくようなタイプでもなさそう。
戦闘面は個人戦においてさっきの無双ぶりなどを見る限り強さは確実。
何かあっても自分で対応できそうです。
戦闘での助け合いってお互い何が出来るか知らないと無理ですから、野良パーティーとかは最低限の基準を相手に要求しないといけないです。
……それにしても人の顔のほうが怖いとは割と難儀な……。
この辺りどうしたら治るかな。単純に対人経験を増やす以外に解決方法はなさそうだけど。