97、親ガニ戦終結
私はその方向に向かいながら状況を確認した。
なぜ状況が硬直したのか。
理由は戦闘方法にあるだろうか。
ぬこにゃんとからすみの主なカニの倒し方は同士討ちだった。
子ガニは重量が低いため重しになる子ガニがいなければその殻が砕けるほどの衝撃をぶつけても吹き飛ぶだけなのだ。
圧倒的エネルギーで吹き飛ぶ前に殻を砕くか、質量に任せ上から武器を叩き付け殻を砕くか、魔法で殻を熱などで破壊するか、関節などの殻のない部分の膜を破り衝撃が逃げないように砕くか、なにかで押さえつけることにより衝撃を逃がさないようにして殻を砕くか。
殻の中に生命維持を行う器官がある以上殻を無視して倒すことは非常に難しい。
機能を停止させるには何かしらのエネルギーを過剰にかけて壊す以外ないだろう。
たとえば熱とか。
ぬこにゃんやからすみが出来る手段には子ガニで子ガニを押さえつけて壊すくらいだ。
その方法でよく残り3体になるまで出来たものである。
子ガニが少なくなれば当然同士討ちさせられる状況に持っていくのは大変難しいだろう。
何かしらの障害物重し代わりにさせて衝撃を逃がさないように立ち回ったのだろうか?
すさまじい。私にはまだ防御力を突き抜ける別の手段があったがぬこにゃんやからすみにはなかったのだ。
仕事の出来る子ってすごい。
さてその数に仕事のできる彼らを遊ばせておく余裕は今の私にはない。
さっさと片付けて今日は次の町まで一走りするのだ。
……次のエリアの川のボスはトンボだったっけ。
ほかのパーティーはカウンター狙いで時間がかかるだろうけれど、私の所は空中戦で行くことになるだろう。
からすみに乗るねずみん。いつぞやのカラス戦で出来るだろうと確信してます。
突撃ねずみんライダー!
まぁ、そのためにも今ここでからすみをレベルアップしてより速く動けるようになってもらわないと困るんですよね。
大量の子ガニ狩りで大分特殊で経験値の高いアチーブメントを獲得できたことでしょう。
自身の攻撃力に頼れない状況で、敵を倒していくということは頭を使うことでしょう。
アチーブメントは賢さと攻撃を回避する能力を強化することになってくれると思う。
魔法使い向きのアチーブメント獲得につながってくれるといいな。
私はそんなとらぬ狸の皮算用を行いつつ、からすみとぬこにゃんの所へ跳ねていった。
この移動方法に大分慣れた。
移動する勢いのまま、2匹の子ガニのお腹の下に入るようにそれぞれクローを構え、ひっくり返らせるとUターンしてさらに1匹ひっくり返らせた。
カニはその構造上1度ひっくり返ると中々起き上がれない。
海を泳ぐワタリガニのような例外を除き、基本的にカニは海底や川底、地面の上などで生活するカニは下の方に向かってハサミを振ることは得意でも、威嚇目的で体を大きく見せるために腕を振り上げる以外にハサミを背後へ回すことはない。
足に至っては横歩きしか出来ないところからもわかる通り関節の稼働領域が狭すぎるのだ。
私は腕を振り回し暴れる子ガニに少し手こずりながらも、殻の隙間をクローで切り裂き、子ガニたちのハサミをまず回収していった。
とどめを差している間に万が一起き上がられ不意を突かれたら面倒なので先に終わらせた。
それから私は子ガニのお腹を踏み口の隙間から体の中央を目掛けてクローを突き入れた。
クローの刀身が子ガニの内部にすっかり収まるのを確認し、殻の内側をひっかくように素早く取り出した。
そしてすぐさまその子ガニから離れ、次の子ガニの所へと向かう。
クローを突き入れられた子ガニは一際激しく暴れていることを眼の端で捉えていた。
ハサミではないとはいえあの足で叩かれたら私の体が壊れてしまいかねない。
ちなみにハサミがあった場合いきなり口の中を目掛けて攻撃すれば、構造の単純さ故の生命力で、私の腕が挟まれていただろうと言っておく。
台所の天敵Gは頭がなくなってもエネルギーが切れるまで動き続けるし、単純な構造は死を鈍感にさせるんですよね。
残心を忘れてはいけませんよ。死に際が1番危険なんですから。
ふとぬこにゃんとからすみの姿を探すとこちらの方をまじまじと見つめていた。
何やら信じられぬ物を見たという顔で。
この人、凄かったんだ。みたいな顔で。
ただの置物じゃなかったんだ。みたいな顔で。
……後半はたぶん私の被害妄想だな。
今までほとんど置物程度の動きしかしていなかった気がするからっていう。
私はその残念な想像を脳裏から追い払うために軽く頭を振った。
そして親ガニの方をさし手伝ってと頼んで親ガニの方へ跳ねた。
子ガニと同じように親ガニのハサミも切り離したいけれど、子ガニと親ガニでは難易度が違う。
位置が高く手が届かない、関節の膜という的は大きいがその的が高速で移動する。
子ガニはどんなにじたばたしたところで視界に収まる範囲、手で追える範囲内で収まる。
足場がしっかりしているのとしていないのでは難易度ががらりと変わる。
空中に出れば基本的に途中で向きを変えることなど難しいし、狙いすぎればいい的である。
長年VR関連の事業をしてきた会社だからノウハウが積まれているからとはいえ、AIが高等だ。
プレイヤーの行動に対応して攻撃を調整してくるからリアル感はすさまじい。
そして私がぬこにゃんとからすみの方に構っている間に、親ガニは子ガニの数をさらに減らしもはや5匹しか残っていない。
その5匹にしてももはやその命は風前の灯だろう。
何せ狙う場所が丸わかりだから親ガニにしても待ち受けるべき場所がすぐにわかる。
ありがとう、子ガニ君。忘れるよ、悲しき犠牲となった君のことは。
さて子ガニ君に追悼の意を捧げたところで、討伐する目標地点を決めないと。
子ガニ君には入れなかっただろうが私がつけた傷跡は大分大きい。
ひっかき傷同士が重なり合い、殻が大きく破損しているポイントがある。
だいたい直径50㎝かそこらだろう。
ぬこにゃんやからすみは傷口から侵入し内部を破壊してきてくれるとありがたい。
私はその間、親ガニの注意を惹く囮にならないといけない。
私にはそのサイズの傷口では内部に入り込むことは不可能だから。
基本的に私はその傷口付近を抉り、傷口の幅を広げたり、私自身がその中へと入り込めるように狙う。
ただ1か所を狙うようでは守りを固めたり、待ち伏せされたりとされてしまうだろう。
それは望ましくない。
今回狙うポイント2点目はそのハサミ。
攻撃にして防御の要。
「隙を見つけて、傷口から内部に入り、暴れてきてください。
すきをみつけて、きずぐちからないぶにはいり、あばれてきてください。」
私はなんとなく漢字と平仮名でパーティーチャットにコメントしておきました。
もしかしたら漢字が読めるかもしれない。平仮名なら読めるかもしれない。
そう思って書いてみました。
スマホで位置を指示するとなると、私が囮になる余裕がなくなってしまうし、囮になれなければカウンターパンチで犬死を……犬死を……
あ、あれは無駄死にではありません!
と、とりあえず傷口を広げ、私が内部に入り込めるように調整していきます。
いつも通り幻術スキルで障害物をたくさん作ります。視覚封じは十八番です。
今回は河原の石を投げてみたりして敵の行動を誘発し、反応しなくなったら照る照るナパームで火傷を狙いましょう。
上手くすれば私だけでも倒せるように頑張るのです!
私は周囲の石に巨石の幻影を付与し石林を作っていく。
私がやっていることは非常に目立つため、子ガニを殲滅し終えた親ガニは当然の如く襲い掛かってきた。
親ガニの移動速度はとても速い。
一軒家サイズのカニが走ってくるのだ。
巨体に見合ったスピードなら秒速15mに近いだろうか?
あれ、私と同じくらい速くない?
私は跳ねる向きを乱雑にして親ガニに方針転換を繰り返させることでスピードを落とさせた。
親ガニの回り跳ねまわり石林を作り、移動を躊躇させたり、目測を見誤らせたりした結果、急な接近を行うことが出来なくなり、ついには私のことを見失ったようだ。
子ガニも居なくなり辺りは静けさに包まれている。
川のせせらぎがよく聞こえる。
川に入れば私は川底の苔で足を滑らせてこけたり、水の錯覚で水中の石の位置を目測出来なかったりしてしまうことだろう。
あちらは鬼門だ。
私は私の横手に石を投げて物音を作り出した。
その人工的な音に反応し親ガニは悩んだ後ゆっくり音のした方向へと近寄っていく。
私の正面近くには親ガニのハサミの関節がある。
私はそこに照る照るナパーム君をぶつけた。
親ガニが反応を取り始める前に私はすぐさま移動し離れた。
熱でタンパク質の変性を起こし、関節が動かなくなればいい。
口とは違い泡を吹きかけるような場所ではないから、照る照るナパーム君の燃料がなくなるまで消えない。
まずは腕を1本、稼働領域を減らせただろう。
まだぶつけられれば即死する可能性があるから安全とは言えない。
切り落としやすくなった。そう考えるだけだ。
ちなみに足の方を狙ってもいいのだが、まず数が多いので作った照る照るナパームの量が足りない。
1本くらいなくなったところで大した違いがでないのだ。
私はその後、親ガニの周囲で様々な物音を立ててみたが警戒が強いせいか、反応が薄い。
最後の照る照るナパームでもう片方のハサミも動きをとれなくしたが動きがない。
カウンター狙いだろうか?
照る照るナパームでは致命傷を与えられないことがわかっているから、本体が出てきてとどめをさしに来たところを狙うつもりか。
いくら以前対峙したボスたちに比べサイズが少し小さいとはいえ、ぶつかられればひとたまりもないことは確かだ。
親ガニの移動速度の速さは私と同じくらい。
いや、腕が固まった分さらに速くなっているかもしれない。
カウンター狙いは恐い。
にらみ続けていると親ガニの腕についていた火が消えてしまった。
関節は煤で黒くなり周辺の殻はほかの部分が黒かったのに比べ赤く変色している。
どうやらちゃんと燃えたようだ。
私は軽くその場で跳ねると一気に跳ね抜けた。
人形の幻影を投げて身代わりにした。
そして腹部を
その時スマホのバイブを感じた。
私は目の前のカニを見た。
カニの傷口から見覚えのある2匹が出てきた。
お前はもう死んでいた……。