94、子ガニ戦
茂みに分け入りはぐれた子ガニを探し背後から印象操作スキルを撃ち放つ。
私は一撃で子ガニを仕留めることはとても難しかった。
小さく軽い子ガニは殻を砕くほどの力を入れられる環境が整いにくいのだ。
さっきはフィールドの壁を利用し力を逃さないように出来た。
しかし質量の軽い私がクローを子ガニに突き立てたところで子ガニの殻を砕くには至りにくい。
下から掬い上げる要領では子ガニが軽いことが原因でクローが殻を砕くには至りにくい。
子ガニの殻の隙間、関節の薄い膜を斬り払い穴を開け、殻の中にクローを入れて力の逃げ場をなくさなければ、殻を砕くには至りにくいのだ。
スキルのCTの間は出来る限りクローを使い倒す練習をする。
あまりにも私の動きが悪かった。
今はまだ動きがそこまで必要にならないように立ち回っていられるが、それも先へ進む程プレイヤーとして動かないといけない場面が増えていくことだろう。
その時今のように立ち回っていては時間をロスするばかりではなく、消耗も増えてやっていくことが出来なくなる可能性が高い。
せっかくの環境が自身のスキルアップをおろそかにしたせいで潰えてしまうことはとても嫌だ。
後悔することが目に見えている。
スキルを使えば反撃をされることなく安全に始末することが出来るのでスキルが使える時はスキルを優先して使う。
けれど自身のスキルアップのためにも精確に子ガニの殻の隙間目がけて武器を振るう。
基本はぐれた子ガニ、1匹の子ガニを狙っているために子ガニの反撃を回避することはさして難しいものじゃない。
もちろん当たれば、HPや防御力の低い私のことだ、きっと大きなダメージを受けて下手したら即死するだろう。
予測が容易でかわしやすいだけで威力のほうはINTを犠牲にした分他のモンスターよりも多いに違いない。
淡水など浮力が少ない場所にいるカニは海のカニに比べ体を支えるため殻が硬くなっている。
そして中身はその殻を支えるため強靭。だが見た目に比べ重量はそこまでのものではない。
5kgあるかないかだろう。非常に軽い。
ちなみに参考までに以前参考にしていた汽水に生息する上海ガニで見ていくと、上海ガニの中でも特別大きい42cmというサイズでも重さは490gしかなく500gに満たない。
ここのカニは1m近いがあまり重さがない。
クローにひっかけても簡単に飛んでいってしまう。
……装備の補正が大きいのだ。現実であれば5kgに近いものを簡単に投げられるわけがない。
こちらの攻撃が致命傷にならないというのに、相手の攻撃が致命傷になりやすいってつらいです。
クローが加工により内側を刃のように砥がれていなければ関節を切り裂くことも出来なかっただろう。
もしそういう構造でなければこの子ガニ達を倒す手段がなかったかもしれない。
大質量の武器を勢いよく上から叩き付けるような方法でなければ物理で破るのは難しい。
私がそういう質量兵器を扱ったら武器に体を振り回されてコケまくる気しかしません。
ああいう質量兵器を扱うのはハンマー投げよりも難しいことでしょう。
ハンマー投げだったら扱う人のほうが投げる物よりも重いですから。
自分よりも重い武器を持ち上げるのはアバターの性能として出来るだろう。
けれどその重量のバランスが原因で足の踏ん張りなどを考えなくてはいけないため独特の才能を必要とするということは言うには及ばない。
振り下ろすだけならやれるだろうか?
横に振れば遠心力で体が振り回され、アバターの性能で体自体は姿勢を保てたとしても足場が問題になる。
体のほうが軽いので振ったつもりでも武器が動いてないなんてことすら起きそうだ。
足場のない空中では間違いなくそうなってしまうだろう。
ボウリングの球にハエがついていたとしてそのハエがどう動いたところでボウリングの球が動くわけがないのだ。
アバターの重量の低さが扱える武器の重量の上限を決めてしまっているだろう。
あ、重量だけならアンクルだとかおもりをつければ解消できるだろうか?
重量の重い武器を扱うためには枷が必要……。
重い物って体積も増えていくだろうし、文字通りの枷になりかねない。
関節の稼働領域が減っていくだろう。
重量武器の重量を上げる程動きは単調になり攻撃はかわしやすくなる。
このカニのように当たらない攻撃を繰り返すゴミになりかねないのか。
つまりプレイヤーが目指す一撃の極みは身軽を極めて武器をふるう速度を上昇させることで達成できる……?
物理に関してはそうだよね?
……速度特化のボスって一撃の極みに近い存在なんですね。
自己申告ですけど速度重視のビルドのプレイヤーの中でトッププレイヤーらしいです。
となると現在、最高の物理ダメージを出せるのってボスなんでしょうか……?
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私は子ガニを見つけると地面を跳ね走る。
足場が崩れるまでの一瞬でどれだけの力を前方に向けて跳ねられるように足元に込められるか。
あまり長い時間足元に力を込めていたら足場が崩れてこけてしまう。
許された時間は寸毫の間もないだろう。
宙にいる間に屈められた足がつま先が地面に触れた瞬間に急激に伸ばされる。
触れた地面、足場の小石は瞬間的に加えられた力の大きさに吹き飛ぶ間もなく砕け散り砂へと変わる。
あまり私は股関節の動きを速くできないので1歩の幅は30m近い。空中にいる時間は2秒近い。
装備の補正の大きさが怖い。
動きとしてはほとんど腿上げ。
空中にいる間に腿を上げ、上げた方、膝を屈めた方のつま先で勢いよく地面を蹴っているだけに過ぎないというのに体勢を整えるまでにかかる時間が2秒近い。
空気抵抗は装備の補正で大分突き破れるようになったはずなのに、腿を屈めるのには非常に時間がかかる。
膝を伸ばす方は空気に阻害される感覚は薄い。けれど屈めるのは非常に抵抗を感じている。
それでも秒速15m近い。時速54kmという速度。
もっと。もっと。もっと。
もっと速くなれるはず。
私はその勢いのまま子ガニの背後からクローを関節の薄い膜に当たるように構える。
下手に動かせば威力が下がるばかりか、狙う場所にも当たらない。
腕を振るような作業はともかく、狙った場所に置くような精密な作業は得意だ。
私は細かな位置の調整を行いながら駆け抜ける。
子ガニの近くを通りすがる際にクローは子ガニをひっかけ切り飛ばす。
関節の膜に見事着弾したのか、子ガニの左のハサミのある腕の肘?の部分から先が宙に舞った。
子ガニのハサミは音を立てて地面に落ちた。
子ガニはクローが引っかかったため腹を上に向けて転がり起き上がろうともがいていた。
私はこの偶然に急いで子ガニに駆け寄り、子ガニの口に両手のクローを差し込み左右に引き裂いた。