87、講義のPV完成しました!
「よし、いい画像撮れた。
その辺りで切り上げて衣装渡してー、ぽぷるさん」
「はーい、楽しかったー!」
ボスが何事かメイドさんに告げると、メイドさんの雰囲気ががらりと変わった。
先ほどまでの、トラが舌なめずりするような、肉食系の怖くて妖艶な微笑みが、子犬がまどろむ際に見せるような、裏表のないかわいいだけの微笑みに変わる。
衣装を私の手に置くと、軽く頭を撫でて、メイドさんは背を向けた。
「次、こういう役ある時また呼んでくださいね?」
「はいはい、機会があったらね」
「んー、呼んでくださいよ~?フォロさん?」
「わ、わかったからその顔はやめて!
なんだか食べられそう!」
メイドさんは羊の皮を被った狼なんですね……。
狼の姿を見せても、羊の皮を被れば、その姿を信じさせてしまう程の……。
メイドさんは室内にいる人に向け軽く手を振ると、ゆったりとした足取りでふっと立ち去った。
立ち去ったはずなのに、まだ近くにいるようかのような雰囲気がするのはなぜでしょうか……。
嵐のような人です……。
あれ?あの人、ウサギの獣人ですよね……。
なんでこうも……。
考えてみれば、ウサギって人間を除けばほとんどいない、万年発情期の哺乳類でしたね。
性に関していえば、すごい肉食系ですね。草食動物なのに。
そう見るとメイドさんはある意味的を射た種族を選んでいるんですね……。
「テン子ちゃん、早く立って、着替えてー」
「っはい!」
我に返り、手に持った手触りのいい衣装をインベントリにしまい、立ち上がると装備を選択。
着ていた装備が消え、渡された衣装に変わっていく。
肌が一瞬すっとした後、軽い服が体を包んでいく。
体全体が軽くなり、バランスを崩し、体勢を整えようとして、加減が分からず、こけてしまった。
あご打っちゃった。あとすごくボスに見られてる。
恥ずかしさから顔が熱くなって、とりあえず軽く手をつき起き上がろうとすると、地面から手を離す度に思ったようにバランスが取れず転びそうになり、四つん這いから抜け出せない……。
2足歩行ってすごい大変なんですね……。
ちょっと涙目になっていると、目の前に手が出された。
顔を上げるとボスが手を差し伸べていた。
私はおずおずと右手を伸ばすと、ボスは軽くつかみ上げ私を若干持ち上げると、壁に寄りかからせてくれた。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。
初期装備からいきなり補正の高い装備に変えたら、力を入れる感覚がつかめないよね」
「これが装備に振り回されるということですね……」
「普通だったら徐々に補正を上げていくからこんなこと起きないのだけど、テン子ちゃんの場合特殊だったからねー」
「ちょっと力入れたつもりだったのに体が吹き飛んでいきます……」
「その装備の補正、今の普通くらいの補正だから、慣れよう?」
「みんな、こんなパワードスーツをまとって普通に過ごしているんですか……」
普通に道を歩いている人がとてもすごいです……。
たぶん地面を跳ねたら20mくらい跳べるんじゃないでしょうか……。
そんな力で普通に歩くことができるなんてすごすぎます。
ちょっと跳ねるだけでも軽く5mくらい体が浮いてしまう気がします。
そんな身体能力で歩くなんてどれだけ力の加減が上手なんでしょうか……。
自身の服装を確認するため、私は視線を手元にやった。
手元は相変わらずの黒い短い毛に覆われ、黒い手袋のような手。
足元は黒い短パン。すごい短いです。股の付け根付近に裾があります。
尻尾穴があるのか尻尾がすごく自由に動きます。
お腹の辺りは黒いです。金ボタンがあります。
【せいさんぎるど けもけも】と金ボタンの縁に丸く輪になるように書かれて、中央に【もふもふ】と大きく書かれていた。
たぶん半袖のベストみたいな全容だと思う。学ランみたいな材質……。
体を触って確かめていると肩の辺りから短いマントみたいなのが出てることに気付いた。
ちょっと見てみると裏地が赤で表面が黒だった。
あと伊達メガネととても小さな軍隊風の帽子が身に着けられていた。
「んー、いいね!かっこかわいい!」
「知的そうでいいね。これならキャラに合うよ」
「軍隊風が似合うと思ったんだよね!
口調がちょっと堅いのも拍車をかけて、性別不詳にも出来て、幼さと大人っぽさを混ぜ込んだ調子にも合うって!」
「確かに」
「メガネも重要だよね!」
「メガネ以外に何が重要なんですか?」
「メガネはその色調、形から性格が分かる素晴らしきアイテムなんです」
「暖色系のメガネをかければ顔全体が明るく見え、陽気さが」
「寒色系のメガネをかければ顔がすっと細く見え、理知的な印象が」
「メガネはかけると顔の半分近くを」
「メガネの縁の形状が丸いと印象が柔らかくなり」
「メガネの縁の形状が四角いとお堅い印象や」
「メガネの縁が」
力のかけ方を練習し、まともに立てるようになるまで、30分近くかかっていた気がする。
ツナさんが熱くメガネについてボスに語っていた。
ボスは相槌を打ちながらひいていた。
それが一段落つくまでになんとか出来るようになった。
けれど力のかけ方が1%以下のコントロールな気がするのはつらい。
私はよろよろとしながら2人のところまで行くと、軽く手をふってみた。
砂漠を歩いていたらオアシスを見つけた、そんな表情をボスは浮かべていた。微笑みつつも若干涙目だった。
対してツナさんは私を見ると、おや、時間ですか、みたいな、授業をしていたら気付けばチャイムが鳴っていた教師のような顔をしていた。
「だ、大丈夫?」
「なんとか慣れてきました」
「いつでも手を貸すからね」
「テン子ちゃん、もう少し慣れたら予行練習を再開しましょうか」
ツナさんがボスの方に向き直りつつ、ボスの顔が目の前で電車の扉が閉まっていく姿を見る朝の通勤ラッシュのサラリーマンみたいになっていた。
私は急いでタイプしツナさんの前に飛び出した。
吹き出しでボスの顔がツナさんから隠れるように配慮しながら。
「だいじょうぶです」
「本当ですか?」
「はい、ばりばりいけますよ!」
後ろをそっと見ると安どのため息をボスが吐いていた。
「では始めましょうか」
ツナさんは部屋の中央に向かいイスに座るとメモの画面を開いた。
ボスは軽く頭を下げて私に向かって口パクで、ありがとう、と言っている……んだと思う。
私は読唇術を覚えているわけじゃないのでよくわからないのです。
私は先ほどの予行練習のように繰り返していった。
そして赤いお肉はとても美味しく、そして黒い肉は先ほど食べた肉の美味しさを駆逐し上書きするが如く、凄まじく不味かった。
果実水をがぶ飲みし、口に残る臭いを洗い流すという段階を踏んで、講義を再開し、先ほどの注意点の受付先をギルドにすることを忘れず言った。
「OK!じゃあ、本番いつにしようか?」
「宣伝を挟みたいし、一般的な予定の調整を考えたら1月くらい間を開けたいね」
「了解、じゃあ、テン子ちゃんはどのあたりの時間がいい?」
「私は休日ならいつでも……日曜ならうれしいです」
「OK、じゃあ再来月の初めの日曜日ね」
「宣伝用の講義でだいぶいい感じの効果が出るとは思う。
でも本番を定期的に行いたいね。
テン子ちゃん、出来たら似たような感じで講義の内容を作ることができる?」
「はい、時間さえあればネタは出てくると思います」
「そっか、じゃあよかった。
あ、バイトのお店も忘れないでね?
あそこもけっこう重要な位置づけになると思うよ!」
「はい!頑張ります!」
「あ、そうだ、次いつログインする?
またデートしよ?」
「はい、次は明後日くらいの深夜にログインしようと考えていました!」
「OK、じゃあ、その日お楽しみにしよっか」
「じゃあ、一段落したことだし、一度解散かな」
「そうだね、ちょっと疲れちゃった」
「では私も休みますね」
「ではみなさんお疲れ様です」
「お疲れ様ー」
「またねー」
ギルドのチャットにも挨拶を書き込むと私はログアウトした。




