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86、予行練習しましょう

 ギルドチャットに「こんばんは」と書き込み、ログイン。

 何人かから挨拶が返ってきて生きている実感、私は人の間にいるんだなぁ、とかみしめる。

 こういう部分にネトゲの依存性があるんじゃないかな。

 正直そこまで会話自体していないけれど、楽しそうな空気が流れているのを見ていると心が休まる。


 今日はツナさんのところに行かないと。

 予行練習をするのだ。

 練習場所はギルド長館の1室。


 ここは会議などしたり、書類仕事をしたり、採決のほしいことをまとめていたりなどしているらしい。

 ボスがあまりにも居つかないから、閑古鳥の鳴く建物というわけではないようだ。

 書類などをまとめるような落ち着いた作業をするにはもってこいの建物だという。

 ほかの施設は何かと騒がしいので、そういう空間がないらしい。


 ギルド長館に入り、案内板を見て、目的の部屋に向かう。

 案内板がプラスチックみたいな材質だった。

 何を材料に作り上げたんだろう?

 スライムは違うだろうし……。


 部屋の中に入ると、ツナさんが椅子に座ってスマホをいじっていた。

 黒いオークが和服を着ているのはとても不思議な感覚がする。

 その手の中ではスマホがとても小さく見えた。


 私が手に持つと直径10㎝近いオレンジサイズでも、ツナさんが持てば直径5㎝もないみかんサイズ……。

 手と縮尺を考えるとそのくらいの差がありそうです。

 あれって操作しやすいんでしょうか?


 私はチャットで「こんばんは」と挨拶すると、スマホに通知が来たのか、ツナさんは眉をぴくっと動かし顔を上げた。


「やぁ、こんばんは」

「今日はよろしくお願いします」

「これは丁寧にどうも。

 そうそう、はい、これ、集めておいたよ」

「ありがとうございます。助かりました」

「んじゃ、さっそく始めてみる?」

「はい」


「ふっふっふ。やっはろー!」


 唐突に背後から明るい声が聞こえた。

 この声はボスだ!

 勢いよく振り向くと尻尾が遠心力で宙をきり机にぶつかってしまった。ちょっと痛い。


「こんばんはです」

「久しぶりだね。テン子ちゃん。

 今日は講義の練習だね?」

「はい、そうです」

「フォロさん、こんばんは」

「ツナくん、こんばんは。

 いつもありがとう。助かるよ」

「いえいえ」

「ボス!今日は何の用ですか?」

「今日はね、テン子ちゃんの宣伝をしに来たんだよ」

「?」

「練習風景を撮影して、動画をアップするんだよ。

 舞台裏を見ると見に来てくれる人が増えるんじゃないかなって思うんだ」

「なるほど」

「じゃあ、がんばっていこー!」

「おー!」


 ボスがカメラを回しているのか、こちらを見ながら部屋の後ろの方へと移動していった。


「はいはい。じゃあ、気合入れてやってこうか!」

「はい、ツナさ……いえ、プロデューサーさん!」

「ん、ま、いっか。じゃあ、まずは始めに1度通してやってみよう。

 気になるところはメモして後でまとめて伝えるよ」

「わかりました」


「これから講義を始めます!質問は後でまとめて受けます。

 みなさんよろしくお願いします!」


 視線は伝えるべき人に向けて、今回は視線をボスに向け、事前に打ち込んでいたチャットをブラインドタッチで順々に表示していく。間隔は視界の中にあるアナログ時計のアプリで時間を計りながら調整していく。

 インベントリから教材を取り出し、調理スキルを使い包丁を出して、切り分けて肉の色の違いなどをお皿に乗せて示していく。

 今回は食べる人が他にいないので私自身で食べます。


 血抜きがきれいに行われている赤い牛の薄く切られた生肉は箸でつまむと光に翳すときれいな桃色に見えます。

 生肉を食べるのはあまり好きじゃないので、鍋にお湯を沸かしておきました。

 ちゃんと出汁用の昆布は入っています。ツナさんありがとうございます。

 あまりお湯を沸かしすぎるとお肉がまずくなってしまいますので、鍋の壁に泡が付き出すくらいの頃合いで、牛薄切り肉をお湯にくぐらせます。

 薄切り肉が少し赤みを残したまま、白く色を変えたところで、ポン酢で頂きました。

 口の中でポン酢のスッとした香り、その後に牛肉の力強い味、さしがあまり入っていない赤身肉なのでそこまで口の中でとろけるということはないものの、若い牛特有の柔らかさの感触がよく、昆布の磯っぽさが微かに感じられた。

「とてもおいしいです」


 次に血抜きがうまくいかなかったのか、黒い牛薄切り肉を箸でつまみます。

 対照実験なので、同様の手順で調理し食べるのですが、持ち上げた時点で黒っぽい汁が垂れます。

 赤い薄切り肉を持ち上げた時は、自重で簡単に形が変わったのですが、こちらの肉はあまり変わりません。この時点ですごく硬そうなお肉だとわかりました。


 お肉を買うとトレーに透明で赤っぽい汁が出ていることがあります。

 あれはドリップといい、細胞液が零れ落ちたものです。血液ではありません。


 血液ではありません。


 重要なので2度言いました。

 今回黒っぽい汁が零れ落ちたのは、酸化して黒くなった赤血球が含まれているからでしょう。

 うっ血していて血抜きが上手くいかなかったから、お肉が黒ずんでしまってます。

 少なからず空気に触れたことで血中に含まれていた血しょうによりお肉が硬くなってしまったのかな。


 光に翳しても、薄切り肉だというのに、光を通しません。

 血が酸化して非常に鉄臭いです。

 お湯にくぐらせると、お肉が通った後は黒ずんだ茶色い灰汁がたくさん浮いていきます。

 すごく汚く見えます。

 ポン酢につけて掲げてみると、まだすごい臭いがします。

 意を決して、目をつむりつつ、口に含むと口の中でとても鉄臭い味が広がりほかの味が何もわかりません。


「すごく不味いです!」


 その後も続けて講義を続けます。

 カニやスライムについても先日まとめた資料を使い、全力で解体についてした方がいいことをお勧めしていきました。


「これにて講義を終わりにします。

 ご視聴ありがとうございました!

 質問は個別チャット、生産ギルド【けもけも】の黒テンのテン子にて承ります!」


「お疲れ様、けっこういいね。

 俯いていたりしないし、身振りも大きいからわかりやすかったよ。

 じゃ、ちょっとコスチュームを変えようか」

「?」

「フォロさん、テン子ちゃんのお店の衣装とメガネありませんか?」

「あるあるー。ちょっと待ってて、今、持ってきてもらってるところだよ」

「???」

「あ、質問の受付先なんだけど、ギルドの方で一括で受け取ることにするから、ギルド宛にDMでにしてでいいかな?」

「あ、はい」

「よし。あ、そうだ、何かそういう仕事でもしてたの?」

「大学の頃、講師のバイトを少しやってました」


 時給が他のバイトに比べてけっこういいんですよね。

 東京の国立大学卒の兄だと在学中、家庭教師のバイトとなると日給1万あったらしいです。

 私は1コマ80分、1450円でした。

 教えることは基本、テキストの補足ですし、大学通えるくらいの学力があれば出来ます。

 話すべき内容の方向性も決まっていたし、何を話せばいいかで迷うこともなかった。


 まぁ、雑談能力が低くて、授業を盛り上げるのは苦手で、真面目な生徒さん以外とはかみ合わなかったなんて、裏話がありますけど。


「チャットの文章にも熱意が感じられたし、けっこう向いているんじゃない?」

「あははは……」


 部屋の扉がノックされた。


「いいよー。入ってきて!ぽぷるさん!」

「失礼します」


 室内に入ってきたのは白くて長いうさ耳が頭上に生えた白髪ロングのメイドさん。

 どこかで見たことがある気がする。


「んじゃ、テン子ちゃんを着替えさせちゃおうか」

「はい」


 メイドさんがこちらを見ると何故か私の尻尾の毛が逆立った。

 なんだろう。この感覚。微笑みを浮かべているメイドさんがすごい大きく見えます。

 私はなぜか後ずさってしまった。足が止まりません。

 メイドさんはゆっくりと、けれど、今以上に間を開かせることなく、むしろ詰め寄ってくる。


「はい、じゃあ、ぬぎぬぎしましょうか」

「あの衣服を貸してもらえば1人で出来ますから……」

「ぬぎぬぎしましょうか」

「1人で出来ますから……」


 気づけば部屋の角を背にして、それ以上後ろに下がれなくなっていた。

 メイドさんに触るのはアカバンの危険性があります。

 触られるのは大丈夫なのだけど、触っちゃダメなのがこのゲームのネカマの宿命です。

 システム的に反撃不能、これ以上逃走も出来ない位置。

 ……追いつめられる怖さからか目がうるんできた気がします。


「さぁ、ぬぎぬぎしましょう?」


 メイドさんに服をつかまれながらそういわれた瞬間、体から力が抜けてしまった。


 ちなみに服を着替えるにはインベントリに服を1度しまい、装備画面で変えるしか方法はありません。

 1人で出来るもん、というより、1人でしか出来ないもん。


 なお、この時、ボスが割と近くでカメラを回していたことに私は終ぞ気づく余裕がなかった。

 ツナさんはその様子をちょっと引いた顔で見ていたのだった。


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