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83、処理は大事です。

 ボスウシは怒っていた。

 攻撃をいれられたこと。敵に攻撃をいれられないこと。

 ボスウシは自分に対して怒っていた。

 傷が痛む。

 一向に姿を見せない敵。

 見えるのは触れない、壊せない石だけ。

 風にのって届くにおいは足元の土と同じものだけ。

 風で土が崩れる音、掘り起こされた草の根から土が落ちていく音以外何もしない。


 敵の隠れ場所となる草むらを根こそぎ奪った。

 けれどあのちびは石を大量に投げていった。

 結局、攻撃出来なかった。

 そしてあの不意打ち。

 攻撃を受けたと思った瞬間走り去っていく音。

 一拍遅れた。

 追撃をかけるものの手応えはない。


 ボスウシは憤っていた。

 姿も見せない。正面切って戦うことのない敵。正面切って戦うだけの力もない敵。

 そんな敵がすぐに倒せない。

 敵は正々堂々戦うことのできない小物だ。


 ボスウシは苛立ちを込め、足を地面に振り落とし、猛り声をあげた。



 ボスウシの近くまで忍び寄っていた。

 すさまじい地面の縦揺れ。地鳴りのような強大な力を感じる低い振動としか思えない声。

 1つずつなら耐えられただろう。けれど同時に来てしまった。

 こんな近くで転べば音が聞こえてしまうだろう。

 幻影から体が出てしまえば突進されるに違いない。

 転んだ状態からでは突進をかわす術を私はもっていない。

 あ、これ、負けたな。


 その時、後ろから服をつかまれた。


 私はゆっくり地面に手をつき、音を立てずに身を起こした。

 咄嗟に服をつかんでくれたのはうしくんだった。


 いったいいつの間にそんな近くにいたのだろうか……。


 私はうしくんを撫ぜて礼を言うと、ボスウシの方に向き直った。

 HPバーを見ると余波や咆哮しか受けていないのに残り3分の1を切っていた。

 余波を受けるだけでここまでダメージを受けてしまうのか……。

 あの猛り狂うボスウシに近づけば更にダメージを受けてしまうだろう。

 下手をしなくても死に戻りしかねない。

 少し離れた場所で体を休めてHPを回復させるべきか。

 でも幻影の時間制限もそろそろ危ないだろう。

 初めに設置した方の石はもう消えているんじゃないだろうか。

 時間がない。


 不意に肩に何かがのった。

 なんとなくそれが何か理解しながら手をやり触ると柔らかかった。

 ちょっと湿っていてひんやりした部分に触ると、手を何か湿ったものが通り過ぎた。


 肩を見ると予想通りうしくんが頭をのせていた。

 頭が大きいのでこのアバターの肩から大半がはみ出ていたが。

 私はうしくんの頭を軽く抱きしめて、肩からうしくんの頭をおろして、後ろへと振り向いた。


 うしくんは私をじっと見ていた。

 私を見つめるその大きな目は何かを伝えようとする。

 何が言いたいのかはまるでわからない。


 私はよくわからないので首を捻ってみたら、うしくんはウィンクをしてボスウシの方へと歩き始めた。

 背中にピュアちゃんとヘビくんをのせています。

 ピュアちゃんもヘビくんもこちらに向き直り体を数回程上下に揺らしていました。


 ……すみません、彼らは何か伝えたいのでしょうか、よくわかりません。


 彼らはボスウシの後ろ側からゆっくり迫っていくと、ピュアちゃんとヘビくんはボスウシの尻尾に乗り移り、ボスウシが振り返るよりも速く、うしくんはその姿を幻影の中に隠れていった。

 乗り移ったピュアちゃんとヘビくんは、体を確認しようともがくボスウシの頭まで素早く背中を這っていくと、息を荒げて開けていたボスウシの巨大な口の中へと侵入していった。

 音をさせないように幻影の中を歩き、私のところまでたどり着いたうしくんは得意げに鼻先を高々と持ち上げた。


 もしかしなくてもこれって内部から倒すっていうことだよね……。

 なんというエグイ真似を仕出かしてくれるんですか。

 うしくん、そんな自慢気な顔しないでください。


 ボスウシは体に入った敵を吐き出そうとしているのか、がふがふ言っていた。


 あちらを見るとSAN値(正気度)が下がりそうです。

 ボスウシの攻撃の余波で死んでは元も子もないので、ボスウシから20m程離れた石の幻影のところまで移動すると、私はボスウシに背を向け、うしくんの首元に顔をうずめると、夢中でうしくんを撫ぜまわしていた。


 4㎝程度の長さの短い体毛。細かな毛が生み出すつやつやつるつるした感触。生き物特有の温かさ。鼻を近づけているとわずかに立ち上る獣臭。

 イヌとかお風呂に入ったばかりはすごい強い獣臭がするのに、しばらくすると臭いが落ち着く。

 獣臭に鼻が慣れて気にしなくなるからかな?

 それと同じなのでしょう。自然の中で過ごす牛はそこまで強い獣臭はしない。まぁ、草食動物だからともいえるだろうけど。


 うしくんは私の肩に頭をのせ、少し体重を預けてくれた。

 この重みは信頼の重さなのだろうか。

 私はその重みに温かい気持ちを抱いた。


 スマホに着信があった。

 ボスウシは倒されたようだ。

 解体を選択し、ボスウシをインベントリにしまうと、私たちは草原に戻ってくることができた。

 ボスウシの死因が窒息死だったので、内臓関係や血の利用など十分に出来る。


 問題はこの巨体からどうやって血を回収し、血を抜くか。

 普段はあの小屋の梁に上って、インベントリからひもを付けた状態で取り出し、ひもを梁に括り付けて吊るして血を抜くのだけど、この巨体では小屋の高さが足りない。

 何も無駄にしたくないし、今は解体しないでおこうか。


 となるとあと3回ボスウシと戦わないと。

 今日が土曜でよかった。明日が休日だから少し夜更かししても大丈夫。起きるのはちょっと遅くするけどね。


 けっこう私のHPバーが削れてるしどこかで少し休まないと。

 戦闘の余波を受けて死に戻りしたら余計に時間がかかってしまうしね。

 それにボスウシの中に入ったピュアちゃんとヘビくんを洗ってあげなきゃ。

 川原に行こう。あそこなら水を潤沢に使えるはず。

 あそこはもう川の奥深くにしか脅威などないし。


 ……川原の先、早く行かないと。

 次の街に行けばきっとサモンモンスターに魔法を覚えさせられることが出来るはず。

 しばらくは解体と生産講座を優先させないと。

 いつかきっと強くなって各地を旅するんです。


「テン子ちゃん、こんばんは」

「ツナさん、こんばんわです」


 川原に着き水辺に寄っていくと、露店でとうもろこしを焼いていたツナさんに出会った。


「どこかで戦闘でもしていたのかな?HP減ってるね」

「ボスウシですね。すごい大きいのがでました」

「?特異個体かな?」

「はい。すごい大きいです」

「へぇ!どのくらいの大きさだい?」


 私はある程度開けた空間を見つけるとインベントリからボスウシを出した。

 周囲からどよめきが聞こえた。感嘆の声が多い。

 私はその声を聞いて頬が緩むのを止められなかった。


 人からの賞賛の声を聞くとどうして嬉しくなるんでしょうね。

 それが何かのためになるわけでもないのに。それが運が良かっただけの品だというのに。印象としても珍しいものをもっているね程度の賞賛だというのに。得意げに思うには弱いというのに。


 それでも人からの賞賛はそんな現実的な意見など跳ね飛ばしてしまう程うれしい。


 あまり出していると死後硬直や血液の凝固などおきてしまうので、ボスウシをすぐにインベントリにしまった。血液が凝固したら逆さに吊るしても血抜きが出来なくなる。死後硬直すると旨み成分が変質してしまうし、適切な環境下以外での時間経過は悪影響しかない。


「すごく大きいね……」

「うしくんサイズのウシが出ると思っていたらお化けがでました」

「普通そのくらいのサイズだからね。でも……本当に大きいね……」

「これを血抜きだとかしていかないとなんだけど、サイズの問題でやる場所がないんですよね」

「あぁ、確かにこれを血抜きするのは2階建てくらいの建物が欲しいよね。

 僕のところの施設なら出来るかな」

「その施設ってお借りできませんか?時間が合うときであればいいので」

「いいよ。そこまで頻繁に使うことないしね」


 ツナさんの背中から後光が差している気がした。

 白い柄の赤い和服に、白い水玉の入った青い羽織を着こんだ黒豚獣人(ブラックオーク)が柔和な笑みを浮かべているのに。


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