81、ウサギさんは……狩れません。
うしくんの歩みは遅い。
筋肉さんだと思う白い人型の塊に近づくまで調べごとをしよう。
調べるのは野生の動物について。
いくら何でもここまで襲われないことには原因があるのではないか、そう思って調べるのだ。
私が警戒しながら歩いてる時は3分に1回くらい戦闘が始まるか、逃げなくちゃいけなかった。
ここまで戦闘がなくなる理由があるはずなのだ。
野生の動物が狙うもの。
これはある意味自然だけれど、自分よりも小さいもの。
もしくは未成熟な個体や年老いた個体など満足に体を扱えないもの。
未成熟な個体を選んだから私は狙われやすいのか。
あと運動が得意じゃないからか、満足に体を動かせているとはいえないかもしれない。
うしくんは体が大きく、サモンされたモンスターなので成熟した個体。
私にはあっても、うしくんが狙われる理由がなかった。
うしくんの背に小さい個体が全て乗ってしまっているため、襲われる理由もなく、危険を冒して襲い掛かるメリットがない。
うしくんの歩みの遅さは障害を遠回りするためだろうか。
時折顔をずらし、幅広い範囲を見ているのは警戒の意味があるのだろう。
見られている状態から不意打ちをかけることは難しく、迎撃は比較的容易。
お互い相手を見つけている状態では戦闘は基本的に起こりえないということか。
プレイヤーが襲われるのはここら辺ができてないからなのかな?
白銀に輝くその人型物体に近づくと、その輝きは光が反射して生まれているものではなく、物体自ら光っていることに気づかされた。
その人型物体の分厚い体がかろうじて筋肉によるものだとわかるが、光はなにかのスキルだろうか?
さらに近づくと筋肉さんの周囲であまたのウサギさんが仰向けで倒れていることに気づいた。
ウサギさんのお腹は上下している。かろうじて生きているようだ。
ここで何が起きたというのだろう……。
私たちに気づいたのか、筋肉さんが手を振っていた。
そして口元に手をやり、人差し指を唇に構えていた。
静かに、ということだろう。
「君は……テン子さんか。
今、彼らは眠っているから、ここから離れてくれるとうれしいな」
筋肉さんは私のようにチャット機能を使い、吹き出しをだした。
「この状態って何が起きたのですか?」
「ファイターからモンクにクラスチェンジをしてね、あるスキルを入手したんだ。
その結果がこの状態だね」
「物理的に昏睡にしたのですか?」
「そんなことはしないよ。見てくれ、彼らのこの安らかな寝顔を。
こんなに安らいだ顔をしているんだよ?
物理的に昏睡させたわけないじゃないか」
筋肉さんが抱え上げたウサギさんはむず痒そうに身じろぎをしている。
けれどその間もウサギさんは目を開けることはない。
……そもそも私にはウサギの表情を判別する能力ありません。
視界に菩薩さんのような表情をしているほぼ裸の筋肉塊。
仁王像の顔を柔和にしても武闘派なのは変わりません。
筋肉系武闘派の人がウサギを両手でつかみあげてると、すごく握りつぶしそう。
ウサギさんは恐怖で気絶しているんじゃないか?なんてとても思う。
「すごく不審そうな目をしているね……」
「見た目がちょっと……」
「しょうがないなぁ。僕のスキルについて少し教えてあげるよ」
「?」
「ミガダーヤ。エリアスキル。
このスキルの範囲内においてモンスターはスキル使用者に多少友好的になる」
「モンスターに襲われにくくなるなら採集に便利なスキルですね」
「何言ってるんだ?このスキルはもふもふ専用スキルだぞ!
ウサギたちと少し遊ぶことが出来るようになったんだぞ!」
「……」
あぁ、そういえば、ここにいる筋肉さん達はケモナーだった。
胸を張ってドヤ顔をしている筋肉さんをさめた目で見てしまう私だった。
でも現実問題、これは割と重大なことじゃないかな。
私の経営しようとしているお店のメリットが薄れるんじゃないか?
「まぁ、遊べたのは1時間攻撃され続けた後だけどな……。
ウサギたちの体力が切れたのか、遊び始めてもすぐ眠ってしまうから困ったよ……」
「え、攻撃されるんですか?」
「個体毎に友好度みたいなものがあるようでね。
遊び始めていても新しくポップしてきた個体には攻撃されるんだ。
ポップ時間毎に別個体にアップデートされるから毎回攻撃されるんだ」
筋肉さんの顔には陰が出来ていた。
私は思わず合掌してしまった。
「く、これが持つ者の余裕か!」
「?」
「しかも持っていることすら理解していないフラグ!」
筋肉さんは悔しそうな顔をしていた。
そうだ、ケモナーさんだし、オープンしたらお店来てくれるかも。宣伝しとこ。
「あ、まだオープン日は未定ですがサモナーによるモンスターカフェをオープンする予定です。
出来たら覗きに来てくれるとうれしいです」
「な……ん……だと……!?」
「私が雇われ店主です。今後ごひいきしてくれると助かります」
「く……僕をそんな安い男だと思うなよ!行ってやるからな!」
「ありがとうございます」
もしかしたらギルド?単位の大口顧客が出来るかもです。
「ではさようならです」
「さようならだ、少女よ!」
「すみません、中身おっさんです」
「嘘だ!」
「ではでは」
「え、本当におっさんなの!?」
私は後ろを向くと、その反応に微笑みを強くし、別のウサギ穴を探し始めた。
下手に返答するよりも、この方が信じてくれるみたい。
今までおっさんであることを否定されたら、おっさんであることを強弁していた。
これはあまりよくない対応だった。
信じてもらいたいならもう少し条件を整えればよかったのだ。
いろいろと一方的に話している人を信じることは難しい。
情報の信じる根拠の照らし合わせが追い付かず、判断が下せないために生まれる状態だ。
言葉数が少ない人の場合、何々なんじゃないか?、と想像を膨らませられる。
自分の頭でいろいろ考えるので、自分のもつ情報との照らし合わせが行われ、信じることが出来る。
正しい情報の場合はだけれど。
小説などの場合は事前に書かれた内容を中心に情報の照らし合わせが行われる。
そのためミスリードが出来る。
情報を一気に渡しすぎると考えるのをやめてよくわからないとかうさんくさいとか思われる。
つまり信じてほしいときは情報を小出しにしていくといいってことだね。
うしくんに乗って草原を歩いていると点々と白い光が見えます。
……筋肉さんは皆白く輝いています。
どいてもらうのはウサギさんと遊ぶまでの苦労を知ってしまうとムリです。
あの光は苦行の先に生まれた魂の光なのだ……。
ウサギさんは希少素材と化しました。
そうだ、武器のおかげで火力は上がっているんです。
草原ボスのウシをマラソンしよう。
大きいので少し数がいれば十分足りるんです。
頑張って狩りましょう!
ウシ狩りで倒す条件を考えようか。
教材にすることを考えると複数パターンを考えないとね。
皮を使うことを考えると体にあまり傷を作りたくない。
消化器系を破ってしまうと雑菌がお肉に付着して食べられなくなる可能性がある。
血はブラッドソーセージなどの材料にしたいからこぼしたくない。
生きている間にある程度血抜きを済ませたものも欲しい。
骨も素材にしたいから折らないようにする。
毛の類も素材として使えると思う。
部位によっては特殊な薬品に加工できるかもしれない。
このくらいか。
両立出来ないものもあるし、最低3回倒さないとだ。
私はうしくんの首筋を撫でると背から降りて召喚陣に近づいた。
その辺に生えていた草を供えると私は陣の中に入り戦闘を始めた。