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78、バターになりそう。

 ティーカップの取っ手を指で軽く摘み、出された紅茶を飲んで一息ついた。


 香りがいい。


 隣では青さんが取っ手を握りこみ、恐々としながら、飲んでいた。


 テーブルの上にはいつのまにか、ミルクやシュガー、薄切りのレモンやリンゴなどが用意されていた。


 私はシュガーとレモンを紅茶に加えその変化を愉しんだ。


 青さんはそれを見たからかおずおずと真似していた。


 紅茶あまり飲まない人なのかな。


 私はそう思った。私自身そこまでよく飲むほうじゃないが。


 会話のないゆったりした時間が流れた。


 唐突にスマホのアラームが鳴る。

 帰宅しなければいけない時間になってしまったのだ。


「すみません。今日はこの辺りでお暇させていただきます」


 どこかお嬢様みたいな口調になってしまった。

 これが空気の力か。


「では出口までご案内させていただきますね。お嬢様」

「よろしくお願いします、ヴィルさん」


 なんだ、この寸劇。

 空気か。空気が私に命令しているのか!


 エレベーターホールに着くと、ヴィルさんがカイゼル髭さんになった。

 ピシッとしていた空気を漂わせていたイケメンねこさんが、近所の気のよくて面白いネコ兄さんに変わった。


 豪邸で貴族のような生活をしているロシアンブルーのような雰囲気が、空き地で日向ぼっこしている三毛猫のような雰囲気に変わってしまった!


 店内では伸びていた背筋が少し曲がったからか。


「参考になったかい?」

「はい。……お店は異界ですね」

「まぁね。そうじゃなくちゃわざわざ来てもらう意味がないからね」


 喫茶店の雰囲気よりも強烈でした。


「本日はとてもよろしくしてくださりありがとうございます」

「楽しんでくれてよかったよ」

「えぇ、また来たいですね」

「いつでも歓迎するよ」

「ではエレベーターも来たようなのでこの辺りで」

「またね」


 お嬢様口調が治らなかった!


 落ち着け、落ち着いて、餅ついて、きな粉つけて、甘いお餅を食べるのです。


 ……この頃お餅食べてないな。


 正月にはいやというほど食べるだろうけど、ここ最近食べてないなぁ。

 団子は食べるけど、お餅を買って食べること自体、この頃していない。

 正月は切り餅をよく食べる。


 焼いたお餅に、しょうゆをかけて、海苔で包む、磯辺餅。

 お餅ととろけるチーズを一緒にいれ、レンジで溶かして、海苔でつまむ、磯の香と塩気がおいしいチーズ餅。

 あんこを煮詰めてるところに、お餅を投下して、柔らかくなったところで、いただくお汁粉。

 きな粉に少しの塩と、砂糖を多めに入れた、甘いきな粉餅。

 お餅をお皿に乗せて、レンジで溶かし、お皿いっぱいに広がっているお餅の上に肉団子を置いて、餅で包んだ、なんちゃって肉まん。

 溶かしたお餅に、刻んだホウレンソウや茹でたニンジンなどを上にのせ、少し水で濡らしたビニール袋にいれ、にぎにぎして、色彩豊かな即席草団子。

 溶かしたお餅に、あんこをのせて包み、ごまの上を転がして、油で揚げた、即席ごま団子。


 ……帰ったら切り餅出してこよう。


~~~~~~~~~~~~~~~


 今日のところ、素材不足による混乱をチャット以外で見ることはなかった。

 今はまだ、解体ギルドに頼んでいた、解体される素材を入手できるからだろう。


 帰宅し、体を洗い、浴室の湿り気を乾拭きしてふき取り、1人で住むには十分だけれど狭い部屋を掃除する。

 ゲームの世界とはいえ、人と向き合う時間が長かった。


 ふと部屋を見渡して気づく。


 ここには何もない。

 私は少し寒気がしたので毛布を被った。 

 きっと私は自分が1人であることを怖がったのだろう。


 ゲームの世界には人がいる。

 ゲームの世界には私のサモンモンスターたちがいる。


 でも現実には何ももっていない。

 私は部屋にあまり物を置いていない。

 置いてあるのは食器と食材、調理器具、ベッドとそれに付随するもの、衣類と観葉植物、掃除用具。

 生活必需品しか置いていない。


 趣味のもの。そんな物すら置いていない。

 何もないから、掃除がスムーズに終わる。

 私は現実に対し、仕事以外に、拠り所はあるのだろうか。


 ゲームと仕事以外、私には何もないのかな。


 ぶぶぶぶぶ。ぶぶぶぶぶ。


 机の上に置かれた私の白いスマホがバイブしていた。

 ゲームの通知だろうか?


 拾い上げ手に取ったスマホの画面には、ツナさんからコメントが来ています。、と書いてあった。


 ゲームで使うチャットアプリは現実のスマホにも入っている。

 四六時中ログインしているわけにもいかない社会で働いてる人に、少しでもゲームのことを頭の中にいれてほしいからだろうか、依存度を上げるためかは分からない。


 ……


 少し混乱しているのかな。

 頭がぐるぐるする。


 私は1人が寂しすぎて狂ったのか。

 人からの言葉が来たことにうれしすぎて、開く前に喜んでしまったのか。

 どういう言葉かも確認しないうちに、喜んでしまったか。


「何か案でもあるのかい?」


 チャットにはそう1言だけ書いてありました。


 すみません、私まだ何も思いついてません。


 でもそう書くのは気が退ける。

 意見もないのに話を持ち掛けたのか、とかなんとか思われそう。


 今日は見学に行ったら、既にボスが話しとおしていて、カイゼル髭さんに店内を案内してもらい、接客について教えてもらったなぁ。

 解体についても教えてくれる人がいれば間口が広がるのかな。


 とりあえず書いてみようか。


「あまり案と言えるほどのものはありませんが、解体について教える人がいれば間口が広がるのじゃないか、などと思っています」


 コメントを打ち込むとすぐに返ってきた。


「その教える人はどうするんだい?」

「解体部門でも立ち上げてもらって働く?」

「解体したい人は【切り裂き男】のところにもう行っているんじゃないかな?」


 確かに解体したい人は解体ギルドに行っているだろう。

 私たちのところに残ってるのは生産者だけ……。


 生産者?


 このゲームの生産って、カラオケ屋さんみたいな施設を作ったり、してますよね。

 あれはどういう素材で作っているのだろうか?

 生産者って新しい素材を見れば、新しい作品を作りたくならないだろうか?


「解体は解体で終わらせるのはもったいないです」

「どういう意味だい?」

「解体するメリットがあるのは生産者全員です。

 解体のタイミングで手を加えれば、入手できる素材が変わります」


 コメントを送ればすぐさま来ていた返信が途絶えた。

 何か思うところがあったのだろうか。

 変なことを言ってしまっただろうか?


 ちょっと不安に駆られ、手の中のスマホの画面を見ながら、部屋の中をふらふら歩いていた。


 徐々に歩く速度が速くなってしまう。

 自分では止めようと思うのだけど、焦りが足を動かしてしまう。

 1人だとこういうところの我慢がきかない。

 意を決して足を止めるけど、1分も経たないうちに、落ち着かなくて、歩き始めてしまう。


 スマホを見ながら、部屋の中を何十周もしてしまい、すごい頭が痛い。

 ちょっと三半規管に影響が出てしまったか。


 手の中でスマホが震えた。

 私はすぐさま通知をタップしコメントを読んだ。


「いいね。ちょっとその方針で何かイベント組めないか、考えてみるよ」

「何か出来ることがあれば言ってください」

「ありがとね。今日はもう遅いからおやすみなさいだ」

「……なんだかすごく勘違いがおきている気がします。私はおっさんですから」

「はいはい。じゃあ、また今度。これでおやすみなさいだよ」

「おやすみなさいです」


 なんでこうも子供扱いされている気分になるんでしょうか?

 私はちゃんと仕事をしている社会人なんですよ?


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