77、ヴィルさんの接客
カニしゃぶを売ってたのはすごく昔な気がするけれどまだ2か月経ってないなぁ。
今週でゲーム開始から6週目だった気がする。
あの時は開始2日目だった。
「あれからまだ1月半経ってませんね」
「え、そんな経ってたんですか!」
「1月半前ってゲーム公開されたばかりじゃないですか……」
「そうか……ゲーム公開ってまだ1月半しか経ってないのか」
1月半か。
私は何が出来たかな……。
装備はボスにもらったクローだけ。他初期装備。
ベースレベルはまだ20レベルに届かない。今のカンストは50レベルだったかな。
スキルツリーは4つ。サモナー、杖、調理、幻術。枠はあと1つある。
サモンモンスターは召喚したことがあるのは10種、進化したのは3種。
他の人は早いうちにカンストしてるんだろうな。
エレベーターが止まった。
目的の階に辿り着いたのだろう。
そういえば初めは原始時代程度の設備しか使えなかった。
「……1月半で0からエレベーター作り上げてるここって何だろう……」
「エレベーター作りに専念していたわけじゃないのにね……」
「本当に何なんでしょうね……」
扉が開くと私たち3人はエレベーターを降りた。
「あれ、ここで降りてよかったのかい?」
「あー、まぁ、いいです」
「ごめん、今日はここのお店は地上フロアの日なんだ」
「え、そうなんですか?」
「雇われ店主になる私の案内をヴィルさんがしてくれているのです」
「店主になるんですか?」
「バイトになったら店員が私しかいなかったので」
「おめでとうございます」
「開店したらできれば来てくださいね」
「あぁ……うん」
芳しくない応答。
こういう対応が苦手なのかな。
さっきも女の人に追い詰められていた。
そういえばこの人、買い物の時すごく戸惑っていたなぁ。
結局ジェスチャーだけで買い物してた。
あれ?今普通に話してないかな?
「そういえばいい声をしてますね。
ハスキーでかっこいいですよ」
「あ、ありがと」
「で、どうするの?」
通路の壁に寄りかかり軽く目を閉じてカイゼル髭の端を弄っているのが地味にかわいいなんて思ってません。
ダラけてる姿が猫っぽいとか、気分屋に見える姿が猫っぽいとか、クール系のイケメンがやったらかっこいい姿でも猫がやるとかわいいなんて思ってないんだからな!
媚びる猫は媚びる猫でかわいいけど、媚びてこない猫は媚びてこない猫なりにかわいいんです!
一匹狼を装う猫がかっこかわいいんです!
ナルシストに浸る猫が妙にかっこかわいいんです!
落ち着け、落ち着いて餅つけ……。
鎮まれ、私のケモナーの血よ……!
「案内はお客さんに見せていい範囲ですか?」
「まぁね。店の代表じゃないのにダメだと思う場所は見せようとなんて思わないよ」
「ではご一緒させてあげてはいけないですか?」
「いいけど……」
「許可はもらえましたしご一緒にどうですか?」
横目に少し気の乗らなさそうなカイゼル髭さんが見えますが、苦手意識を改善出来るか知るためにも誘わなければ。
なんだかこの青さんを見ると私を見ている気分になります。
「いえ……急に押しかけて来てそんな……ね?
……悪いので帰りますよ」
私と思考が似ているかもしれない。
もしここで私だったら、興味があるし誘ってもらいたいけどカイゼル髭さんの気が乗らなそうだから断らなくちゃいけない、なんて思っていると思う。
でもどうすればいいだろ?
手を差し伸べるような行動は、偽善者臭くて、うざいです。
情けは人の為ならず自分の為なり。
慰めで手を伸ばしているわけじゃないです。
例え偽善者臭くても行動は自分に返ってくるので、利があるんです。
周囲は面倒事には手を借してくれはしないだろう。
自分達の生活が第一だから。
でも余裕があれば手を借してくれるようになる。と思う!
別に青さんに過去の自分を見ているかのようなんて絶対思ってません。
たぶん彼の方が私より社交能力高いから!
カラオケで15点採るし、声変な私と違って、彼はイケボだし。
イケボだし!
なんだろう、この自傷行為……。
……私より社交能力高いだろう、青い人さんに判断の補助を頼もう。
「私だけだと少し判断に不安があるのです。
出来たらご一緒してくれるとうれしいのですが」
「え……えっと。私なんかじゃ判断の足しになりませんよ」
「てんちゃんはその人誘いたいの?」
「はい」
「そっか。じゃあ、ブルーマン?さんかな」
「言いにくければブルーでいいですよ」
「んじゃ、ブルーさん。誘われてるんだから来なよ」
カイゼル髭さんはほほ笑みながら右手の手のひらを青さんに差し出していた。
カイゼル髭さんの表情が明確に和らいでいた。
その影響は大きく、場の雰囲気が一気に温まっていく。
青さんの表情も先ほどより柔らかくなってる。
「……えと、いいのですか?」
「大した案内するわけじゃない。
外部秘な内容を見せるわけじゃない。
別にかまわないさ」
「……」
「てんちゃんにはあまり時間がないみたいだし、手早く行きたいんだ」
「……少しの時間で終わるならばご一緒させてもらいます」
少し強引過ぎたかな……。
拒否できる空気をなくしちゃった。
もしかしたら用事があったかもしれない。
いや、でも下に向かっていたということは、帰る予定はなかった、ということだよね。
……もしかしたらエレベーターのところにいたあのキツネのお姉さんから逃げるために上でも下でも関係なくエレベーターを呼んだのかも。
それにしても青さん、少し人に慣れたのかな……。
前に見た時よりも挙動不審になることが少ない。
まだ時折体が震えているけど。
言葉もちょっと震えがちだけど内容はしっかりしてる。
内気さが少し表に出ているようだけど、おかしさはあまりない。
「どうしたんだい?いかないのかい?」
「すみません、少し呆けてました」
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
心配されてしまった。
考え事は適度に。
エレベータールームを抜け店内に入ると、先導していたカイゼル髭さんがこちらに振り向き一礼をした。
「ようこそ、白猫カフェ『ミルフィーユ』へご主人様方!」
急に響いた張りのある声、その声は大きくはなかった。
けれど深みがあり耳に心地よく染み透った。
目が、キリッ、として、背筋を伸ばした姿は服装も相まって大変凛々しく見えた。
カイゼル髭もいい意味で非日常を醸し出し、あたかも物語に引き込まれたようだった。
「このお店の中では私のことは『ヴィル』と気軽にお呼びください。
ではまず当店の説明をさせていただきます」
私たちの右斜め前をヴィルさんは歩きながら、店内を私たちに見せていく。
「このお店はゆったりした時間を過ごしてもらうための空間です。
騒ぐ方は他のご主人様方のご迷惑になります。
そのため当店では地上フロアでメンバーカードを進呈させてもらった方しかこのフロアを開放していません」
青さんはその説明を聞き、ほぇ~、という顔をしてしまった。
隣で間の抜けた顔をした青さんを見て、たぶん私もそんな顔をしているんだろうなと思った。
ヴィルさんの雰囲気はエレベーターの中とがらりと変わり、私はどう声をかければいいのか、思いつかなかった。
「当店ではメンバーカードを所持している方を『ご主人様』と我々一同はお呼びしています。
隠れ家へ来られた社長さんや会長さんだと思って、このお店を優雅にお過ごしください」
再びヴィルさんは一礼すると、私たちを1つのテーブルに招いた。
そして椅子を引いて座るように誘導した。
私たちの目の前にインベントリからティーカップを取り出し置いて、紅茶を注いだ。
「これはサービスです。ではごゆるりとしたお時間をお楽しみ下さい」
そう言ってヴィルさんは軽くはにかんだ。