70、スキャンダル?
「そういえば時給1万だとか言っていましたがあれはどこから出るんですか?」
「私の財布」
そこまでするか。
「なんか勘違いしていそうだからいうけどね。
私は元々そういう関係にお金使っているから!」
闘技場のファイトマネーで結構お金ダブって使い道ないし。と呟きながら、ボスは窓の外を指さした。
「あそこに紙貼ってあるでしょ?あれ、バイト広告」
「そんな募集しているんですね……」
「雇っている方が管理しやすいしね。
模範となる子がいれば他にもいい影響が生まれるから。
営業での収入を気にせず働ける環境を作ると活きる子もいるしさ。
規律があった方が動ける子もいる。
私の管轄ではなく、他のギルメンの管轄の子もいる。
自営業のギルメンもいる。
いろいろ出来るからみんな本気になって楽しんでいる」
「すごいですね……」
ボスは陶然とした顔で窓の外を愛おしそうに見つめていた。
「リスクは人の信用だけ。後は全部自分次第で輝ける場所」
「人の信用が一番取り返しがつかないですね……」
「信用を損ねるような真似は自分だけの問題じゃないからね」
「信用した相手も傷つけます……」
ボスは私の方へ振り向くと、太陽のようなと形容するのがふさわしいのだろうか、そんな笑顔を浮かべていた。
「テン子ちゃんやっぱりわかってるね!」
「」
返事に困ってとりあえず。だけ入力してはにかんでおいた。
はい。と答えると図々しい気がします。
今の私のタイプじゃないです。
もっと元気で素直な子だったらはい。って答えていたと思う。
少なくとも私みたいに考える人がそんな発言したら少し傲慢な人に思える。
肯定的発言を書き込んで分かってます。と言うのは気恥ずかしい。
なんだか俄かっぽい発言になると思える。
否定的発言は相手を拒絶し否定することにつながるだろうし、いいえと否定するのはなおさらです。
それに言葉を費やせば費やすほど、言い訳がましく聞こえ、人を不快にさせやすい。
やっぱり私はかける言葉が思いつかない。
余計な計算を頭に思い浮かべるせいで、かけられる言葉がなくなる。
思ったことをそのまま言葉に出せばいいなんて人は言うが、相手の心情を考えたらとてもじゃないけれど、私にはそんなことが出来ない。
頭の中で感情を計算するのはいいけれど、計算時間が少し長いから、むしろ相手を不快にさせている気がする。
もっと頭の回転を速くしていかないと。
微笑みながら物思いに耽っていると、不意に目の前に手が来たので避けてしまった。
手の先を見るとボスに行き着き、ボスはしょんぼりと悲しそうな表情をしていた。
「お触りダメなんだね……」
「……不意に顔に来られるとちょっと」
顔から下はそこまで気にならないのだけど、顔の傍に来るとどうしても反応してしまう。
なんとなく申し訳ない気分。
「じゃあ、撫でるよ?」
私はその言葉で一瞬硬直してしまった。
伸びてくる手がスローモーションで見える。
てっきり撫でることを諦めるかと思っていたから。
不意に来なければ撫でても大丈夫だととったのか。
手が迫ることがなぜこんなに怖いのだろう。
思考が空回りする。
言葉によって固まった体は動いてくれない。
さっきは反射的に動いた体。
なんで動かない。
言葉に反応してしまって、今動こうとは思っていなかったから。
不意を作られたのか。
私が混乱している間にボスの手は私の頭の上にたどり着いた。
ボスの指が髪の根元を軽く掻く。
その指先で髪を梳き解していく。
「私の家にね、犬がいてね、こうしてあげると喜ぶんだ」
ボスが女性特有の柔らかい声で、優しく語りかけている。
声のリズムがいいのか、声の質がいいのか、凝り固まっていた心が解けていく。
意識を手放すな、なんていう声が私の中から小さく聞こえてくる。
猜疑心だろうか。
信用するな、こういう事例があるの知っているだろ?信用するな!
なんだかものすごくプレゼンされてる。
そういうのはもういいから。
見るの諦めんなよ!話聞けや!
でもそんなのどうでもいいや……。
このチョロスケが!、私の中の声はそう言い捨てて聞こえなくなった。
髪の絡まりを指先で優しくほぐすので痛みもない。
髪の絡まりが梳けることで、頭がすっとしていき、気分は上がっていく。
心にあった不安や恐怖などは、髪の絡まりと一緒に梳き解され、快感に押し流される。
気づけば、その手の感覚だけを感じるために、目を閉じてしまう。
やがて体の力も抜けていき、寄りかかってしまう。
温かい。
気持ち良い。
猜疑心や警戒心でギリギリまで張り詰めていた心は、急に突っ張りを失い、緩められた。
心は緩まり、自制心が崩れた。
最近2時までゲームをしていたので、睡眠時間が短くなっていた。
睡眠時間が短すぎたのかもしれない。
意識はいつの間にかなくなっていた。
~~~~~~~~~~~~~
私はソファーの上で意識が戻った。
脇の下から腕を回され抱きかかえられている状態だった。
なんで私はこんな状態になっているのだろう……。
周囲を確認するため頭を動かそうとすると柔らかいものに埋もれていることに気付いた。
この状況当たっているのはあれしか思いつかない。
ハラスメント警報が鳴ったら困るので、とりあえず腕を叩いて起きてもらおう。
ぬいぐるみ抱っこって脇が閉まりません。
腕を叩こうにも手が届きません。
腕を振り回してみましたが、どこにもぶつかりません。
足を振り回せばきっと抱えている人にぶつかるでしょうけど、人を足蹴にするのはどうかと。
腹筋に力を込めて体を丸めたり、背筋に力を込めて体を反らしたりすると、腕の拘束が少し緩まった。
上半身から力を抜くと少し隙間が出来た。
トップス内部を滑り降り脱出成功!
ソファーを見ると私のトップスを抱えたボスがいました。
私が居なくなった反動で寒くなったのか、体を丸めてしまいトップスを回収しにくいです。
突然ノックの音が響いた。
ボスは寝ている。
私は今上半身、裸です。
軽く事故です。
スキャンダルです。
早くトップスを返してもらわないと。
私は急いでトップスを取ろうとする。
服を摘み引っ張ってもとれない。
これはしっかり掴まれてる。
寝ている人が布団剥がれて毛布は放さないと抱え込んでいる状況と同じだ。
体で包み込まれているので毛布よりも取りにくい。
力で取ろうと思ってもボスより非力な私には無理だろう。
暖かい物を渡せば放してくれるかもしれない。
暖かい物……。
視界には毛布などに相当するものが見つからない。
このソファーは寝るためのものじゃないですね。
自分の尻尾を抱え、体の前面を隠しながら、周囲を見渡し歩き回った。
ボスを温められる物がまるで見つかりません。
室内に人がいることがばれるので、音をたてないように気を付けながら歩き回る。
室内で見つかるのは数々のイベントの写真の額縁ばかり。
ここは応接室の1つなのか。
ソファーに座りながら、ガラスから見える景色は素晴らしく、人をもてなすにはいい空間だろう。
ガラスから入ってくる光で陽だまりの心地よい暖かさが感じられるとても落ち着く空間だ。
そしてとても寝やすい。
「すみません、ここでフォロさん寝てませ……」
内部を見回しながら入ってきた1人の狐の男性獣人。
よく見ればこんさんである。
最後に会ってからだいたい1ヵ月?振りの再会。
たぶん1ヵ月だ。もっと前な気がしなくもない。
懐かしい人に出会ったものだ。
赤い着物を着ている。赤い烏帽子までつけてる。
緑色の狸の人が相方にいそうだ。
現実逃避はやめよう。
オワタ。