68、手
今日のお昼はパンにしよう。
ここ最近食べてないし、自分で作るのはレシピ通り以外は難しい。
アレンジすると具材の分量が予測しにくいし、焼き上げ始めたら途中で手を加えられない。
失敗すると塩っぽかったり、膨らまなかったり、硬かったり、生焼けだったり……。
レシピ通り以外は味がひどくなりやすい。
お店パン食べるならレシピ通りに作っても気分としては同じっていえば同じ。
お店特有のレシピの分味がいいものが多いけど。
私はあまり素材にこだわること少ないから求めていた条件に当てはまる素材なら何でも使うけれど、お店はきちんと考えて素材を探しているはず。
クオリティはお店パンの方が高い……と思う。
大学生時代の生活と違い、安い物を選ぶことが少なくなったから、素材の品質が高いからどうなんだろ。
お店の物だとコストパフォーマンスを考えて安い素材を使ってることがありそう。
いや、専門店でそれをしたら客入りが悪くなるからないかな。
料理って暗い場所で食べると味がよく分からなくなることがある。
視覚で情報を入手できなくなるからこれを食べていると思っても味を想定できないのだろう。
視覚補正だ。
有名店だからおいしい。
これも認識による補正も働いているだろう。
一時期ドッキリアイテムとして流行った?辛いケーキ。
ケーキだと思って食べたら辛かった。
これも甘いケーキだと思って口に入れた瞬間甘く感じる。
本当の味は後追いでやってきて辛いと感じる。
あれはひどい。
前情報を元に口に入るものの味を想定するのは、梅干しを見て実際すっぱいと感じるなんて現象と同じなのかな。
でもこの頃すっぱい梅干し食べてない。
はちみつ梅干し、甘酸っぱくておいしいです。
想像しても口の中すっぱくなりません。
子供の頃は食べれなかったものが食べれるようになるのは、他の人の反応からその味についてポジティブな印象を覚えるからかな?
ネガティブな反応しか見てなければそもそも食べやしないだろうし。
物をおいしく食べてる人を見続ければ、何でもおいしく食べれるようになるかもしれない。
まぁ、前情報に踊らされがっかりするなんてこともありふれているだろう。
結局は試していくのがいいんですね。
どこのパン屋に行こうかな。
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地元の人向け?の住宅街にほど近いパン屋を選んだ。
家では使えないような大型設備を導入できそうな敷地面積。
家のパン焼き器では作れない物が作れそう。
ところどころ年季の入った風合いのお店。
長い年月ひいきにしてくれる人がいなければ存続はできない。
敬遠しがちなお年寄りが増え、大手だろうと入れ替わりが激しいこの地域の外食分野で生き残り続けるその力に期待ができそう。
店内に入りまず感じるのはその甘いパンの香り、そして暖かい。
冷たい外気と比べ暖かい空気により一瞬顔が暑くなる。
まるで血が上り頬が紅潮したような感覚。
パン屋に入ったことに興奮したような気分になる。
トレーとトングを持つと順繰りに見ていく。
どれもこれもいい匂いがして食欲が掻き立てられる。
私はチーズが好きだ。大好きだ。
ゴーダのトーストによく使うチーズらしい味、チェダーのおかず向きの特徴的な濃い味、カマンベールのもちっとした柔らかい食感、ゴルゴンゾーラのお酒に合う香り、クリームチーズのデザート向きのしっかりした味……
考えるだけでお腹が……今日はチーズ系で攻めていきましょう。
チーズトーストみたいなの、チーズを混ぜた?フランスパンみたいなの、ハム&カマンベール、デザートのクリームチーズ入りりんごタルト?とサラダを買いました。
駅傍のデパートのフードコートに行き、途中でレモンの炭酸ジュースを買い、食事開始。
さすがにこの時期に屋外で食事はとりません。
手がかじかんで食べるどころの話じゃなくなります。
最初に食べるのはハム&カマンベール。
カマンベールの甘みと柔らかさがハムの癖を和らげてお肉らしさを強調。
鼻から抜けていくハムの匂い。
ハムの力がタンパク質に対しての欲求を強めていく。
チーズトーストを口に運べば、そのサクッとした食感、柔らかい部分の食感、甘みと塩気のチーズと炭水化物のパンが組み合わさり充足を覚える。
フランスパンみたいな硬めのパンに酸味が強いチェダーが混ざる。
硬い歯ごたえは筋肉が求めているのか、硬い物を食べるほど欲しくなる。
この硬さがたまらない。
途中サラダやジュースで口直し。
レモンですっきりしつつ、炭酸で食欲増進。
パンを食べれば喉が渇きますから飲み物は欲しいです。
サラダはレタスとポテトのサラダです。
レタスのシャクシャク感やポテトの柔らかさがアクセントになってフォークが進みます。
一通り順繰り食べると最後にデザートです。
ベイクドチーズケーキに焼きりんごがのってるという方が適切かも。
りんごの酸味と甘み、クリームチーズの酸味と甘みが共演。
少しバターの香りがします。
口の中を駆け巡る味に頬が緩んで戻りません。
あぁ、おいし。
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ログインしました。
10分程早目にログインすると、目の前でボスが伸びをしていました。
「お待たせしました」
「あ、さっき来たところだよ」
私が軽く一礼するとそうボスは答えました。
「うんじゃ、行こうか」
「はい」
ボスは唐突に私の手を引き歩きだした。
何事だ。
「さっき白面さんと手をつなぎながら来たでしょ?
ちょっと私も手をつなぎたくなったの。
ダメかな……?」
なんでしょう、この気分。
「いえ、いいですよ」
この私を攻略するゲームを行われている感。
なんだかお遊びでからかわれている。
そんな予感がすごくします。
私はそんな簡単に絆されません。
私が欲しいのは一緒にいて楽しくなれる人です。
恋愛なんて興味はないです。
そもそもゲームで恋愛したところで不毛です。
ゲームで作るのは仲間まで。
リアルで会うことなんてあり得ないんですから。
私がこのゲームを好きだと知っている人はいない。
ゲームでの私はリアルでの私とはまるで違う存在だ。
アバターが子供であることを利用して現実ではしないことをしている。
性別、背の高さ、行動が違えば私を見つけることは不可能だろう。
声も出さないことを貫いている。
これで私を見つけられたらすごい。
そもそも現実であんなに泣かないし!
ゲームで私はリアルを明かすことは決してない。
明かしてどんな不具合が出るか分かったものじゃない。
そんな怖いこと私はしない。出来ない。
「どうしたの?いやだったの?」
ボスは困惑顔で私を見て問いかけてきた。
私は首を横に振りいった。
「いえ、特に何でもないです」
「そっか」
ボスはどこか悲しげな顔で笑っていた。
ボスの手をつかんでいるとその温かさが手に伝わってくる。
手の力は強くしっかりしている。
この手は簡単にこじ開けられたりはしないだろうな。
使われる手の力強さ。
それを私はボスの手から感じ取っていた。
赤い短毛に覆われ長手袋をしているように見える私の腕を引っ張るその腕を見つめた。
アバターサイズの違いもあり、私の手はすっかりその手の中に入ってしまった。
ほっそりした女の人の手。
私には大きいその手も他の人から比べれば小さいことだろう。
さらさらとした毛が柔らかく、そして手の中ではその毛はとても薄くなる。
武器を握ることを考えたら長いと滑っていってしまうことが問題になるだろう。
「どうしたの?やっぱり嫌?」
手を見つめていたらボスに心配されてしまった。
「いえ、手の大きさがこんなに違うのかと思っただけです。
特に何でもありません」
「そっか」
ボスは少し辛そうな顔をしながら笑っていた。




