56、ボス前まで移動しました。
森の罠やモンスターの情報をボスから聞いた。
今までの情報をまとめると結局モンスターを倒せるかにかかっている。
攻撃が通じるかわからぬ。
クロー装備のいぬくんについていくのみになるのだろうか?
あれ?……やっぱり寄生っぽくね?
こんなにも寄生みたいな移動の仕方しか出来そうにないのだろうか?
早く攻撃力あげたり戦闘に有利な能力を身に着けないとなぁ……。
幻術で敵の視覚をごまかすのはいい。
幻術をかける対象を臭う物にすれば嗅覚ごと、うるさいものにすれば聴覚ごと注意をひきつけさせられるだろう。
だがそれ以上を私はできるのだろうか?
サモナースキルのレベルはそこそこ高くなってきている。
今まで育成したサモンモンスターの合計レベルに依存する仕様のようだ。
けれどまだまだ低い。
未だ召喚魔法しかスキルをもっていない。
他の職スキルはカンストまでにスキルを3つ覚えているそうだ。
サモナーという職も現在のカンストまでに3つスキルを覚えるはず。
未だベースレベルすら30届いていないけど。
気が遠い。
視界に広がる森は一見普通の森。
ところどころにツタが木に巻き付いていたりする。
今のところモンスターの姿は見えない。
低木が足元を見づらくする。
地面を歩けばいつモンスターに出会うかひやひやものだ。
ここまで不意打ちがしやすい環境だと気の抜ける時はない。
私は小学生時代のわんぱく時代、木の上で昼寝する趣味があった。
その頃の経験を活かし今また木を登りナマケモノのごとくのんびり移動していく。
いぬくんとボスは幹から幹へ跳ねて移動して進行方向に隠れているモンスターを探し出してはばったばったと薙ぎ払い進む道を切り開いてくれる。
とりちゃんは空を飛んでいく。
ねずみんは枝の上を走っていく。
いぬくんとボスには劣るけれどどちらも私より断然早い。
私だけとろい……。
周辺の危険な場所は先行しているボスたちにすぐ教えてもらえる。
私はモンスターと戦闘することも罠に引っかかることもなく進むことができた。
この体をちゃんと使えるようにならないとダメだ。
走ったり跳ねたり出来ないと迷惑がかかる。
むしろもうかけている。
このアバターは現実の体とは違う。
既に現実であれば移動できない距離を移動したんだ。
枝を握る手にこもる力は変わらず動かすことができる。
現実であればもう動けない。
ここはゲームだから動ける。
ここはゲームだからアバターの力は職と筋力に依存する。
廃用症候群はたぶん……ない!
きっとない!
いやそもそも寝たきりだったわけじゃないからあったとしても重症にはなってないはず!
あの病気だって体を動かしていけば治せる。
骨折したりなど動けなくなる状態にはなってないのだから大丈夫。
動けるのに動かないのが悪いのだ。
体を動かせ。
動かさなければ人に迷惑をかける。
出来ることはあるはずだ。
サモナー職のスペックは魔法職以上物理職以下のはず。
少しは運動に適性があるはずだ。
初期の魔法職でも垂直跳びで3m出来る世界だ。
何を恐れてる。
枝をつかむ私の腕を見た。
樹皮で傷つくことのない短毛で覆われた手。
木の葉を弾く短毛で覆われた前腕。
力が漲っている感覚がする。
筋力を感じない細い腕はあまりに頼りない。
けれど今までの使用でこの腕には現実を上回る力があることが理解できる。
信じよう。
この腕は私を支えることなど簡単に出来る。
そもそもこのアバターは身長が120㎝程度しかない。
体重は20キロあるのだろうか?
現実の私は30キロの米袋をなんとか運べる。
ゲームの私は現実よりも力持ち。
なら大丈夫……大丈夫なんだ。
枝に絡みつけていた足を外した。
腕にかかる負担は増えた。
でもこの程度腕は軽く支えた。
私は雲梯の要領で枝を渡った。
体を振り子のように揺らして出来るだけ遠くの枝をつかんで進んでいく。
この移動方法にすると急激に移動速度が上がった。
幹を蹴って進むボスに追いつくにはまだまだスピードが足りない。
三角跳びのように稲妻の如く動くボス。
いぬくんはボスよりも速く動いていた。
跳躍能力が高いせいだ。
1度の移動距離がボスよりも長い。
クローを幹に食い込ませることで立ち止まるいぬくん。
ボスは幹に垂直に立っていた……。
いぬくんはともかくボス……!
壁走りスキルが理不尽です!
私はその場所まで急いで行った。
ボスは私の真似なのか枝をつかんでぶら下がっていたら枝が折れて落ちていった。
……。
ダメだ。落ちる瞬間、ボスの目がカッと開いていた!
漫画で見るような顎が外れたような顔してた!
目の前5mくらいの場所で落ちていくものだから顔の変化がよく見えた!
優越感あふれた顔が唖然とした顔に変わる瞬間、余裕あふれた表情が絶望に変わる瞬間が劇画チックだった!
笑いの衝動が……!涙腺が崩壊する!
落ちたボスは尻餅をついただけだった。
底なし沼などの被害にはあってないようだ。
私は口角が吊り上がり涙がこぼれるのを止めらなかった。
横隔膜の痙攣ががが……!
か、顔が戻らない!
「こら!笑わない!」
いぬくんの居る辺りの木の付近に行くとボスが顔を赤く染めながら頬を引っ張ってきた。
木の幹に垂直に立っていて水平感覚はどうなってるのだろう?
幹に立つせいで顔の高さを揃えられてしまう。
普段より近くて慣れない……。
普段より近い位置にあることで気恥ずかしさが強くなってしまう。
ついついボスから目を反らしてしまう程頬をひっぱる力が強くなった。
目を反らさない、なんてこと言われてるみたいです。
このアバターのメリットは背が小さいこと。
背が小さければ基本的に上を見上げることになる。
目で見る相手との距離は正面を見据えるよりも遠くなる。
結果物理的に距離が近くても意識としてはそこまで近いとは思わないですむのだ。
電車の時みたいに過密な空間であれば多少人が近くても気にしなくて済ませられる。
でも周囲に人が少なくて過疎な空間である時は何か私に用があるのかと思い半径2mくらいの人を警戒してしまう。
で、実際用があるとわかると焦って対応してしまう。
嫌だからじゃなくて慣れないから。
そしてそんな目に見えて警戒している相手に話しかけるのは気が退けるのだろう。
私と話す人は普段から少ない。
話すとしても必要以上に近づかない人が多い。
だからか。顔が近いほど慣れない。どうしても慣れない。
目線の高さが違うから物理的距離が近くてもそこそこ慣れた距離感で対応できた。
でも目線の高さを合わされたら顔から顔の距離が近くなってしまう。
慣れない距離。1mもない距離だ。
普段は見えていない物が見えてしまう距離だ。
相手を意識しすぎてしまう。
私は枝をつかんでいるので両手が塞がっている。
スマホが操作できない。
とりあえず笑ってごまかすしか出来ない。
中身が大混乱してるけど表情には何も出しませんよ!
「笑う奴にはお仕置きだー!」
あ、このゲームってプレイヤーに毛穴があるんだ。
ボスの目が赤く紅く愉悦を湛え、口角が吊り上がり捕食者の笑みを浮かべている。
手がワキワキと動いていた。
食べられちゃうのかな?
人外好きが暴走している。
なんだか相手がしてくるだろうことを予想して興奮してしまう。
抵抗できない状況の私にボスはいったい何をしてくるつもりなんだ……げへへ。
その時ボスのふところからアラームが鳴った。
「あ、お昼食べないと。
ねぇ、ボス前に着いたことだし一旦ログアウトして腹ごなしして来よう?」
私は枝に足をかけて両手を開けた。
スマホを取り出した。
「わかりました。いいですね」
この……生殺しです。