110、写真
どうせ後は死ぬしか道はないのだろう。
死んだ後はデスペナで今日の活動時間が過ぎてしまう。
ならもう倒せないとは分かっているけれどやれることは全部やろう。
やったことないことも、やってみたら面白いだろう。
死ぬ気でやったら何か変わるかもしれない。
それに相手はスライムの1種。
私の知る情報はたくさんあるはずだ。
例えば膠を作る際の匂いが苦手だとか。
……。
なんで、これ、早く思い出さなかったんでしょうか。
ピュアちゃんの時は膠の匂い自体は大丈夫でした。
ただ膠を作る際に出た煙を浴びて逃げました。
膠を作る際に出る匂いは腐ったような臭い。
毒としては量が少ないかもしれませんが、ボスカニの時のアレがまだあるかな……?
あら……ない。使い切っちゃってたか。
周囲では轟音が響く。
怪物が腕を落としていく音だ。
落ちてくる腕を右左。
ぬこにゃんは懸命にかわしていく。
私自身はヘイトを稼いでいないので狙われていないようだけれど、多少なりともダメージを与えていたぬこにゃんは狙われてしまっている。
ぬこにゃんは幻影の中に隠れてやり過ごそうとするのだけれど、どういうわけか怪物はぬこにゃんの居場所をあっという間に把握してしまう。
結局のところぬこにゃんは走り続ける羽目に。
ネコは短距離ならまだしも長距離は走れない。
筋肉の比率でネコは瞬発力に優れ持久力にかける白い、タイプ2Xと呼ばれる、筋肉が57%を占めていてスタミナがない。
ちなみにイヌの場合、このタイプ2Xという筋肉の比率は20%程度であり持久力に重きを置いていることがわかる。
時間はない。
何かうてる手はないか。
私がスマホをいじり、なんとかできるスキルを考えるため、情報を確認していく。
幻術スキル、印象操作……、怪物にはかからないだろうし、蚊柱の単体にかけても無意味。
他に何か……。
ん?道具作成スキル?
一寸法師?……なにこれ?
ちょっと待て、道具作成スキルっていつ……あ、鞣し終えた後で膠を作る前に買ってた。
そういえばネズミフード作ってないっ!
……これって簡易作成あるよね。
作れるものは……。
スマホの画面を見ると画像が映る。
今まで私が作った道具の写真が表示された。
あ、照る照るナパーム君、簡易作成で作れるのか。
材料ならインベントリに山ほどある。
成功率は低い。
数をこなしていこう。
それと一寸法師……?
アチーブメントのボーナス?……!
イレギュラー討伐のアチーブメント?
倒したイレギュラーサイズのボスの数が条件かな?
芋虫、蜘蛛、牛、蟹、蜻蛉でちょうど5種5匹だもの。
パッシブスキル。
効果、使用プレイヤーの5倍以上の体積の敵に対して効果上昇、攻撃範囲上昇。
攻撃範囲上昇がなんだか分からないっ!
攻撃したら実際の武器の届く範囲よりも遠くまで攻撃できるのかな?
攻撃したらその周囲もダメージを受けるなんてことないよね?
攻撃したらその場所から攻撃が広がりダメージを与えるとかだったら大分大物相手には強いですよ?
効果範囲も私の5倍以上の体積の相手と狭い……?
私、身長120㎝程体重20kg程?ですよね。
あ、ちっさくてよかった!
有効範囲が大分広いよ!
むふふふ。
あの怪物も余裕で有効範囲ですね!
やってやりましょう!
勝ってやりましょう!
倒してやりましょう!
私の未来がために!
運営をぎゃふんといわせましょう!
今までのイレギュラーサイズの恨みも込めて!
サモナーに栄光あれ!
私はスキルを発動させる。
インベントリ内のアイテムをドラッグ、照る照るナパーム君の画像をクリック。
簡易作成は発動したようだ。
成功か失敗か。
私はインベントリからそれを取り出した。
ぬちゃ。
「っっっっっっ!」
鼻の粘膜が……!鼻の粘膜が……!
手にのるそれを思いきり怪物に叩きつけた。
手が!手が!……手が!
一瞬でものっていたそれは異様に臭かった。
腐った獣臭とアンモニア臭、混ざり合い、さらに手に滴り落ちる液体がびちゃびちゃ。
生温い感触と生臭い感触。
夏場色々な生ゴミを入れたゴミ袋を収集日に出せず1週間経ってしまった時の地獄、あれを数十倍に濃縮した気分だ。
あ。
思わずゴミ投げつけたけど……
恐る恐る怪物の方を見ると
異物を叩きつけられた怪物の表面は白く変色し、悶えるようにぐねぐねぐねぐね動き続ける。
あ。効果抜群ですね。
て、のんびりしてられません!
思わぬ大ダメージを出せたのはいいとして、ヘイトを稼ぎ過ぎました!
早く、早く、攻撃を避けるように立ち回らないと!
簡易作成スキルにまとめて設定ありますね。
……やっちゃいましょう!
どうせ、このままでは到底使いきれない量です!
もう私の鼻は死んだ!
スマホ片手にひょいひょい跳ねていく。
着地点に失敗作を設置しながら、タイミングをずらし移動先を予測されないようにランダムに。
……それにしても。
やっぱり成功率が低い……。
100個分まとめて作成して、成功したのはわずか5個。
システムがいう成功率は40%。
約半数は成功するはずなのですよ?
全くひどいじゃないですか!
今の私には失敗作という毒物の方が嬉しいですけど。
私を追って怪物は触腕を落としていく。
ドンッという音が響く。
しかしその間隔は鈍い。
撒き散らされている毒物で、怪物の体表は白く変色していく部分が増えて来ているからですね。
体表を変質させられ、修復しようにも毒物で変質した部分を交換すれば、内部に毒物を溜め込むことになる。
またこの毒物は熱などを加えられて出来た単純な組成の物。
単純な組成とは、言い換えれば原子間の結びつきが強固で分解が非常に難しい物。
害のない形にするのが難しい物です。
辺りに散らばる毒物。
それは非常に臭い。
そもそもスライムには視覚がない。
あるのは嗅覚に近いもの。
強烈な臭いは怪物の知覚を混乱させた。
空中からでも蚊柱の位置を知覚できる強い嗅覚は壊された。
憶測で私の位置を追っているようですが狙いが甘いですね。
だからあまり動くのが得意ではない私でも簡単に避けられる。
囲もうにも正確な位置が分からないのですから追い詰められることもない。
でも……。
私は怪物の体表を見た。
1割。
私がダメージを与えられたのは1割です。
手持ちの毒物はもう7割使い切っている。
この調子では5、6割、体表を変質させきることは不可能だろう。
あまりの臭気にか、ぬこにゃんもからすみもグロッキーになっているし、ジリ貧だなぁ……。
「くっっっさ!何これ!くっっっさ!」
唐突に響く女性の女性らしくない声。
これはどこから……?
「きゅぅぅぅん……」
「い、いぬくん!倒れない!倒れたらそこでおしまいだよ!
寝たら死ぬ!ここで寝たら死ぬから!」
怪物の向こう側、次の町のゲートの方からだ。
この声は……ボス!それといぬくん!
「こんばんはです。ボス」
「テン子ちゃん、こんばんは!
なんだかすごい臭いよ!
大丈夫なの?コレ!」
「私はもう嗅覚死にました。
大丈夫です」
「いやいや!大丈夫じゃないじゃん!」
「このスライムのお化けの目を封じるためには仕方のないことだったんです」
「え、まさか戦闘中!?」
「イエスオフコース!
大丈夫です。目は封じました。
攻撃は乱雑でかわしやすいです。
体表の1割はアイテムでダメージを与えました。
まぁ、アイテムの残りが少ないので、あとはジリ貧ですけど!」
「まさかその白い部分、全部テン子ちゃんが?」
「イエスオフコース!」
「すご!あ、手伝いはいる?」
「欲しいです!勝てるなら勝っていきたいです!」
「了解!」
「野郎共!宴の時間だ!
思う存分戦おうじゃないか!
この向こうにはレアモブが山のように待っているぞ!」
ボスはギルドチャットにそう書き込むとゲートの光が強くなった。
「あと入る時は鼻栓忘れずにね!」
「「「「おおおおぉぉぉ!!!!!……くっさ!!!!!」」」」
「フォロさん、言うの遅いですよ!」
「そもそも鼻栓なんか用意してない!」
「あ、これ、嗅いだことある……あぁ、膠だ、膠に近い」
「冷静だなぁ!おいっ!」
ゲートの向こう側で聞き覚えのある声が響く。
「これ、デケェな!」
「ゲーム内時間で週に1度のお祭ですが、このサイズのスライムは見るの初めてですね」
「いや、ほんと、お前、冷静だなぁ!おいっ!」
ブラックオークのツナさん、草食系キツネのコンさん、お肉料理専門の銀狼のシルバーさん、鍛冶くま3人組……
あとはウサギのお姉さんもシルエットからしていますね。
ヤギっぽいシルエットとかヒツジっぽいシルエットとか、あ、あのオオカミのシルエットはスペードさんです!
他にもいますね!ギルドメンバー大集合ですか!
「敵のレベルが低いからって油断しないように!
この敵のサイズでも分かるけど油断したら潰されるよ!
弱点は特になし!
有効なのは、火と範囲攻撃!それと毒!
5割以上攻撃しないと倒せないから!
現在この臭いで敵の攻撃は狙いが甘い!
わかったら各自戦闘開始!」
「「「「「おおおおぉぉぉ!!!!!」」」」」
そこからはもう一瞬だった。
くま3人組がスキルを使って殴れば怪物は表面が弾ける。
斬撃がメインの人は斬撃を飛ばし、表面を薄く撫で斬りにしていく。
魔法が乱れ飛ぶ。
時折「アハハハハハハハ!」と言う声が響く。
そして1分もしないうちにスマホのアラームが鳴った。
巨大だったその姿はもはや面影がない。
残っているのはほんの少しだけの皮だ。
体液は戦闘終了と共に消えた。
「お疲れー!」
「お疲れ様でしたー!」
「「「お疲れー!」
「あら、もう終わりなの?」
「お疲れー!」
私達は解体を行わずドロップ抽選を選択した。
私が入手したのは……
「あ、ちょうどいいからみんなで写真を撮らせて!」
「いいですね」
「はーい、僕もいいですよ」
「私もです」
「「「どうぞどうぞ」」」
ボスの号令の下、みんなでゲートの側に集まり、笑ってピース。
ボスは分身の術もといスマホを増やしてみんなの輪に入り、遠隔操作で撮影。
学校行事だとか、組織が行う集団行事でもないのに、こういう風に写真を撮ることが私は初めて。
なんだかふわふわした気分になる。
それにここにいる人はほとんど私が話したことがある人ばかりです。
とても安心感がある。
あぁ、そうだ、私がドロップ抽選で入手したのは……スライム玉(超巨大)でした。
これ、どうしたらいいんですか……やっぱりNPCに売るしかないんですか……。
私は目の前できゃっきゃと騒ぐギルドのメンバーを見ていた。
彼らが居なかったら私は死に戻りしていただろう。
それは私にとってしょうがないことだった。
けれど今回は違った。
私は側に誰もいないことを確認して、誰にも聞こえないようにそっと肉声で小さく呟いた。
「本当にありがとうございます」
これにてサモナーさんの話は完結します。
けれどテン子ちゃんの冒険はまだ続きます。
テン子ちゃんのその後が垣間見える話として今日、同時投稿した、テン子ちゃんの弟子のお話。
「ウェイターさんです。副業はヒーローです。」
http://ncode.syosetu.com/n2750dk/
それとボス以外でテン子ちゃんが仲良くなれそうな料理人プレイヤー、スペードさんの話。
「RSOの戦う料理人〜トランプ部隊は血と遊ぶ〜」
http://ncode.syosetu.com/n7590cx/
この2作品をどうぞよろしくお願いします。
あと出来たら評価してもらえるととても嬉しいです。
感想欲しいな……