109、これはどうすればいいですか?
スライムの怪物の触腕で叩き潰された蚊柱やレアモブは取り込まれると、見て分かるほどの速度で分解された。
体液が酸性?
いや、違うだろう。
体内が酸性で生きていられる生き物はあまりいない。
元となったスライムを見るからに体液自体は中性だろう。
体内の水素イオン濃度、ペーハー、pHは少し変わるだけで体の中で働く酵素のほとんどはまともに動かなくなる。
酵素が動かなければ細胞内の環境管理や生命維持に必要なタンパク質などの合成などが出来なくなる。
タンパク質の合成が出来なくなれば、細胞膜を新しくすることも出来ないし、傷を治せない。
その他いろいろの障害が起きる。
体液が中性から突然変異で酸性に変わったとしたら、付随して全ての酵素がそのpHで働くようにならなければ生きられない。
この突然変異で生き残る個体というのは、遺伝子がまとめて何万という数の組み替えが起きてたまたま適応したというレベルの話であり、少なくとも那由多分の1という可能性。
万に1つを通り越し、那由多に1つの可能性だ。
ありえないととらえてもかまわないだろう。
じゃあ、何か。
原生動物の胃に相当する器官、細胞小器官のリソソームが働いているんじゃないだろうか?
現実のリソソームは40種類の酵素を持ち内部に取り込んだ物を分解する。
この酵素が働ける環境はpH5のそこそこの酸性。
細胞小器官が壊れ内部の酵素が細胞内に拡散しても、細胞内のpHは7.2程度ではリソソーム内の酵素は働かないため、自分の体を構成しているタンパク質や多糖類などを分解されることはない。
同じだと考えていいだろうか?
だとしたら潰れたといえど元々5mサイズのあのカエルのレアモブも入る巨大なリソソームがある?
……あぁ、これは体内への侵入からの重要器官の破壊という攻略パターンは出来ない。
体内に侵入したらリソソームに食べられ分解されちゃう。
細菌などの類もリソソームで大概分解されるだろう。
バイオテロ関係も、手段をあまりもっていないけれど出来ない。
分解が困難な毒物……、倒すのに必要な量は非常に多いだろう。
そもそもそういう品はもっていない。
さらにいえば、スライムに、アメーバのような粘菌に、この器官を壊せばすぐ倒せる!っていう物はないだろう。
それに染色もされていない器官、核だとかゴルジ体だとか細胞小器官はそもそも見えない!
いつぞやのスライム考察から思い返せば、体液を一定以上失えば倒せるはずです。
初めのフィールドのスライムは体液の6、7割失えば大抵アラームがなった。
他の方法ではスライムを倒すことが出来なかった。
なら勝つためにすることは?
怪物の表面を切り裂き体液を噴出させること。
ぬこにゃんがクローで表面を撫で斬りにして、私は幻影を使いぬこにゃんを隠す。
……からすみはどうしましょう?
ごめんなさい、やって欲しいことが特に思い浮かびません。
巻き込まれたら大変なので下がっててください。
どんな幻影を使う?岩?
ここはぬこにゃんを使いましょうか。
狙いをつけにくくさせるためにするんだから。
私の写真フォルダが火を噴くぞ!
空中を怪物の透明で巨大な触腕が移動していた。
にゅるん、という感じで柔らかく、素早く、真っ直ぐに伸びていく。
蚊柱の上に辿りつけば触腕から下に向かってさらに触腕を落とし叩き潰す。
どどどどどん、という重い音が響く。
フリーフォールだけでは出せない速度。
爆発的な勢いで射出され、触腕は蚊柱を叩き潰す。
潰された蚊柱は触腕の中に入ると黒い塊として見えていた。
黒い塊は引き上げられる間に消えてしまう。
幾十もの触腕から垂らされるさらにいくつもの触腕。
50を超える触腕から吸収される栄養は一体どれほどのエネルギーなのだろうか?
蚊柱が私に向かって移動する度に怪物は触腕でまた叩き潰して食べている。
そこそこ近くにいるというのに私に向かって怪物が何かすることがなかった。
私やぬこにゃん、からすみは怪物にとって労力をかけて食べるには魅力がないのだろう。
そこに蚊柱という食べ放題があるからだろうか?
ここで攻撃をし始めたらヘイトが私たちに向くのだろうか?
怪物が蚊柱に夢中になっているから私たちはこの狂乱の地で生きられているのだろう。
しかし怪物が移動しないことには、次の町に入ることが出来ない。
蚊柱がいなくならないことには川原に行き前の町に入ることが出来ない。
今回のミッションは?
次の町に入ることです。
そのためには?
怪物をどうにかしてゲートまで行けるようにしなければいけません。
怪物をどうにかする?
倒す必要はない。
移動させる必要があるだけ。
怪物を移動させられるの?
触腕の範囲は広いし、今いる触腕の範囲内で何かしたところで、動くのは触腕だけなのでは?
触腕の範囲外だと蚊柱に回りこまれて出ることが出来ないんじゃない?
ということは。
怪物には消えてもらわないと移動が出来ない。
やはり私はこの怪物を倒す以外に選択肢の余地はないのか。
目の前にある山の如き水の塊の向こう、見えるゲートの光は遠い。
秘技!ぬこまみれ!五月雨ぬこにゃんの術!
私は足元の石を拾ってはスキルを使い投げを繰り返した。
飛んでいくぬこにゃん。
ジャンプをしている姿のぬこにゃんが宙を舞う。
くるくる回る。
座っていても、寝そべっていても、歩いていても、幻影は空中で姿勢を変えない。
川の中州をぬこにゃんの幻影が覆い尽くしていく。
私が隠れるようにと大きいサイズから、ぬこにゃんが見つかりにくくなるように様々なポーズとサイズの幻影が辺りを埋め尽くす。
ぬこにゃんの幻影はCT待ちの間に写真を変更したり、サイズを変えたりと設定をいじっている。
幻影を数十と配置しても怪物は蚊柱に夢中で動かない。
私はぬこにゃんにクローを装備させた。
「ぬこにゃん!」
私は怪物に向けて左手の人さし指を振り下ろす。
かくてぬこにゃんの戦いは始まった。
怪物に近づくとぬこにゃんは腕を横に振るい怪物を切り裂いた。
ワンツー、後ろ足で立って右左。
しっぽをふりふりバランスとって。
軽快に。それでいて深く。
クローの刃の根元まで刺して50㎝程の深さまでもぐった。
しかしそれは300mはある怪物からしてみれば非常に浅い。
ぷつっと数十㎝程斬れた表面からは体液が溢れた。
ぬこにゃんの右が横に大きくふられる。
ぬこにゃんがその勢いのままクローを支点に側転してえぐる。
そしてさらにワンツー!スリー!
この調子で削っていけばイケるかな?
突如、夕陽の光が不思議な色合いに変わる。
それはまるで揺らぐかのように。
私は上を見上げると、ぬこにゃんの上に怪物の触腕があることに気づき、スマホを操作してぬこにゃんの位置を大きくズラした。
次の瞬間、ドンッ、という轟音と共に空気が吹き荒れる。
空気の大波が辺りを飲み込み押し流し、周囲の石を吹き飛ばす。
ぬこにゃんの幻影が心なしか寂し気な顔をしてる気がする。
どことなく無念っ……。と伝えていく顔をしてる気がする。
轟音の源を見ればそこには怪物の触腕があった。
直径20mはありそうな極太の柱だ。
地面に叩きつけた影響か周囲に怪物の触腕の一部が飛び散っていた。
どのくらい切り裂けばこの怪物は止まるだろうか。
さらなる攻撃を警戒し辺りを見回していると、飛び散っていた触腕の一部がうごめいていることに気づいた。
ぷるぷると震えながらその飛び散った触腕の一部はそれぞれ玉になり、スライムになって触腕にへと向かっていく。
触腕にたどり着いたスライムは潜り込み、そしてそこには触腕しかなくなった。
スライムが全部、怪物の触腕にへと吸収されると触腕は持ち上がった。
そして触腕の裏にあったはずの傷口が消えていることに気づき絶望を覚えた。
先ほどのスライムが傷口に埋まっていったのか、それとも別の機構が働いているのか……。
ふと見ると怪物の内部に泡みたいな物がある。
それが皮の内側にくっつくと弾けて、皮が厚くなっていった。
……ゴルジ体から飛ばされてきた輸送小胞かな……。
膜の修復と強化、古い部分の交換でも行っているのだろうか……。
材料は先ほど吸収していた蚊柱とかだよね……。
あれ、これ、私詰んだ……。
ゲーム的にいえば、怪物はHPとリジェネが高過ぎる。
蚊柱は個体数という名のHPが数億いく。
前進後退ともに不可能ですね……。
運営よ、ついに私を真っ向から追い詰めたか。
このオニーッ!アクマーッ!
思わずギルドにつぶやく。
「鬼運営が私を殺しにかかってます。
前門の300m級のスライム。
後門の数億の蚊柱。
デスルーラしたら、今日の活動時間中はデスペナ状態。
あぁ、終わった……」




