シュークリームのシュークリームによるシュークリームの為の(略)
「シュークリーム彼氏」というゲームがあった。
ジャンルは女性向け恋愛シミュレーションゲーム。
シュークリームソムリエを目指す少女がソムリエ専門の学校に入学し、数多のシュークリームを攻略していくというゲームである。
攻略対象は全てシュークリーム。
カスタード、ホイップ、ストロベリーホイップ、抹茶クリーム、と、多岐に渡る。
が、ビジュアルに差異はない。
半分に割らなければ、皆同じシュークリームである。
ちなみにデートイベントでは、パウダーシュガーや、チョコ、抹茶などが振りかけられ、美味しそうな姿で登場する。
偶にコンビニパッケージ仕様で登場するものもある。
突っ込みどころ満載。
一言で表すとすれば、「ネタゲー」である。
しかしこのネタゲー。ただのネタゲーでは終わらせてくれない。
キ声優陣がこれでもかという程豪華なのである。
今が旬の若手声優を始め、ベテラン、有名どころ、果ては声優業を引退した俳優まで引っ張りだしてきた。
これにはあらゆる年代の乙女達が湧いた。
予約特典のブックレットにはキャラクターのモデルになった有名洋菓子店のシュークリーム紹介。
ちなみにモデルも何も、見た目は全て同じシュークリームであるが、制作側は「ちゃんと焼き分けは出来ている」と言い切っている。
そしてこのゲーム。超難易度に設定されており、毎朝、主人公側から声をかけねばならない。授業中ならばまだしも、朝の自由な時間である。
通学路に点在するシュークリーム、校内に点在するシュークリーム、その数多のシュークリームの中から攻略対象たるシュークリームにピンポイントで声をかけねばならないのだ。
ちなみに失敗すると、その日のキャラクターボイスはお預けとなる。
まさしく、シュークリームソムリエの真骨頂が問われるゲームである。
発売から2年。未だ根強い人気を持ちながらも、続編希望の声が上がらないのは、このゲームを完全攻略した猛者がまだいないから、とも言われている。
✴︎
「本当に……。コンプリートしちゃった……」
画面上を流れるエンドロールを見つめながら、桃香は呆然と呟いた。
「当然ですわ。むしろ、これのどこが難しいのか、わたくしにはわかりませんけど?」
可愛らしく小首を傾げるのはきつめの顔立ちの美少女、レイカである。
「まじか……」
「だって、攻略本の通りに進めればよろしいのでしょう?」
「いや、その、『攻略本の通り』が難しいんだって!!」
「こんなにわかりやすいのに?」
そう言ったレイカの手に収まっているのは「シュークリーム彼氏」の攻略本。
しかし、しかし、攻略対象別に載せられたシュークリームのヴィジュアルは、桃香の目には全く同じものにしか見えない。
「焼きの入り方が全然違いますわ」
このキメの違い、とか言われても、桃香にしたら、そうなの?と首を傾げるしかない。
キャラクター紹介に載せられたシュークリームの違いと言えば、半開きになったシュークリームから見えるクリームの色とそのキャラの性格を如実に表す一言。
抹茶シュークリームの「お前になら俺の小豆、任せてやってもいいぜ」のセリフの意味が未だにわからない。
クリームは緑色だし、デートイベントでも抹茶しかふりかけられていない。
小豆の要素はどこいった。と制作側に物申さねばならない。
とにかく、その、見分けが全くつかないシュークリームを見事に見分けているのが、今目の前にいるレイカである。
✴︎
桃香は有名学園に通う奨学生であり、レイカは有名財閥のご令嬢だった。
きっかけは、お金持ちがおおく通うこの学園の常識を知らなかった桃香の失敗を、学園のヒエラルキーの頂点に近い場所に位置するレイカの前でやらかした事にある。
レイカの取り巻きが怒り狂い、桃香は平謝り。
そこへ颯爽と現れたのが、レイカの婚約者の生徒会長さまである。
その場は何とか収まったが、それをきっかけに生徒会長様がやたらと桃香に声を掛けるようになった。
そして芋づる式に生徒会役員の面々とも接触が増えた。
面白くないのは周囲である。
その空気を敏感に感じ取った桃香もなるべく接触は避けていた。
それでも、レイカの厳しい視線は飛んでくるし、レイカの取り巻きのこれ見よがしな嫌みが飛んでくる事もあった。
戦々恐々とする桃香に遂にレイカからのお呼び出しが掛かったのである。
お金持ちは忙しいのか、翌日の放課後を指定してきた。
行かないという選択肢はない。
どうしよう、と頭を悩ませていた時にふいにレイカの好物の噂を耳にした。
すなわちシュークリーム。
桃香はすぐさま有名洋菓子店で働く兄に連絡を取り、シュークリームを取り寄せた。
日頃、匿ってくれる保健医にシュークリームという名の賄賂を送り、冷蔵庫を借りる事に成功した。
そして決戦の放課後。
相手が口を開くより先に先制攻撃という名のシュークリームを差し出した。
厳しかった表情が花開くように綻んだ。が、ハッと気づいたレイカが慌てて表情を取り繕う。
花より団子
そんな言葉が浮かんだが、口に出すような愚は犯さない。
「あの……実は……カレン様と、お友達になりたくて……」
友達、というフレーズにレイカの肩と取り巻きが大きく反応した。
ギャンギャン吠える取り巻きをレイカは追い出し、二人きりになった途端、ガシリ、と両手を握られた。
その目は獲物を前にした猟犬である。
桃香の蟀谷を一筋の汗が伝う。
「今日から貴女はわたくしのお友達なのね」
桃香が言葉もなく、こくこくと頷いた瞬間、ぱあっとレイカの背後で花が咲き乱れた気がした。
「わたくしの……はじめての……お 友 達 !!」
某有名学園の女王はチョロかった。
✴︎
そんなきっかけで交友をほぼ一方的に深められていった桃香だが、無類のシュークリーム好き、もはや、マニアと言っても良いレイカは、桃香にポツリと零したのだ。
「実はわたくし、前世はシュークリームでしたの」
レイカのセリフを「前世がシュークリームだったに『違いない』」と解釈した桃香はそのくらいシュークリームが好きなら、と、シュークリーム繋がりでほんの軽いネタの気持ちで勧めた超難易度ゲームはレイカの手によって、あっさりとクリアされてしまったのだ。
ちなみに隠しキャラは備長炭シューとイカスミシューの二つで、声優は2大エロボと名高い声優さんだったが、どちらも黒く、外見どころか、中身の見分けすら桃香にはつかなかった。
そんなレイカはオープニングに戻ったゲーム画面を見つめ、うっとりと呟いた。
「まさしく神ゲーですわ」
と。