第六話
思い切り泣いたら、すっきりとした。
現状を現実として受け入れる気にもなれた。
とにかく泣いていても仕方がない。
自分の力で、元の世界に戻る努力をしなければならない。
努力というものは嫌いではない。
長い闘病生活で、努力と忍耐は身に付いていた。
ゲームは得意だ。
特にRPG。
だが、ここはゲームの世界ではない。
何をどうしたらよいのか、タケルにはさっぱり分からなかった。
「きっと神様が間違えたんだ」
「何をだ」
意味が分からないといった表情で、鼻をすすりあげながら話すタケルをエヴァンスが覗き込んだ。
「こっちの世界へ送る人間をだよ。きっとタケル違いだ」
「神様は、そんなうつけではないだろう」
「絶対にそうだ!」
病弱で体力もなく、人生経験も知識も浅い自分が大賢者のはずがない。
断言するタケルの姿に、憐憫めいた表情でエヴァンスはため息をついた。
「父上の下に現れた大賢者が、そなたの住む世界の住人かどうかなんてわからないだろう」
「でも登場の仕方が同じなんだろう」
「ああ」
「だったら、帰り方だって同じはず……」
そこでタケルは、あることに気付いた。
「そうだ! その人の真似をすればいいんだ! そうすれば帰れる!」
光明を見出したような気がして、気分が華やいだ。
「それは無理だな」
「どうして」
「帰る姿を誰も目撃していない」
「えっ?」
「来た時同様、忽然と消えたそうだ」
「忽然と?」
「ああ。父上と母上の婚姻が決まった後、何も言わず姿を消したそうだ」
「……妙案だと思ったのに」
「こう考えてみたらどうだ」
落胆するタケルの前に、エヴァンスは身を乗り出した。
「大賢者は、父上と母上を結婚させるために現れた」
「うん」
「無事役目を果たした大賢者は、安心して元の世界に戻った」
「うん」
「つまりだ。タケルが私とジュリアスの婚姻を成立させれば戻れる。そうゆうことではないのか」
金色に輝く真剣な眼差しに、タケルは思わずため息を漏らした。
「すんごいポジティブな考え方」
「そのくらいでなければ王にはなれん」
エヴァンスの言葉に、タケルは瞠目した。
言動からして、単なるわがまま王子だと思っていた。
だが意外にも、次の王としての自覚は持っているようだった。
不意に泣きじゃくる自分を抱きしめてくれた腕を思いだした。
慈愛に満ちた腕は温かく、とても優しいものだった。
「案外、大人なんだな」
「案外とはなんだ。年が明ければ二十歳になる。当然だ」
胸を張る姿に思わず吹き出した。
「何がおかしい!?」
「いいなと思って」
わがままというより、自分の感情に素直なのだろう。
それでいて、自分の存在に確固たる自信を持っている。
嫌いじゃないと思った。
人を見る時のまっすぐな眼差しも、真剣な心持ちも。
自分にはない積極的な姿が、いっそ心地好かった。
「協力するよ」
だから、自然とそんな言葉が零れ落ちた。
「本当か!?」
「ああ。何が出来るのかわからないけど」
「大丈夫だ! なんと言っても、タケルは大賢者なのだからな!」
破顔し断言するエヴァンスの姿は、とても年上とは思えなかった。
幼いとも思える仕草は、自分に対する全幅の信頼の表れだろう。
その気持ちに、応えてやりたいと思った。
生まれてこの方、特定の誰かのために、何かを成し遂げようなどと思ったことは一度もなかった。
両親や周囲の大人達に、甘えてばかりの人生だった。
正直、不安はある。
だが目の前で無邪気に笑うエヴァンスの姿に、頑張れるだけ頑張ろうと強く思った。