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第十九話

 足首まで埋まりそうな毛足の長い真っ白な絨毯の上に、タケルはアヴェリュスと対面するようにして座った。


 改めてアヴェリュスを見る。


 夜空に煌く星の光のような白く美しい肌。


 蝋燭の炎に眩いばかりに輝く銀の髪。


 風が起こりそうなほど長い睫毛の下で、気質の強さを表すような金色の瞳が床に置かれた肖像画を見つめていた。




「これがシ、トリン王国のイリス姫」




 差し出された肖像画を、タケルは両手で受け取った。


 次の瞬間、胸が高鳴る驚きに目を見開いた。




「すごい美人じゃないか!」




 陰りのない白く澄んだ肌。


 水を弾く柑橘類を思い起こさせる、くっきりと濃いオレンジ色の瞳。


 目鼻立ちの整った華やいだ相貌を更に引き立てるように、金色の髪が鮮やかなタッチで画面に描かれていた。


 瞳の色と同じ明るいオレンジ色のドレスが、少女を明朗で快活な華のある性格に思わせる。




「こんな美人とのお見合い、なんで嫌がるんだ」




 身分も容姿も申し分のない姫君との見合いを拒む理由が、タケルには分からなかった。




「もしかして性格が悪いとか?」




 思い悩むタケルの前に、別の肖像画が示された。


 手に取ったタケルは、思わず眉間に皺を寄せた。


 全体的に暗い世界に、一人の少女が描かれていた。


 アヴェリュスより少し年下だろうか。


 緩く三つ編みにされた髪は、痛んだような褐色で艶がない。


 青紫色の瞳は小さく、落ち窪んだような印象さえ受ける。


 顔は月のように丸く平坦で、両頬にそばかすが星のように散らばっていた。


 エヴァンスの二人分あるのではないかと思われる体型を、喪服のような黒一色のドレスが包んでいた。


 額縁すら華やかだったイリス姫と違い、全体的に暗く重い雰囲気だ。




「タンザナイト王国のフレイア姫。今度の見合い相手だ」




「こっち!?」




 タケル自身、人の容姿をとやかく言えるような優れたものではない。


 けれどもこちらの世界に来てからは、リリアーヌ、ジュリアスと、すこぶる美人と時を過ごしてきた。


 宮中に仕える女性達も、老いも若きも皆美しかった。


 先に見せられた肖像画の姫君も、言葉にならないほど美しい。


 こちらの世界には、美人しかいないのかと思っていた。

 

 だからフレイアの存在は、タケルにとって中々の衝撃だった。




「タンザナイト国は国土の3分の2を砂漠に覆われ、鉱石の採掘量も非常に少ない。これといった産業もなく、非常に貧しい国だ。縁戚関係を結んだところで、国にとって有益となることはない。進まぬ縁談に悩んだ国王は、結婚相手を見つけるため娘を王家を巡る旅に出した。我が国に来るまでにサファイア、ガーネットと2つの国を訪問している。けれども、収穫はなかったようだ」




 ため息混じりのアヴェリュスの説明に、タケルは手にした肖像画を見た。


 口元に浮かぶ小さな笑み。


 イリスの幸福と自信に満ちた明るい笑みとは対照的な、不安と寂寥を感じさせる悲しい笑みだ。




「かわいそうに……」




「そうだろう。このような見栄えの姫君と見合いだなんて、私はなんて不幸なんだ」




 タケルの呟きに、アヴェリュスは得心したような顔で二度三度と大きく頷いた。


 そんなアヴェリュスに、タケルは白々とした視線を向けた。




「アヴェリュスがじゃなくて、フレイア姫がだよ」




 タケルの言葉に、驚いたような表情をアヴェリュスは浮かべた。


 金色の瞳が、線香花火のようにパチパチと瞬く。




「考えてもみなよ。年頃の女の子が結婚相手を探して、いろんな国を渡り歩いてるんだよ。話の感じからして、どの国も好意的ではないみたいだし。姫だってわかってるはずだよ。わかっていながら訪問しなければならない姫の気持ちを思うと、涙が出そうだよ」

 



 タケルの言葉に、アヴェリュスは肖像画に視線を落とした。


 勝気で傲慢な輝きを見せていた金色の瞳が、真摯で寛容な眼差しへと変化してゆく。




「お見合いするだけで、結婚は断れるんだろう」




「ああ」




「だったら逃げたりせずに、優しくしてやったらどう」




「……そうだな」




 思いを巡らせた声音が、タケルの言葉を肯定する。


 騒がしくて子供で、タケルの知っているアヴェリュスとは別人ではないかとさえ思った。


 けれども肖像画を見つめる金色の眼差しが、未来のアヴェリュスの眼差しと不意に重なった。


 きっとアヴェリュスは、誠意を持ってフレイアをもてなすだろう。


 そんな確信を抱くほど、見つめる金色の眼差しは誠意に溢れた真剣なものだった。





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