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第十八話

 洗面所の鏡の前でポーズをとる。


 正面から斜めから、提げられたペンダントを見る。


 そして、ため息。




「恐ろしく似合っていない」




 よく言えば柔らかな、悪く言えば貧相とも取れる顔立ちには、煌びやかなペンダントはどこからどう見ても似合うものではなかった。


 痩せ衰えた野良猫の子供が、宝石で彩られた大人用の首輪をつけているくらい似合わない。




「とりあえず、しまっておこう」

 



 鏡に映る自分の姿が恥ずかしくて、服の中へとペンダントを入れる。


 白金が肌に触れ、ひやりとした。




「部屋に戻るか」




 廊下へと続くドアに手をかける。


 途端、背後からの強風に身体が前のめりになる。


 この感覚は経験したことがある。


 ダイヤモンド王国に来た時と同じだ。


 これで元の世界に戻れる。


 喜びを実感する間もなく、激しい勢いで床に倒れこんだ。





「いたたたた……」




 掌や膝頭を硬い床石に強打し、呻き声が漏れた。


 顎をぶつけなかっただけ、前回よりは良いかもしれない。


 婚姻の願いを叶えたことで、元の世界に戻れたのだ。


 痛みに歪みそうになる顔を、喜びが笑顔へと変えてゆく。


 弾む心のまま、顔を上げる。

 

 5m程先に、アメジスト色の空に天の川を走らせる夜空があった。


 建物の姿はない。


 ただ吹き付ける風と星々の煌きから、自分がかなりの高い階層にいることを直感した。


 そして、宝石のように光り輝く月が二つ。




「元の世界じゃ……ない?」




 呆然とした面持ちで呟くタケルの目に、窓枠を跨ぎ今まさに飛び下りんとする人の姿が飛び込んできた。




「なにしてんの!」




 頭が判断するより、身体が動く方が先だった。


 大きな叫び声と共に駆け寄り、細い腰を抱きかかえる。




「わっ!」




 驚きの声を上げる長衣に包まれた長身の身体を、室内へと引き戻す。




「死ぬ気か!?」




「殺す気か!?」




「へっ?」




 怒声と共に腕の中の人物が、怒りの形相で振り返った。


 月夜に芳しい匂いをまとった、銀色の長い髪がふわりと弧を描く。




「だって、飛び下りようとしていたんじゃ……」




「誰が飛び下りるものか! 逃げようとしていただけだ!」




 月明かりの中、怒りに震える金色の瞳にタケルは目を丸くした。




「エヴァンス……おまえ、また何かやらかしたのか」




「私はエヴァンスなどという名前ではない!」




 きつい眼差しで言い放つと、銀色の髪の青年は大きく胸を張った。




「私はダイヤモンド王国の王子、アヴェリュス・フォールズ・ナディ・ダイヤモンドだ!」




「アヴェリュスって……第十三代目国王の!?」




 部屋中に響き渡る大きな声で、タケルは驚きに目を瞬いた。


 更なる怒りの相貌で、アヴェリュスが金の瞳をカッと見開く。




「馬鹿を申すでない! 御高齢とはいえ、父王は御存命だ!」




 打ち首にでもしようかという勢いで、アヴェリュスが叫んだ。


 だが今のタケルには、アヴェリュスの激昂など意識に入らなかった。


 現状を把握するために、頭をフル稼働させる。

 

 目の前にいるのは、アヴェリュス・フォールズ・ナディ・ダイヤモンド。


 名前からしてエヴァンスの父親であることは間違いない。


 けれども若い。


 エヴァンスと同じ、あるいは一つ二つ下といったところだろう。




「過去に……飛ばされた?」




 目の前のエヴァンスにそっくりな青年が本当にタケルの知るアヴェリュスであるのなら、それ以外に考えようがない。




「何をぶつぶつ言っておる!」




 燃え盛る炎のような金色の瞳が、ズイと近づいてくる。




「それより貴様、何者だ!?」




「暁……タケル?」




「名前などどうでもいい! 素性を聞いているんだ!」




「素性と言われても……」




 十五歳。


 中学生。


 それ以外、語るべきものは何もない。


 言ったところでこの世界の住人に、通じるとも思えない。

 

 考え込むタケルを苛立たしげに睨んでいたアヴェリュスの表情が、急に変わった。


 驚愕したような面持ちで、タケルの胸元に手を伸ばす。



「これは、賢者の証ではないか!」




 奪い取りそうな勢いで手にしたペンダントを見て、アヴェリュスは驚きの声を上げた。


 再び相貌が険しくなり、射抜くような金の眼差しがタケルに向けられる。




「さては貴様、盗人だな!」




「違うよ!」




「だったらどうして国王しか持つことの許されない、賢者の証を持っている!」




「それは……」




 おまえから貰ったんだよとは、とても言えない。


 そんなことを言ったら、益々ややこしいことになる。


 助けになるどころか負担になりつつある賢者の証の存在に、タケルは原因を作った張本人である目の前のアヴェリュスを恨みがましい思いで見つめた。


 突然、何かに気付いたとでもいうように、アヴェリュスが手にしたペンダントにグッと金色の瞳を近づけた。




「これは……我が国の物ではない」




「そんなはずは!」




 アヴェリュスの呟きに驚き、賢者の証を覗き込む。


 白金で作られた双頭の鷲のデザインは同じだ。


 鷲を彩る六色の宝石の配置も寸分狂いがない。


 けれども、大きく違う箇所が一つあった。


 翼を広げた鷲の胸に、見たことのない七色に輝く大きな石が嵌め込まれていた。




「一体……」




 アヴェリュスから受け取った時とは違う装飾になった賢者の証に、タケルの頭は混乱した。




「瞳にダイヤを使っているということは、やはり我が国の物……しかし胸を飾っている石は、見たことがない……アカツキ……タケル?」




 思案する金色の眼差しが初めて認識したというように、戸惑うタケルをまっすぐに見た。




「かの有名な大賢者と同じ名前ではないか! もしやそなた、大賢者の末裔か!?」




 盗人から大賢者の末裔へ。


 驚きの大昇進に、タケルはすぐには反応出来なかった。


 呆然とした思いに動くことも言葉も発することも出来ないタケルの両手を、アヴェリュスは勢いよく握りしめた。




「なんとかしろ!」




 押し倒さんばかりの勢いで、アヴェリュスが迫ってくる。




「なんとかしろって……」




「私は見合いなどしたくはないのだ! なんとかしろ!」




 数日前に経験した出来事の再来のように感じられて、タケルは軽い眩暈と共に昏倒したくなった。





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