第十七話
幸せな二人を見ているのは、タケルにとってもとても幸福なことだった。
いつまでも見つめていたい。
れども、それは失礼な気がした。
二人に気付かれないようゆっくりと後退り、そっと部屋を出た。
「上出来だ、タケル」
「わっ!」
扉が閉まるのと同時の背後からの声に、タケルは驚きの声と共に身体を弾ませた。
「王様!」
振り返ったタケルに、アヴェリュスが真夏の光り輝く太陽のような笑みを向けた。
その笑顔は、エヴァンスに負けないくらい幸せそうだった。
「よくぞ二人を結びつけてくれた」
「……王様のくせに、盗み聞きしていたんですね」
「息子を愛する父としては当然だ!」
呆れるタケルにアヴェリュスは胸を張って答えた。
尊大ともとれる所作。
しかし、そこには嫌味も嫌悪も感じない。
むしろ息子を思う父の心が垣間見えて、微笑ましく思えた。
思わず顔が綻ぶ。
「私からも礼を言うぞ、タケル」
「そんな! 俺はただ、ジュリアスの回りをチョロチョロしていただけで、何もしていませんから!」
巧みな話術で、ジュリアスの心を動かしたわけではない。
鮮やかな行動で、二人を婚姻に導いたわけでもない。
言葉に描いて改めて思う。
自分は無力だったと。
「けれども、頑なだったジュリアスの心を開くきっかけにはなった」
「そうでしょうか」
「そうだ」
自信のないタケルを前面に押し出すように、アヴェリュスは淀みのない声音で大きく頷いた。
「だったらいいんですけど」
今まで重荷になることはあっても、誰かの役に立つことなど一度もなかった。
だからエヴァンスやアヴェリュスの感謝の言葉は、素直に嬉しかった。
同時に照れくささも感じた。
頬が直射日光を浴びたように、カッカと熱い。
「感謝の意をこめて、これをそなたに贈ろう」
そう言うとアヴェリュスはタケルの首に、笑顔と共にペンダントをかけた。
王自らの手によって提げられたペンダントを、タケルは手に取った。
材質は白金だろうか。
直径3㎝程の円の中に、双頭の鷲が精密に彫られていた。
横を向いた鷲の瞳にはダイヤモンドが嵌め込まれ、左の鷲はサファイア、右の鷲はエメラエルドを銜えていた。
力強く彫られた左足にはシトリンを、右足にはタンザナイトをつかみ、大きく広げた両翼にはガーネットがちりばめられていた。
「賢者の証だ」
名前しか知らない鉱石に見入るタケルの手元を、アヴェリュスが覗き込む。
「六種の石が使われているのがわかるな」
「はい」
「石の名は、採掘出来る国の名から付けられている。ガーネット、サファイア、エメラルド、タンザナイト、シトリン、そして我が国ダイヤモンド」
この世界には六つの国があることを、タケルはアヴェリュスの説明で知っていた。
「今でこそ条約が結ばれ平和の世が続いているが、三百年程前は隣国との衝突が耐えない荒んだ世界だった。そんな愚かな我々を、平和の世へと導いた大賢者がいた。その導きを忘れまいと、大賢者の胸に飾られていたペンダントを模して作った物が、これだ」
「そんな由緒正しき品、頂けません!」
高価な品だということは、宝石のことなど全く知らないタケルにも分かった。
それだけでも恐縮してしまうというのに、国の宝ともいうべき品だと知った今、絶対に受け取るわけにはいかない。
慌てて外そうとしたタケルの動きを、アヴェリュスの腕が制した。
「同じ物が、それぞれの国に存在している。瞳に埋め込まれた石で、どこの国の所有のものかが分かるようになっている。このペンダントを身につけていれば、ダイヤモンド国王と繋がりがある者だということは一目で分かる。そなたの身を守る盾になるだろう」
「ですが――」
「そなたに持っていてほしいのだ」
命を救ったとか、国を救ったとかいうのなら話は分かる。
けれども、自分は恋の橋渡しをしただけだ。
しかも、完全ではない。
ワタワタしているうちに話が進み、オロオロしているうちに二人はくっついたというのが正直なところだ。
とてもではないが受け取れない。
「無理です、王様。俺には荷が重過ぎます!」
「タケル!」
抗おうと捩った両肩をつかまれ、腹の奥まで響く深みのある声で強く名を呼ばれた。
その声だけで、縫いとめられたように動けなくなる。
「そなたが持つべき物なのだ」
タケルには、アヴェリュスの言葉の意味が分からなかった。
どう考えても、自分が身につけるには分不相応な品だ。
考えなくても分かる。
どう転んだって受け取れない。
否定の思いをこめて、間近にある金色の瞳を見る。
切望するような光を放ち揺れる金の眼差しが、手術を願う父の眼差しと重なった。
途端、胸が苦しくなる。
望みを断ち切るということは、残酷で悲しいものだ。
そのことを、タケルは痛いくらい知っていた。
「わかりました」
ためらいつつも受け取ることを了承する。
タケルの言葉に、アヴェリュスの端整な顔に安堵の色が浮かんだ。
嬉しそうな笑みが、タケルの眼前に広がる。
未だ戸惑うタケルを宥めるように、大きな掌が優しく頭を撫でた。
「必ずそなたの助けになる」
妙に確信めいた言葉に、タケルの胸は疑問で一杯になった。