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第十二話

 一日あれば薬は作れるという言葉に、タケルは改めてジュリアスの薬師としての能力の高さを知った。


 翌日、同じ時刻に訪れたタケルの前に、南国の海の水を閉じ込めたような淡いブルーの液体が揺れる小瓶が置かれた。


 今まで見たことがない固く険しいジュリアスの表情に、この薬を作ったことが本意でないことが容易く見て取れた。




「お約束の薬です」




 小瓶を手に取り日の光にかざす。


 空の青と溶け込みそうな綺麗な色に、タケルは目を細めた。




「これが、自白剤」




 物騒な効能とは裏腹の青く澄んだ色に、タケルは感嘆の声を漏らした。




「あまりお薦め出来るものではありません」




 眼差しだけでなく声も刺々しい。


 使用に対し否定的なジュリアスに、タケルは苦笑した。




「効能は?」




「服用後すぐに効果は現れます。持続時間は三十分程です」




「副作用は?」




「特にありません。ただ、半日ほど昏睡状態になるかと」




「それを聞いて、安心しました」




 言葉を肯定するように、タケルは大きく微笑んだ。


 それでも、ジュリアスの憂いた様子は一向に晴れない。




「優しいね、ジュリアスは」




 王の命令でなければ、自白剤など決して作りはしなかっただろう。




「優しくなどありません」




「優しいよ。その優しさに、エヴァンスは惹かれたんだと思う」




 突然のエヴァンスの名に、ジュリアスは大きく目を見開いた。




「エヴァンスのこと、好き?」




 驚きに開かれた瞳が伏せられる。




「先日、お話したとおりです」




「家臣として好き」




「はい。それ以上の気持ちは抱いておりません」




 漆黒の瞳に映るように、青く揺れる小瓶を滑らせる。




「だったら、これ飲んで」




 弾かれたようにジュリアスは顔を上げた。


 困惑と驚愕の入り混じった漆黒の瞳が、まっすぐにタケルを見る。




「嘘吐いていないなら、飲めるよね」




 重ねた言葉にジュリアスは視線を落とした。


 悔しそうに唇が噛み締められる。




「……卑怯です」




「卑怯だよ、俺は」




 嫌なことがあると、すぐに心臓が悪いことに逃げた。


 欲しい物がある時も、心臓が悪くて自由に出来ないのだからと駄々をこね両親を困らせた。


 我が侭で卑屈な子供だったと思う。


 それすら病気のせいにした。




「でも、あなたも卑怯なのではないですか。ジュリアス」




「仰っている意味がわかりません」




「エヴァンスは正直だ」




 ジュリアスと結婚するための、なりふりかまわずの行動。


 背も高くて美男子で格好いいのに。


 結婚したい人、第一位に選ばれたのに。


 滑稽とも思える嘘を吐いてまで、エヴァンスはジュリアスとの結婚を現実のものにしようとした。


 その思いは、清々しいほどまっすぐだ。




「身分が違うなどという最もらしい言い訳をするのではなく、本心を告げるべきではないのですか」

 



 逡巡する思いを表すかのように、青い小瓶を映す漆黒の瞳が水面のように小刻みに揺れていた。


 ジュリアスは何も答えない。


 答えないことが答えのような気がした。




「もう一度聞くよ、ジュリアス。エヴァンスのこと、好き?」




 しつこいほどの問いかけを、ジュリアスは激昂することなくただ沈黙で受け止めた。


 静寂に柱時計の存在に始めて気付く。


 答えを促すようなことはしない。


 次にジュリアスの口から零れ落ちる言葉は、きっと本心だと思った。


 ゆっくりと考えて、自分の言葉で偽りのない思いを語ってほしい。


 そのために、自分はここにいるのだから。




「私は……」




 深い沈黙を破る乾いたジュリアスの声音を、蹴破りそうな勢いで開いたドアの音が掻き消した。


 驚き振り返った二人の前に、肩で荒い息をする近衛兵の姿があった。




「タケル様、大変です! エヴァンス様が、境界の杜に住む魔女の所へ向かいました!」




「境界の杜?」




「ライラの所へ!?」




 タケルの疑問を打ち消すほどの声と共に、ジュリアスは立ち上がった。


 弾みで倒れた椅子が床に打ち付けられ、硬い音を響かせた。




「ライラって?」




「ダイヤモンド王国と北限の魔女の杜の境界に住む魔女の名です。願いの叶う実を与える代わりに、無理な対価を求めます。彼女のせいで大切な物を失い、不幸に陥った人が数多くいます」




「まさかエヴァンスも、願いの叶う実を求めて……」




 エヴァンスならありうる。


 ジュリアスとの婚姻を望むあまり嘘の手紙を書いて、芝居まで打ったくらいだ。




「止めなくては!」




 会話もそこそこに飛び出すジュリアスの後を、タケルも慌てて追いかけた。





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