解決編
事件発生から一時間。先ほど千葉が埋められていた辺りに関係者全員が集合していた。炎天下の砂浜で水着姿の学生たちが思い思いの場所に立ち、その前でスーツを着込んだこの場に似つかわしくない男が全員を見回している。後ろには大内と水島も控えていた。
「あの、自殺じゃなかったんですか?」
千葉が不安そうに尋ねる。式部が皮肉そうに言う。
「大方、推理小説でおなじみの名探偵の推理ショーでも始めるつもりなんやろ」
「で、でも。自殺の事件の何を推理するんですか?」
「私、いい加減に休みたいんですけど」
「瑞穂、本当に大丈夫なの?」
重村、美耶子、由衣も同調する。が、榊原は推理を始めた。
「申し訳ありませんが、今回の舟木丈太郎教授の死は自殺ではありません。殺人です」
「な、なぜそう断言できるんですか?」
重村が尋ねる。
「被害者がいたと思われる磯で、被害者の血痕とズボンの切れ端が見つかりました。被害者の死に第三者が関与していたのは明白です」
「そんな……」
「となると、容疑者候補となるのはここにいる被害者の関係者たちということになります」
その瞬間、五人の学生たちは互いを疑わしそうな表情で見つめた。
「ねぇ、瑞穂ちゃん。榊原さん、どんな推理をしたの?」
「私にもよくわからなくって」
後ろで瑞穂と亜由美がぼそぼそ話す。と、榊原は突然亜由美に尋ねた。
「亜由美ちゃん、私がいない間、不審な行動をする人間はいなかったね?」
「は、はい。ずっと見ていましたけど特には」
「結構。これで推理の前提が整いました」
訝しげな表情をする亜由美だったが、そこに式部が突っ込む。
「ちょっと待ってぇな。殺人云々の前に、俺ら全員にはアリバイがあるんやで。死亡推定時刻の十一時半から十二時半にかけて、一人でおった人間はおらんかった。どうやって磯におる教授を殺せるんや? 推理の前に、そのアリバイ崩しをやってほしいもんやな」
「アリバイ崩しですか。それをやろうとするから話がややこしくなるんです」
「は?」
榊原はこう言った。
「要するに、これは遠隔殺人だったということなんです。つまり、死亡推定時刻に犯人が現場にいる必要はなかった。犯人は自動殺人装置を使って、被害者を殺害したんです」
「自動殺人装置?」
美耶子が首をかしげる。
「何や、その自動殺人装置ってのは? そんなもの現場にあったんかいな」
「ありましたよ。沖まで流されていたようですけどね」
その言葉に大内が反応した。
「ボートですか」
「ご名答です。遠隔で動かせるのはあのボートだけですからね」
と、瑞穂が口を挟んだ。
「でも、さっきの推理は否定されたじゃないですか」
「さっきの推理はね。でも、ボートを使ったという事実そのものは否定されていない。犯人は遠隔スイッチでボートを動かし、ある仕掛けで教授を死に至らしめた。そう考えるのが筋でしょう」
その場がざわめく。千葉が尋ねた。
「でも、どうやってボートで人を溺死させるんですか?」
「そうや、話聞いてる限りやとそれほど大きなボートやないみたいやし、重石と教授乗せたらバランス崩して転覆してしまうで」
「なら乗せなければいいんです」
思わぬ発言に全員が黙り込んだ。
「何言ってんねん。乗せへんかったら、どないしてポイントまで重石つきの教授を持ってくるんや?」
「本当に重石はついていたのでしょうか?」
またしても意味不明な発言をする。
「だから、重石が海底で見つかったって刑事さんたちが……」
「確かに見つかりました。でも、その重石と教授の足のロープが実際につながっている場面を見たわけではありません」
千葉の発言に榊原が答える。
「何を言いたいんですか?」
「要するに、あの海底の重石は事件前に沈められていたものではないかということですよ」
その瞬間、その場が凍りついた。
「な、何を言っているんですか。それじゃあ、教授は沈みませんよ」
「溺死させるなら沈める必要はありません。そもそも、気絶した人間なら海に放り込んだだけで溺れるでしょう。まして、現場は潮の流れが速くてダイバーですら危険な場所です。海にさえ落とせばほぼ百パーセント死亡します」
「じゃあ、あの重石は?」
「トリックの際には被害者と重石をワンセットにして考えなければならないという誤った先入観を与えるためのミスリード。言ってみれば推理の重石です」
瑞穂はそこでひらめいた。
「つまり、あれはポイントがあそこだと判断させるための罠で、実際はあそこで落ちたのではなかったということですか」
「なら、磯で気絶した被害者をそのまま海に押し付けて溺死させ、そのまま海に放り込んだ」
大内の推理に、榊原は首を振った。
「残念ながら磯近くは潮の範囲外で、投げ捨てても浜辺には流れ着きません。それに、その方法だと遠隔殺人にはならないんです。重石が沈められたポイント近くだったかはともかく、被害者が潮の流れがある磯の沖合で溺死したのは事実でしょう」
「やから、その遠隔殺人ってのは何やねん!」
式部がイライラしながら聞く。
「事件のポイントは磯で発見された血痕とズボンの切れ端です」
「え、あれって被害者を気絶させたときについたものなんじゃないんですか?」
瑞穂が尋ねる。
「気絶させるだけならちょっと首を絞めるだけでも可能だ。わざわざ殴るのはリスクが高すぎる」
「じゃあ、あれは……」
「問題のトリックでついたものだと考えられる。ここで考えてもらいたいのですが、ボートを使用し、なおかつ被害者が後頭部を強打し、ズボンが擦り切れるような事態。さらに、被害者の足には重石がついていないただのロープが結びついていた。この状況下で考えられる遠隔殺人方法は何でしょうか?」
しばらく沈黙が支配したが、これに答えたのは亜由美だった。
「もしかして、曳航ですか?」
「曳航?」
全員が不思議そうな表情をするが、榊原は頷いた。
「その通り。犯人は被害者を曳航した。これが遠隔殺人トリックの正体だと考えます」
「詳しく話してください」
重村が言った。榊原はそれに答える。
「犯人は死亡推定時刻より前に被害者を気絶させて磯の波打ち際に座らせた後、足にロープをくくりつけて、反対側、本来重石がつながっているはずの方をボート後方の金具に結んだ。ただし、こちらは少ししたらほどけるような形で。このロープは、それ以前に沈めた重石に結び付けておいたロープの片割れで、両者がつながっていたように見せる役割があった。だから切り口が一致したんです。そして犯人は何食わぬ顔で海水浴場に戻った。あの磯は人通りが少ないし、万が一見つかっても磯に座って何かしているとしか思われなかったんでしょう。また、潮の流れの範囲外ですからボートが流される心配はない。そして、死亡推定時刻になり、自身のアリバイが成立しているタイミングを見計らってボートの遠隔スイッチを押す。ボートはエンジンがかかり沖に向かって発進する。そして、ロープでボートと結び付けられていた気絶中の被害者は、ボートに引っ張られる形で海に引きずりこまれ、ボート側のロープがほどけるまで海中を引きずられることとなった」
その光景を想像して、全員が息を呑んだ。
「じゃあ、あの血痕と布の切れ端は……」
「血痕は海中に引きずり込まれたときに後頭部を磯の岩にぶつけたときのもの。布の切れ端はズボンの尻の部分で、引きずりこまれた際に岩によって引きちぎられたもの。そう考えれば全てに納得がいくんです」
榊原は続けた。
「犯人がロープに重石がついているように見せた理由はここにあります。切り口が一致するロープで結ばれた重石が見つかれば、ロープの先にはその重石がついていたと考えるのが自然です。まさかボートにつないであったとは誰も考えない。このトリックを看破する最大の傷害になるのです」
「なるほど。ということは、被害者が発見されたのも必然?」
「当然そうなります。最初から沈める気はなかったのですから」
大内の問いに、榊原は答える。
「いずれにせよ、このトリックを成し遂げるには死亡推定時刻以前の段階で磯を訪れる必要がある。死亡推定時刻のアリバイは全員確定済みですが、それ以前のアリバイはどうでしょうか」
「た、確か……」
由衣が他の四人の友人を見た。
「そう、千葉さん、重村さん、式部さん、美耶子さん。あなた方四人には十時から十一時までのアリバイがありません。この遠隔殺人トリックを仕掛ける時間的余裕は充分あります」
四人の顔が青ざめた。
「ま、待ってください。その推理には一つ問題があります!」
重村が必死に言った。
「その遠隔操作用のスイッチはどこにいったんですか? ご覧の通り、僕たちは水着です。スイッチをどこに隠したというんですか?」
「そ、そうや。まさか、水着の中に隠したとでも言うつもりか?」
式部が尋ねる。が、榊原は静かにこう告げた。
「そう、それがこの事件の犯人を特定する最大にして最高の証拠になるんですよ」
「え?」
全員が戸惑う。が、明らかに顔色の悪い人間がいた。榊原は自分の推理が正しい事を確信した。
「この中で唯一、スイッチを隠すチャンスがあり、誰にも見られずにスイッチを押す事ができた人間……そう、犯人はあなた以外ありえないんですよ」
ゆっくりそう言った後、榊原はその人物を睨みながら鋭く叫んだ。
「千葉精一!」
真犯人……千葉精一はビクリと肩を震わせ、驚愕の表情で榊原を見た。
「あなたが、舟木丈太郎を計画的に殺害した真犯人です!」
その場に緊張が走った。
犯人として告発された千葉精一と名探偵・榊原恵一。二人の間に凄まじい張り詰めた空気が流れた。
「どういうことですか。スイッチを押せるのが俺以外いないって?」
「言葉通りの意味ですよ」
「どこにスイッチがあるって言うんですか? 俺も水着なんですよ。それに、事件が起きてからずっとここから動いていないし不審な動きもしていない。隠し様がないじゃないですか。そもそも、死亡推定時刻のアリバイを証明したのはあなたですよね。いくら遠隔殺人とはいえ死亡推定時刻にスイッチを押すのは避けられない。あなた、俺がスイッチを押すのを見たというつもりですか?」
千葉の主張に、瑞穂もおずおずと言い添える。
「先生、私ずっと千葉さんと遊んでいましたけど、そんな行為したようには見えませんでしたよ」
「ほら見ろよ、俺は何もしていない。他ならぬあなたが証人だ!」
「ええ、確かにそんな行為は見ていませんよ。何しろ、あなたは砂に埋まっていましたからね」
その瞬間、全員がアッというような表情をした。
「そう、あなただけなんですよ。死亡推定時刻に全身が隠れるような行為をしていた人物というのは。他でもない、砂に埋まるという行為でね。したがって、砂の中であなたが何をしていたのか、誰にもわからないんです。ここまで言えばおわかりですよね。スイッチはその砂の中にあるんじゃないんですか?」
千葉の表情が見る見る青くなった。
「スイッチはビニールでパック詰めでもして前日の夜にでもあらかじめ埋めておいたんでしょう。そして何らかの目印を残しておいた。聞けば、急に砂浜に寝転んで埋めるように要求したのはあなた自身だそうじゃないですか」
「そ、そう言えば」
瑞穂と由衣は顔を見合わせる。
「あれはスイッチが埋めてある場所にわざと寝転んで埋めてもらったんでしょう。その最中に、埋められた手で砂に埋もれたスイッチを探し出し、タイミングを見計らってスイッチを押した!」
「ち、ちが……」
「砂ですから中で手を動かすこと自体はできるはずです。アンテナだけでも密かに砂から突き出せば電波も届きます。そして、今あなたはスイッチを持っていない。亜由美ちゃんの話から捨てる機会は一切なかったはず。つまり、スイッチはまだその砂の中にあるということです」
千葉はほとんど反論できないまま追い詰められていた。
「無理を承知で、ここでこの話をしたのはこれが理由でしてね。下手に証拠隠滅されたらかないませんから。さて、掘り返してみますか。海水浴ですから手袋なんかできませんよね。つまり、スイッチもしくはそれを覆うビニールに、あなたの指紋がしっかりついているはずです」
千葉は言い訳しようとしてブツブツ何事か言っている。
「あなたが犯人だとわかれば、証拠はいくらでも出てきます。例えば、あなたは今裸足ですが、問題の磯は履物がなければまず歩くことはできない。しかし、民宿にある履物を持っていくわけにもいかない。となれば、第三の履物があるはずです。おそらくはビーチサンダルでしょうね。流れ着く可能性があるから海に捨てるわけにもいかないし、どこかに隠してあるんでしょう。警察が本気で探せば出てきますよ。今裸足である以上、あなたの足の指紋がしっかりと残っているはずです」
「そ、それが何か……」
「磯である以上海藻類などがこびりついているはず。そこに足を踏み入れればそれらが付着します。鑑識で鑑定すれば、あなたがあの磯に足を踏み入れた立派な証拠になります」
「グッ……」
もう反論できるほど思考が回っていないようで、視線が定まっていない。なおも榊原は畳み掛ける。
「そもそも、スイッチを砂に埋めるのは海水の侵食具合なども考慮して時間が短いほうがいい。となれば、前日の夜。重石もこのとき沈めたんでしょう。この辺は観光地ですからその分地元の警戒も強い。昨晩の目撃証言やアリバイを調べますか? 駅を調べればあなたの指紋がついた昨日付けの切符も出てくるでしょうね」
もう何も聞こえていないようだった。榊原は止めを差しにかかった。
「さぁ、このまま証拠がそろうのを待ちますか!」
それが千葉の緊張が切れた瞬間だった。その瞬間、千葉は一歩二歩とふらりと前に出た後その場にへたり込んだ。
「あ、あ、あ……」
次の瞬間、千葉はものすごい大声を上げてその場を掘り返し始めた。
「ウオォォォォ! チクショオォォォ!」
周りの同級生たちはあまりの変容に呆然として何もできない。そうこうしているうちに、千葉は何かを掘り返すとそのまま海に放り投げようとする。
「やめろ!」
慌てて刑事二人が取り押さえ、暴れ狂う千葉の手からその物体がこぼれ落ちる。榊原が手袋をしながらゆっくりそれを拾った。それは、明らかにビニール袋に入れられた何かのスイッチだった。
「これは自白と見ていいですね」
榊原は厳しい表情で静かに語りかける。その瞬間、千葉は糸が切れたかのようにガクリとうなだれた。相変わらずきつい日差しが、千葉の惨めな姿を照らし出していた。
その夜、神奈川県鎌倉市の亜由美の実家の座敷にて。
「で、結局動機はなんだったんですか?」
瑞穂が聞いた。浴衣姿に着替えて縁側から夜空を見ながら涼んでいる。
結局、あの後旅行は中止となり、桜森海洋大学のメンバーは事情聴取を受けたあと東京に帰ることになった。で、思案した末榊原たちは近くにある亜由美の実家にお世話になることになったのだった。とはいえ、亜由美と実家の確執は未だに収まっていないらしく、さっきから亜由美は両親とまた押し問答しているようだ。
「ん、ああ」
座敷で麦茶を飲みながら榊原は言いにくそうに答えた。相変わらずのスーツ姿で風流もくそもないが、瑞穂はもはや諦めきっていた。今は近場の本屋で買った本を読んでいるところらしい。
「大内さんの話だと、被害者の舟木教授が自分の彼女に手を出したのが許せなかったと自供しているらしい」
瑞穂は思わず気が抜けそうになった。
「そ、その程度の動機だったんですか」
こう言っては何だが、あれだけのトリックを使ったのだからもっと根本的な動機かと思っていたのだ。
「で、その肝心の彼女は何て言っているんですか?」
「何ても何も稲沢美耶子だよ」
「はい?」
思わず聞き返した。
「え、でもそんな風には見えませんでしたが」
「本人は全く身に覚えがないそうだ。というか、千葉と付き合っていたという認識すらなかった」
「え?」
「要するに千葉の片思いだったらしい。自分の思いを伝えられないまま、ついにはストーカーまがいのことまでしていたようだ。ただ、美耶子はそのストーカーが誰かわからず、舟木教授に相談していた」
「えーと、もしかして……」
「ああ、それを舟木教授が手を出したと千葉が勝手に勘違いして、筋違いの殺意を抱いたということだ」
今度こそ瑞穂は脱力した。
「な、何ですかそのくだらない動機は。舟木教授が気の毒すぎます。大体、あれだけの犯罪を実行できるだけの度胸があるなら、その度胸で素直に告白すればよかったのに」
「まぁ、できないからこそストーカーをやったんだろうし、それに何だかんだ言って推理の最後に言ったように突っ込みどころ満載だった。肝心なところで抜けているんだな」
と、亜由美が帰ってきた。こちらも浴衣姿だ。
「終わったかね」
「東京から帰って来いってうるさいんです。私はあっちで就職する気なんですけどね」
「帰らせてどうするつもりなんですかね」
「花嫁修業しろって。見合いをさせるつもりみたい。考え方が古いのよ」
瑞穂の問いに亜由美はうんざりしたように言った。
「受けるんですか」
「まさか。三兄妹の末っ子だからって今まで放っておいて今さら何よ。東京から帰る気はないわ」
電話の押し問答はその件だったのかと榊原は納得していた。
「あ、始まりますよ!」
と、ドーンという音がして、花火が打ちあがった。
「たーまやー!」
瑞穂が叫ぶ。
「かーぎやー!」
亜由美もつられて叫ぶ。
そして、榊原は一言。
「一応言っておくが、玉屋は花火の事故で江戸を大火事にしてつぶれたといういわくつきの屋号だ。叫ぶのは縁起が良くないと思うがね」
瑞穂と亜由美は顔を合わせてため息をつくと、花火に負けないくらいの声で叫んだ。
「先生!」
「少しは風物ってものを味わってください!」
榊原は少し驚いたように見ていたが、
「私は事実を言っただけなのだが……」
と言って、そのまま本に視線を戻してしまった。