捜査編
現場一帯はいったん封鎖され、海水浴客たちは身元を確認した上で各々引き上げることになった。とはいえ、何百人、下手をすれば何千人もの人間でひしめき合っていた海水浴場だ。全員の身元を確認するのは困難であり、急遽最寄りの所轄署から応援が寄せられた。
「やれやれ、まさか仏さんにぶつかるとは思っていませんでしたよ」
大内がうんざりした表情で言う。
「被害者は舟木丈太郎さんで間違いないんですね」
「え、ええ」
式部が代表で答えた。残された桜森海洋大学のメンバー、及び同行者である榊原たちは大内の浜辺で事情聴取を受けていた。もっとも、榊原については「せっかくですから付き合ってください」と大内に頼まれて捜査に協力しているのだが。
「舟木さんを最後に見たのは?」
「十時ごろだったかな。民宿についたときに入れ違いにフィールドワークに出かけましたから」
「その後は?」
「誰も」
「フィールドワークはどこに?」
「あの崖の向こうにある磯ですよ」
重村が答えた。
「死体発見は十三時過ぎ。死亡推定時刻はその間の三時間か。被害者の失踪に気がついたのは?」
「発見の少し前だよ。美耶子のやつが教授に弁当を届けにいったんだけど、いなかったらしくって」
千葉が答える。ちなみに、結局彼は死体発見時も掘り出してもらえず、何が起こったのか知ったのは大騒ぎの中全員で彼を掘り出した後だった。
と、死体を検分していた検視官が立ち上がった。
「どうもな。死んで間もないとはいえ、波で揺られていた死体となると正確な死亡推定時刻の特定は無理だ。一時間程度の幅が出る」
「大まかにはわかるか?」
「まぁ、死体発見の三十分~一時間半前と言ったところかな。それ以上は縮められんよ」
「つまり、十一時半から十二時半までの一時間か」
「それより問題はこいつだな」
被害者の右足には二メートルほどの太目のロープが結んであった。先端はちぎれていて、何が結んであったのかわからない。
「死因は溺死。これは間違いない。となると、この先にあったのは何らかの重石ということになるが」
「誰かに重石を結び付けられて沈められたか、あるいは自分で結んで飛び込んだか」
「事故死はありえんな。あるとしたら自殺か殺人だ」
そう言うと、検視官はこう補足した。
「この辺りの潮の流れは、被害者がいた磯の辺りから崖を回って海水浴場に流れ着くというものだ。仮に被害者が磯の沖で沈んだとしたら、大体一時間で海水浴場に流れ着く」
「死亡推定時刻とも一致するか。どうやら、その辺が死亡推定時刻と見て間違いないな」
と、磯の方から水島刑事が戻ってきた。
「潮が早いので近くの海洋博物館から水中カメラ搭載の観測ロボットを借りて磯の辺りの海底を調べてみたんですが、磯から少し行った海底にロープが結び付けられた大き目の石を発見したそうです。見た感じ被害者の足に結び付けられていたロープの切り口と同じですね」
「つまり、ロープの先端にその石が?」
「本来なら浮いてこないはずなんですが、何かの拍子でロープが切れて、ここまで流されてきたみたいですね」
「磯から少し行った海底と言ったな。つまり、被害者は磯から落ちたわけではない?」
「間違いなさそうです。磯と崖に挟まれた場所の海上から落ちた模様です。崖から飛び降りてもその場所には届きませんね」
「となると、ボートか何かだな?」
「別の潮に乗って沖まで流された可能性はありますが」
と、水島の携帯が鳴った。水島が出る。
「はい、わかりました」
報告だったらしく、電話を切ると水島が告げた。
「海上保安庁からです。この浜の沖合で小型の無人ボートを見つけたとのことです」
「無人ボート?」
「どうも、被害者が乗っていたボートみたいです。この近くの港に曳航してもらうことになりました」
「となると、自殺か?」
「犯人が犯行後にボートを捨てて海に飛び込んだ可能性はないのですか?」
榊原が唐突に尋ねた。が、これは検視官が異議を唱えた。
「さっき水島も言った通り、ここら辺の沖合の潮の流れは被害者が落ちたポイント地点も含めて速い。崖の影響で海水浴場一帯だけ潮の流れが緩やかになっている状態だ。ボートならともかく、潜るとなると一流ダイバーでも流されかねない。自殺行為だな」
「つまり、殺人だとしたら犯人がボートから脱出するすべがない」
大内は唸った。
「仮に殺人だとした場合、容疑者候補は彼らになるわけですが」
水島が声を潜めて被害者の教え子たちを見る。
「だが、被害者を気絶させてボートに乗せ、ポイントで落とし、ボートを破棄して潮の流れに逆らって岸まで泳ぎ着く」
「そもそも人間業では不可能ですし、できたとしてもその時間のアリバイがないことになりますね」
「全部の行程で三十分はかかるな。死亡推定時刻の範囲でそんなにアリバイのない人間はいるのか?」
「どうですか、榊原さん?」
水島が尋ねる。
「我々は十時少し前に被害者に会い、数分後から海水浴を始めました。ただ、私は瑞穂ちゃんの監視という依頼があったので、その依頼を遂行していました。したがって、死体発見までの三時間、瑞穂ちゃんに関しての所在ははっきりしています。彼女は一度も私の視界から消えていません」
「他には?」
「瑞穂ちゃんと一緒に遊んでいた由衣ちゃんも視界から消えていません。十一時ごろに残り四人、つまり千葉さん、重村さん、式部さん、美耶子さんが瑞穂ちゃんたちに合流して遊び始めました。十二時少し前、多分十一時四十五分ごろだったと思いますが、昼食の弁当を誰が作るかで由衣さんと美耶子さんがジャンケンになって、結果美耶子さんが民宿に戻りました。その直後、重村さんと式部さんは瑞穂ちゃんたちとは別行動をとっています」
「それで?」
「十二時ごろ、亜由美ちゃんが海水浴場に現れて私と少し会話した後瑞穂ちゃんたちと合流。その際、瑞穂ちゃんたちは千葉さんを砂で埋めていて、それ以降千葉さんは死体発見まで身動きが取れない状態です。死体発見の少し前、式部さんと重村さんが再び瑞穂ちゃんたちに合流して談笑。その直後に美耶子さんが現れ、消えた教授を探すように瑞穂ちゃんが私に頼んだところであの悲鳴です」
「亜由美さんがそんなに遅れた理由は?」
「実家と民宿の長電話で押し問答していたらしいです。詳しくは本人から聞いてください。私が証言できるのはこの程度です」
「となると、現時点で少なくとも死亡推定時刻に動向が確認できる深町瑞穂、笠原由衣、千葉精一の三名は容疑者圏外ですね」
大内は考え込んだ。
「後は個々人に聞くしかありませんね」
水島が言った。大内は黙って頷いた。
「十時に海水浴を始めてからしばらくは各自好きに泳いでいたよ。だからその辺りは誰が何をしていたかはわからない」
千葉が代表して答えた。大内がアリバイの確認をしているところだ。榊原は黙ってそれを聞いている。炎天下だというのに汗一つかいていない。
「十一時ごろだったかな。女性陣が気になったから合流して由衣たちのところに行ったら、美耶子も一人で泳いでいたらしくてその場で合流した。それからしばらくビーチバレーなんかしていたけど、弁当を誰が作りに行くかってことになって、料理ができる由衣と美耶子がジャンケンしたんだ」
「それで、美耶子さんが民宿に帰った。美耶子さん、民宿で誰かに会いませんでしたか?」
「はい、玄関の前の電話で押し問答している亜由美さんを見ました」
亜由美も肯定する。
「はい、民宿までは一、二分ですから、彼女がどこかに寄り道する時間はなかったと思います」
「その後は?」
「玄関横の台所を借りて、民宿のおばあさんと一緒にお弁当を作っていました。親切な方で、事情を話したらお手伝いしてくださったんです」
「間違いありません。私も見ていましたから」
亜由美が同調する。
「民宿の方には後ほど確認するとして、亜由美さんは十二時ごろに電話を終えて民宿を出た」
「実家に確認してもらえれば電話していたことは確認できると思いますし、民宿のおばあちゃんも傍にずっといました」
「なるほど。で、榊原さんに会って瑞穂さんたちと合流した」
そこで大内は重村たちを見た。
「あなた方は美耶子さんが帰った後、二人で瑞穂さんたちから離れたそうですが」
「まぁ、一泳ぎしたくなりましてね。でも結局泳がずに、せっかくですから二人でナンパしたりしていました」
「再合流するまでずっと二人だったんですか」
「ええ、間違いありません」
「トイレなどで離れたことは?」
「さぁ。でも目を離しても一、二分ですよ」
大体は重村が答えたが、式部も付け足す。
「ナンパした子に話し聞いてくれたらはっきりすると思う。とにかく、俺ら二人は合流するまでずっと一緒におった。磯に行く時間なんかあらへん」
「ふむ」
今度は瑞穂に向き直った。
「残ったあなた方は千葉さんを砂に埋めていた?」
「はい。『せっかくだから俺を埋めてくれよ』と千葉君が砂浜に寝転んで冗談交じりに言ったので、私と由衣も悪乗りして。しばらくして亜由美さんも来ました」
「それからずっと同じ場所にいた」
「はい」
ここで美耶子に質問する。
「問題の弁当ができたのは?」
「全員分を作っていたので十二時四十五分くらいだったと思います」
この時点で死亡推定時刻範囲外だ。大内の表情が厳しくなった。
「その間、民宿のおばあさんとずっと一緒だった?」
「はい」
「その後被害者に弁当を届けに行った」
「民宿から磯まで一、二分ですから。でも、どこにもいなかったんです。それで困って、みんなに相談に行きました」
「なるほど」
大内は今までに判明したことを検討していたが、
「どうやら死亡推定時刻の十一時半から十二時半にかけて、ここにいる全員のアリバイが成立しているようですね」
証言を聞く限り全員が必ず二人以上で行動しており、離れていてもせいぜい一、二分。とても現場に赴いて殺人工作をする暇はない。
「こうなると、これは自殺と考えるのが自然なのかもしれませんね」
大内がどこかやりきれないといわんばかりの渋い表情で言った。榊原はそれを黙って聞いていた。
榊原は被害者がいたという磯にいた。左手に崖があり、正面には広い太平洋が広がっている。
「先生、こんなところで何をするつもりですか?」
ついてきた瑞穂が尋ねる。磯なのでさすがにビーチサンダルを履き、バスタオルを羽織っている。他のメンバーは大内が再度事情聴取をしているはずだ。亜由美はその監視役として残っている。榊原は大内に断ってこの磯にやってきたのである。すでに一通りの捜査は済んで、警察関係者の姿はない。
「少し調べたい事があってね」
そのようにだけ言うと、榊原は磯を歩き始めた。ほとんど岩であり所々に海水が溜まっている。
「被害者の荷物が見当たりませんが」
「多分、発見されたボートに載っているんだろうね」
榊原は淡々と答え、波打ち際を歩く。
「先生は自殺だと思っているんですか?」
「今のところ半々だ。わからない事が多すぎる。瑞穂ちゃんはどう思う?」
「うーん、なんかしっくり来ないんですよね。最後に会ったとき、自殺する風には見えなかったし」
「しかし、全員にアリバイがある」
「そうなんですよね。それに、ボートから脱出できないんだったらどうしようもなんですよね」
「ボートから脱出できないか。できないことはないんだがね」
榊原はおもむろにそう言った。
「えっ、できるんですか」
「まぁ、至極簡単な話だが、ポイントで被害者を突き落とした後、いったんここまで戻ってきて、その後エンジンだけかけた無人ボートを沖に突き出せば……」
「あ、そうか」
予想以上に簡単な話に瑞穂は納得する。だが、榊原は苦笑いする。
「だが、この方法ではさらに時間がかかる。潮の流れもあるし、最低三十分はかかるな」
「じゃあ、状況は変わらないじゃないですか」
瑞穂はがっかりしたように言った。
「だから、見方を変える必要があるのかもしれない」
そう言うと、榊原はある場所で立ち止まった。
「ここだな」
「何ですか?」
「遺体を見たときに気になったんだが、被害者の後頭部にわずかながら傷があった」
「傷?」
思わぬ話に瑞穂は驚いた。
「自殺したときに岩か何かにぶつけたとすれば辻褄は合うが……」
榊原は足元を指差した。波打ち際で波が打ち寄せている場所だ。瑞穂が見ると、岩の隙間にわずかながら赤い斑点のようなものがあった。
「これは?」
「さすがに鑑識もこんな場所は調べなかったようだ。磯だけに見分けにくく、波が打ち寄せて証拠が残りにくいしね。だが、証拠はしっかり残っていたようだ」
「これ、もしかして血痕ですか?」
「私の予想ではな」
瑞穂は混乱した。
「待ってください。自殺だとしたら直接ボートから海に飛び込んだわけですよね。こんなところに血痕が残るわけがありません」
「その通りだ」
「じゃあ、この血痕は何なんですか?」
「おっと、もう一つ面白いものがあった」
榊原は磯の隙間から何か拾い上げた。一センチ程度ではあるが布の切れ端のようである。
「これは……」
「布の切れ端。色を見るに、被害者のズボンの色と一致するな」
「ズボンの切れ端ですか?」
「流される過程で衣服も随分ズタズタになっていた。でも、こんな場所にあるのは不自然極まりない」
「ということは、ここで何かあったということでしょうか」
「少なくとも、被害者が後頭部から出血し、なおかつズボンが擦り切れるような出来事があったんだろう。どう想像するね?」
瑞穂はある場面を思い浮かべた。
「何者かが被害者の後頭部を殴打して気絶させ、引きずった際にズボンが擦り切れた」
「まぁ、そうなるな」
瑞穂の表情が緊張する。
「これって、第三者が関与していたってことじゃないですか!」
「もしそうなら、これは自殺なんかじゃない。殺人だ」
榊原が断言した。さっきまで浜辺でものぐさな態度をしていたのが嘘のような真剣な表情だった。
「待ってください。だとするなら、容疑者は由衣たち五人ということになりますね」
「その可能性が高い」
「でも、全員のアリバイは完璧です。あっても一、二分。被害者を殴って気絶させるだけでもそれくらいはかかります」
「逆に言えば、このアリバイが全てを担っているといっても過言ではない。アリバイを崩せれば犯行の立証は容易なはずだ」
榊原はしばらく考えていたが、
「問題のボートを見てみよう」
ボートは磯の近くの桟橋に係留されていた。手漕ぎボート程度の大きさで、後方にスクリューつきのエンジンがついている。
「ああ、どうも」
水島が海上保安庁の職員から状況を聞いているところだった。榊原はさっそく質問する。
「発見当時のままですか?」
「ええ。エンジンが止まったまま沖の方で漂っていたみたいです」
「中には何か?」
「被害者の物と思われる荷物が放り込んでありました。遺書などはありません」
榊原は先ほど磯で見つけた布の切れ端と、血痕について報告した。
「それは本当ですか?」
「ええ」
「だとするなら、事件の構造が代わりますね。すぐに鑑識をよこします」
水島は携帯で連絡した。その間に、榊原はボートを覗き込んだ。
「調べても?」
「どうぞ」
榊原は常に携帯している白の手袋をつけると、エンジン部分を触り始めた。
「まだ暖かいですね」
「エンジンがかかっていたのは間違いなさそうです」
「じゃあ、どうして今止まっているんでしょうか?」
「そりゃ、飛び込むときにいったん止まるから、そのときにでも止めたんじゃないですか」
「ですが、それだとボートも潮の流れで浜に漂着しなければならないはずです。実際は潮の流れを振り切って沖で発見されています」
「そう言えばそうですね」
榊原がエンジンの蓋を開けると、燃料はまだあるようだった。
「燃料切れではないようですね」
「あれ、何ですかこれ?」
不意に瑞穂が尋ねた。エンジンの一角にアンテナのようなものが見えたのである。
「無線アンテナか? なぜこんな物がエンジンに」
と、話を聞いていた海上保安庁の職員が覗き込んだ。
「ああ、これ遠隔操作可能のボートですね」
「遠隔操作可能のボート?」
榊原は尋ねた。
「近くのボート会社が最近作った代物なんです。ボートに乗らなくても操作可能なボートだそうですが……この構造だとエンジンのスイッチをオンオフ程度しかできないみたいですね」
「つまり、エンジンを入れるだけで、方向転換などはできない」
「その通りです」
と、後ろで瑞穂が何か思いついたようだ。
「先生、だったらこんなのはどうでしょうか?」
「どんなのだい?」
「被害者を殴打して気絶させた後、このボートの縁に座らせます。その際重石用の石にロープを結びつけ、反対を被害者の足に結びつけておきます。そして、その重石もボートの縁にでも絶妙なバランスで載せておくんです。あとは何食わぬ顔でみんなのところに行って、隙を見てスイッチを押せばボートは勝手に発進し、途中でバランスを崩した重石が海中に落下。被害者も重石に引っ張られる形で海中に落下する。どうでしょうか?」
「うーん」
榊原は唸った。
「問題がある。まずバランスが悪すぎる。いくらなんでもそんな重い物が二つもボートの縁に乗っていたら、発進以前にひっくり返る。それに、重石が海の方に落ちるとも限らない。ボートの内側に落ちたら何も起こらないままだ。被害者にしても同様で、被害者がボートの内側に倒れこんだら、いくら重石が重くても海に落ちてくれない。そんな不確実な方法を犯人が取るとも思えない」
「……確かにそうですね」
「最大の問題は、犯人がいつスイッチを押すかだ。忘れたのかい。私はともかく、他全員は水着なんだ。スイッチを隠す場所がない。その私にしても、ずっと浜辺にいたのは君がよく知っているじゃないか」
「あ、そうでしたね」
瑞穂は自説を引っ込めたが、榊原はこう続けた。
「だがその推理、もしかしたらかなりいい線をいっているかもしれない」
「といいますと?」
「さっきも言った通り、考え方を変えてみる必要性がある。さすがにこの方法は無茶でも、全員のアリバイが確定している以上、遠隔殺人が一番可能性のある方法だ」
「でも、犯人はスイッチを隠せないんでしょう?」
「確かにそれはそうだが……ん?」
そこで榊原は何事か考え始めた。
「せ、先生?」
「待てよ、仮にそうだとするなら……」
唐突に何事かブツブツ言い始めた榊原であるが、瑞穂にとってこれは事件解決が近い前兆である。黙って見ていることにした。
「……瑞穂ちゃん」
「何ですか?」
「今回は君に感謝する必要があるね」
「え?」
「犯人がわかった」
平然と告げられた突然の爆弾発言に瑞穂や水島は一瞬何を言われたのかわからなかったが、やがてそれは驚愕へと代わった。
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
「っていうか、何でわかったんですか? 今の会話のどこにその要素が?」
「話は後だ。後は、犯行の方法を解明すれば……」
と、水島の携帯が鳴った。電話に出てしばらく対応しているが、電話を切ると、
「鑑識です。磯の血痕、被害者のものと一致したそうです」
「そうですか」
「それにしても、運よく浮かんできたから良かったものの、浮かんでこなかったら単なる失踪で終わっていたかもしれません」
水島が思わずそう呟いたが、榊原はそれを聞いてこう呟き返した。
「本当に偶然なんでしょうか」
「はい?」
「遺体が浮かんできたというのは本当に偶然なんでしょうか?」
榊原はしばらくボートを見ていたが、
「あの辺りの潮ですが、磯の近くには流れていないんですよね」
「ええ、少し沖に出ないと」
「じゃあ、ボートを停泊させることはできるわけか」
榊原はボートの後方にある金具を見ながらしばらくジッとしていたが、やがてフウと息を吐いた。
「なるほど、うまいことを考えたな。それならどうにかなる」
そう言って、瑞穂たちのほうを振り向いた。
「すみませんが、関係者を集めてください。私の推理をお聞かせしたいのですが」
「それじゃあ……」
「ああ。何とかつながったよ」
瑞穂の言葉に、榊原は少し疲れたように言った。