spochan
スポーツチャンバラをご存知だろうか。
スポチャンと略されることもある。
空気を入れて膨らませた剣で打ち合う、日本発祥のスポーツである。同じ剣のスポーツである剣道やフェンシングに比べて手軽に始められ、自由度が高いのが魅力だ。相手の身体を先に打った方が勝ち、という簡単なルール。しかし、礼に始まり礼に終わる武道でもある。
一瞬で勝負の決まるスピード。高度な戦略性。多彩な武器。なにより、「剣を振るって戦う」という、ひとつの憧れを叶えてくれる。
そんなスポーツチャンバラと俺が出会ったのは、半年前のこと――。
小学生の頃から体が弱かった。
際立って病弱ということではない。しかし、小柄で力もなく、足も遅い。勉強ができたわけでも、特技があったわけでもない。典型的な、子供たちのヒエラルキーで下位に位置するタイプ。
友達と遊ぶこともあったが、だいたいいつも下っ端扱い。不利な条件でゲームをし、罰ゲームを受ける晒し者。ひどい時はいじめられる。
だから本を読んだ。
好きだったのは推理小説――と言っても子供向けだが――と、SFやファンタジー。ノンフィクション系はあまり好きではなかった。縦横に活躍する主人公たちの姿を夢想し、理想の自分と重ねた。ゲームもした。あまり上手かったわけではないが、これもやはり、RPGが好きだった。
中学に入ってからはライトノベルに手を出し、漫画も読み漁った。同じような趣味の友達もできた。それから、勉強をした。平均の少し下、くらいだった成績は、県立で二番目の進学校に入学できるほどになった。
高校でも、中学とあまり変わらない生活をしていた。この頃には身体も平均くらいまで大きくなっていたし、馬鹿にされることも無くなっていたが、特定の部活に所属することもなかった。上京し、国立大学に進学することを目標にし、勉強に励んだ。
そして落ちた。
俺は上京し、都内の某有名私立大学に入学した。
それが、半年前。
「スポーツチャンバラ?」
オウム返しに聞き返した俺に、同じ学科の友人は頷いて見せた。
「そう。面白そうだから一辺見に行こうと思ってるんだけど、一人じゃちょっと行きづらくてさ、一緒に行かねえ?」
知り合って一週間も経っていない、しかも知り合った理由もガイダンスで席が隣で、先方が俺に話しかけてきただけという、非常に関わりの薄い友人だった。
さりとて、友人は友人である。しかもこの先下手をすれば四年以上の付き合いになることが予想される。関係悪化は避けるべきだ。
そんな打算的な思考の後、俺は友人の誘いに乗る旨を告げた。
その日の夕方、学内の体育館で行われた体験練習会に参加した。
基本的な打ち方の練習をし、少し試合形式での練習もした。
上手くはできなかったが、体を動かすことによって得られる充足感を、久しぶりに味わった。
何より、先輩たちが得物紹介を兼ねて行った試合の実演が、圧巻だった。
目にも留まらぬ速さで撃ち出される剣。それを正確に捌き、また返し技を放つ。一見すれば届かない距離を一瞬で詰め、あるいは身体を伸ばして届かせる。
創作物の中にあったのとは違う、剣技。それに魅せられた。
俺はスポーツチャンバラサークルへ入ることを決めた。
その日一緒に行った友人は結局、テニスサークルか何かに入ったんだったか。
そして今、俺はある学生大会に参加している。
入部から半年、教わった技を鍛え、自分で考えた戦術を先輩相手に試しては何度も負け、その度に教えを請うてきた。同期たちとは、勝った負けたと騒ぎながら、しかし着実に、互いを磨いてきた。
強くなった、かどうかはわからない。
しかし、多少なりとも"変わった"ことは、きっと本当だ。
前の試合が終わった。次は俺の番。新人男子の部、小太刀、一回戦。
左手に提げた六十センチの風船が、俺の剣になり、被った面のアクリル板越しの景色が、俺の世界になる。
一礼。赤いテープで区切られた四角形の中へ踏み込む。
自分と同じように面をつけた男と向かい合う。もう一度礼。
審判の声に促され、右手で剣の柄を握り、抜刀のように身体の前へ。構えを取って一瞬の静止。
――始め!
書き始める時に意図していたものと、少し違うものができました。かなり違うかもしれません。でも一つの形になりましたので、これはこれで良いかなと思っています。