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生きる意味を忘れた男の話。

いつもの様に朝起きて

いつもの様に電車に乗って

いつもの様に仕事をし

いつもの様に何かしら上手くいかず

いつもの様に理不尽に怒られる。


そしてまた

いつもの様に仕事を終えて

いつもの様に疲れて眠る。


繰り返す毎日。

気が付くと時間は過ぎていて

これからもずっと、ただ仕事をするだけの日々が続くのだと気付く。


人生は短いのだと実感する。



仕事の為だけに生きている。

人生とは仕事をする事なのだろうか?



わからない。



毎日同じ事の繰り返し。

その繰り返しに意味を感じなくなり



とうとう俺は生きる意味を忘れた。



繰り返す日々になんの意味があるのだろう?


自分と言う存在を、社会と言う大きな物を廻す小さな歯車にしてなんの意味があるのだろう?


ただ・・分かるのは生きるのは辛い。


苦しい。


怠い。



俺一人がいなくなったところで

小さな歯車一つ無くなったところで


社会は、

世界は廻る。



だから



だから、

俺は消えてもいいんだ。





「あーぁ、またこのパターンの自殺者か。最近多いね。」

朝日が差し込む、朝霧で少し湿った森の中。

半透明な男の霊の前、タバコを吹かしながら女は言った。


今回の死者は死に様を誰にも見られなくなかった様で、山の奥の森の中で首を吊って死んでいた。

多分今頃捜索願などは出されていると思われるが、こんな場所が簡単に見つかる訳も無い。誰にも見つからないまま数日が過ぎ、腐り始めた肉体の前に、肉体から剥がれ出た無気力な顔でいる霊を死神が迎えに来た、というのが今の彼女の状態だ。

肉体を前に、女はめんどくさそうに頭を掻く。


「いわうる、欝病って奴だろう。仮面欝だったり色々種類はあるみたいだが、死んだ後の霊体ですらこんな無気力ってのは、いただけないな。」

女の独り言に対し、横に立っていた男が答える。

男の存在に気付いていなかった女は、外見からは想像できない可愛い悲鳴をあげた。


「キャァッ!!・・・・・って、水瀬班長か。い、いつからそこにいたんだい?」

女は水瀬がいつから横に居たのだろうと疑問を抱きながら、堂々と立っている水瀬をジロジロと見る。


「さっきから居たさ。ところで山塚、タバコを吸うなとは言わないが、仕事中にタバコってのはあまり良いとは言えないな。」

水瀬は、山塚の可愛い悲鳴に密かに動揺しながら、山塚がくわえているタバコを横目で見て言った。


「(!)・・・。」

山塚はタバコの存在を忘れていたかの様に驚くと、何事も無かったかの様に静かにタバコを簡易灰皿に押し込んだ。

そして一度、フーっと息を吐くと、何も無かったかの様に霊に近づき、頭に札を貼り付け、霊をとりあえず地獄へと飛ばした。

その表情はまるで、シーラネ。と、タバコを吸っていたのは自分なのに、他人事と決め込んでいるかのような顔だった。


「まぁ、お前がタバコを吸いたくなる気持ちもわからんでもない。あんな無気力な霊ばかり地獄に送っていても、疲れるだけだしな。」

あえて突っ込みはせず、同情する水瀬。


「・・・あぁホント、こんな所にまで来るのすら面倒なのに、金にもならないってのは最悪だよ。あたし達は霊の罪の代償として、死んでもなお働かせる為に地獄に送っているというのに、こんな無気力な奴ばかり送っても働くわけがないからね。」

肉体であった物を前に、2人はそれを眺めながら語る。

森の中に風は無く、朝霧の後に残った水滴が腐った肉体や草花を濡らしている。

冷たく澄んだ空気。腐りかけの肉体からは相当な異臭がするはずだが、朝霧後で湿っているせいか、もしくは死体に慣れてしまっているせいからなのか、異臭は感じられなかった。


そんな肉体を見ながら水瀬は言う。

「生活が豊かに、楽になればなるほどその生活を維持する為に繰り返しの仕事をする人間を作らなければならない。その人間は自己犠牲で他人を楽にするのだから、その意味を見失ったら、働く意味なんてなくなるだろうな。まぁその仕事自体に意味を見つけるか、働くこと自体に意味を見つければ話は別だが。」

「(・・・言う事が難しいねぇ。)」

小さく首を傾け、遠まわしで大げさな言い方に呆れる山塚。

腐りかけの肉体に背を向け、水瀬の方に歩きだす。


「まぁつまりは、人類が進歩する程欝になる奴は増えていくって事だ。もっと簡単に言うなら、人間ってのはどんな時でも今を楽しまなきゃやってられないって事だよ。」

「ふーん・・じゃぁ、水瀬班長は仕事をしてて楽しいのかい?」

山塚は濡れた草を踏みしめ、水瀬の横を歩き過ぎながら質問した。


水瀬は少し考え、上を見た。

木々の間から日差し差し込んでいる。

水瀬は、そんな日差しを見たまま返事をした。

「俺か?俺は・・一応この仕事にやりがいを感じているからな。悪魔や死神と呼ばれるこの仕事は、ただ霊を地獄に送るだけでなく、それを行う上で誰かを救えたりもする。地獄に送る霊を救うってのは難しい事だが、救えた時には、やってて良かったと思えるからな。」


「悪魔が地獄に行く霊を救うねぇ・・・。あたしにはよくわからないよ。」

水瀬の言葉を聞き、立ち止まる山塚。

「地獄に送られる人の中には地獄に行って当然の人も居れば、送られるのは可哀想な人も居る。そういう人を地獄に送る前に、死んだ事が無駄ではなかったと伝えるだけでもいいんだ。今度山塚もやってみな、やってみると気持ちがいいもんだぞ!」

バッと山塚の方を向き、目を輝かせる水瀬。

しかし、

はぁ?なんであたしが?と、山塚は思いっきり嫌な顔をした。

それと同時に、目を輝かす水瀬のポケットで何かが振動する。


「あ、次の仕事だわ。じゃ、またな山塚~。」

そう言って水瀬は、山塚に反論する時間も与えぬままフッと姿を消した。


一人森に残された山塚。

鳥のさえずりが森の中に響きわたる。


「・・・(結局、水瀬班長はなんで此処にいたんだろうね?)」

急に現れて急にいなくなった水瀬に疑問を抱きながら、山塚も次の現場に向かうため、

鳥の声しか聞こえない静かな森から音もなく姿を消した。


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