笑顔の意味を知る話
母は、
あなたの笑顔が好きだった、
あなたに笑顔でいてほしい。
と息子に言葉を残した。
だから幼い少年は母の葬儀に出る事が出来なかった。
動かぬ母に、母の好きな笑顔を見せる自信がなかったから。
少年は一人部屋に閉じこもり、連れだそうとする大人達の誰の声も聞かず、踞った。
そして、笑顔を作ろうとする。
が、うまくいかない。
溢れる涙が邪魔をして笑顔が作れない。
涙は少年の想いを拒むかのように溢れでた。
母の最後の願いさえ叶える事ができない。
その事実が幼い少年を一層苦しめる。
無理に作り笑いしたってその笑顔は、君の母親が望んだ笑顔じゃない。
急に聞こえた男の声。
扉の向こう、聞きなれない男の声だ。
男の声は、少年が聞いている事を確認したかの様に続けて言った。
笑顔とは幸福な気持ち、幸せが自然と作るものだ。
作った笑顔にその本当の意味はない。
君の母親は君に笑顔を望んだのではなく、笑顔である為の幸せを望んだんじゃないのかい?
だから悲しい時に無理に笑わなくたっていい。
君の母親は君に幸せを望んだのだから。
むしろそんな時は思いっきり泣けばいい。
思いっきり泣いて、気が済むまで泣いて、その後笑えればいいんだよ。
辛そうな笑顔より、笑顔の為に泣く事を君の母親は願っていたはずだから。
その言葉を聞いて涙が一気に溢れでる。
涙と共に堪えていた気持ちが、声が、一気に溢れでる。
感情に任せ、大声でなく少年。
家中、いや、町中に響きそうな大きな声で。
その声を聞き、ドアの前にいた男はスッと姿を消した。
何十分か過ぎ、次第に少年の声が小さくなった。
涙を拭い、決意を新たに立ち上がり部屋を出る。
葬儀の終わりかけ、幼い少年は動かぬ母の前に立つ。
そして母に向かって言う。
僕は笑顔でいるがら゛!
何も・・な゛に゛も、心配しなくてい゛いから゛ね゛!
少年は泣きながら笑顔を作った。
涙を流しながら作る少し不細工な笑顔。
それは母の望んでいた笑顔ではないかも知れない。
しかし、少年は母の笑顔に託した意味を知っていた。
意味を知った上で、母の望んだ笑顔ではない事も知った上で、母を見送る為に笑顔を作った。
それは母親を見送るには十分すぎるほど爽やかな笑顔だった。
少年の笑顔を見た人達は皆涙を流した。
少年の父は溢れ出しそうな涙を堪えながら、優しく少年を抱きしめた。
その何日か後、
夜中に黒いスーツを着た男が一人、少年の家の前で電話をかける。
「あぁすまん、水瀬だ。ここに地獄に送る霊を連れに来たんだが、どうやら間違いだったらしい。そんな霊は此処には居なかった。お前の処で連れてってやってくれ。」
「・・そう。」
電話の相手は静かに言った。
そして、そのまま電話は切れた。
水瀬は電話をポケットにしまい、歩き出す。
「・・・よかったの?」
水瀬の歩き出した右手、曲がり角にもたれていた白いスーツの女性が水瀬に問う。
「・・なんだ峰咲、居たのか。丁度良い、そこの家の女性だ。連れて行ってやってくれ。」
水瀬がそう言うと、白いスーツを着た女性、峰咲は静かに言葉を並べた。
「・・ここの女性は生前は色々ヤンチャもして罪な事も行ってきた。しかし、結婚後はそういった事もせず善良に生きた。けれども彼女は若くして死んだ。自殺と同じく、早命な死は罪となる。彼女は本来、犯した罪を償う為、地獄に行くはずだったのではなかったの?」
「だが、彼女の死を罪とする一番の根源である少年は、その死を乗り越え、彼女のその一番の罪を消したよ。」
峰咲の声に被せる様に水瀬は言った。
「「・・・」」
少し静寂をおき、峰咲はふーん、とまるで全てを知っているかの様な表情をして、また静かに喋りだした。
「・・・彼女の地獄送りは、少年が死を乗り越える事で消え、免れる事ができる。そして、あの少年自身も本当は彼女の死を影に持つはずであり、地獄行きになる未来があった。貴方初めからあの少年を救うのが目的だったんじゃな・・」
「俺は何もやってない。あの少年は一人でその死を受け入れ、乗り越えただけだ。」
またも峰咲の言葉を遮るかの様に水瀬は言う。
峰咲は続く言葉を飲み込むと、水瀬の前に行き、正面に立ってじっと水瀬の目を見た。
その瞳は、静かに水瀬に語りかける。
こんな行為を繰り返したところで貴方に何一つ得はない。
わかってる?
その目を見ていると心を読まれてる様な気がして、水瀬は堪らず目を逸らした。
そして峰咲を避け、歩きだす。
「さ、さぁーって、では俺は次の現場に向かうとしますか。このまんまじゃ、今月の給料も危ういしな。ここは任せたからなー。」
水瀬は誤魔化す様に軽く背伸びした。
その背中を見て、峰咲は小さく笑う。
「ホント、貴方が一仕事終えるのは苦労しそうね。」
「・・まあな。」
峰咲に背を向けたまま、水瀬はそう言葉を残し、姿を消した。
水瀬を見送った後、峰咲が女性の霊を迎えに行くと、女性の霊はもう人の形を無くした霊魂の姿となっていた。
が、その姿は水瀬の消えた方を向いてお辞儀しているかの様に峰咲には見えたのだった。
この作品は「魂送のサラリーマン」の外伝的なお話です。
ですが、本編と共通の世界観であったり、登場人物が被る位なので、本編を読まなくても分かるような話になっています。
(それを外伝というんです・・・よね?)
というのか、元々本編もこういう話を書く予定だったのに大分逸れた話になっているので修正が大変です。
なので、本編を軌道修正しつつ、この作品でシンプルに書きたかった事を書いていこうと思っています。