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美人祈祷師井原麗子事務所 ケース猫又

掲載日:2026/06/26

 自分で言うのもなんだけれど、

 僕は罪な男だ。

 見た目はそうでもないけれど、

 物心ついたときから、いや、

 生まれたときから、

 女性というものが絶えたことがなかった。

 羨ましいと思われるかもしれないが、

 世の中、そう甘くない。

 僕は罪な男だから、もちろん、罰を受ける。

 そうでもない見た目に女難の相が出ている。

 簡単に言うと、

 僕は罪な男で、女運が、すこぶる悪いのだ。




 就職を機に、新居に引っ越すことになった。

 二年間付き合った彼女には、何も言わずに。

 もちろん彼女が、ここの住所を知っているはずはないのだが、

 スマホから、通知音。

 彼女からのメッセージ。

『どうしていなくなったのどこにいったのなんでいなくなったの』

 通知音。

『いつかえってくるのいまかえつまてくるのかえつてくないの』

 通知音。

『みてるでしょ』

 通知音。通知音。通知音。通知音。

『へんしんは』

『ねえ』

『みてるでしょ』

『みえてる』

 通知音。

『見つけた』


 ピンボーン

 古くなり音の罅割れたチャイムの音。

 彼女が知るはずのない新居のチャイムの音が、鳴った。


 インターホンにカメラはない。

 ドアにもスコープはない。


 ピンボーン、ビンポーン、ピンポーン、ビンボーン、

 だっだっだっだっだっだっだっだっ

 チャイムの音は鳴り止まない。

 ボタンを連打する音が激しくなる。


 僕は意を決して、ドアを開ける。

 開口一番、

「冤罪だっ、」

 と言っ、

「いっ!」


 美人だった彼女の顔は、

 溶けて踏まれて、

 ドロドロになった、

 雪のような顔をしていた。


「っ……、み、深雪ちゃん?」

 直感的には、彼女だと分かっているが、そさを真実だと認めたくない。

 認識したくないがため。僕はそう、聞いた。


「どっ、どぼ、どぼじで……っづ」

 彼女が僕に、掴みかかろうとする、その指は、ぼろぼろで、崩れかかっていた。

 冷たい。寒い。なのに温かい。

 気持ちが悪いのに、気持ちがいい。

 ふわふわと頭がしてきたとき、

「っ、ぞの、ゔじろのぼんなはっ、だれだっ」

 もう、目なんかわからないけれど、深雪ちゃんは、僕の背後に目をやった。

 今、僕と、同棲している彼女、井原さんに、殺意を向けた。

「ごっ、ごろじでやるっ」

 深雪ちゃんが、井原さんに、襲いかかった。

 けれど、井原さんは、ただ、立っていた。

 彼女は、真っ直ぐ立って言った。 

 真っ黒なワンピースが手首から足首までを覆っている。白い手袋、足は裸足。

 黒のマスクを外すと、

「私、綺麗?」

 と。

「ずっごろっず」

 と深雪ちゃんが、ズズズとかかる。

 井原さんは、それを、真っ白な素足を軽く回転させて、すっ、と避ける。

 そして、ワンピースのどこからか、

 真っ黒で、片手で持つには、柄も刀身も、あまりもに長すぎる、鋏を手に取った。

 真っ赤な口紅が、頬まで裂けるように、

 にたぁっ、と笑って、

「え〜んっ、キリーつっ。ば〜ぁ、さみーーーんっ」

 チョキんっ。

 と自分の言葉を切った。


 井原さんに、タックルをかわされた、深雪ちゃんは、家の中に転がりこんでいた。

 井原さんは、ドアを出て、家の外へ。

「っい〜〜〜っけないなーーー。俺と、蒼君の愛の巣に、土足で上がりこんじゃ〜あ。土足厳禁、靴下厳禁。なんだよう、この家はあっ。蒼君。そーおっくん。ほら、こっちに来てー」

 僕もドアを出て、家の外へ出る。

 その時に、気がついた、深雪ちゃんの体から、白く光り輝く、細く健気な、糸のようなもの伸びている。

 その糸は、細くも、長く長く、長く。

 ずーっと伸びていて、ああ、この糸は、僕が前に住んでいた家に繋がっているのだ。

 と感じた。

 その糸を、今までの言動からは、想像できないほど、井原さんが、柔らかく優しく、つまみ上げた。

 そして、彼女は、柔らかく優しく、

「犬は人につく。猫は家につく。いや。この場合は、犬は人に憑く。猫は家に憑く。と言った方が良いかね。いやいや、良くないよ。猫又ちゃん。いや、深雪ちゃん。と呼んだ方が良いかね。いやいや、元彼の今カノに、それも未練たらたらの元彼の今カノに、そんなことは言われたく、呼ばれたく、ないだろうか。でもね。最後なんだ。だから、深雪ちゃん。と呼ばせてもらおう。深雪ちゃん。家に憑いている霊は、新居に着いちゃあ、ダメなんだよ」

 柔らかく優しく、慰めるように、井原さんは語った。

 深雪ちゃんは、顔と手どころか、腕や、脚も、溶けかかっている。体も一回りどころか、二回りほど、小さく。小さく。

 四月。新居の季節。春。

 雪は、溶けるべきなんだ。

「蒼君。最後に、かける言葉は、何かあるかい?」

 二年。

 僕は右の手の平を見つめて思い返す。

 返す記憶は沢山ある。

 かける言葉もいくらでもある。

 でも、思い出は縁だ。

 ここで、断ち切る。

 親指と小指と薬指を折る。

 二年。チョキ。鋏。

「井原さん。鋏、貸してくれますか?」

 井原さんは、少し開いた刃を僕に向ける。

 僕は刃を手の平で優しく包み、受け取る。

 深雪ちゃんの体から、伸びる細い糸。

 僕が昔住んでいた家から、新しい今の家まで、行く道を、大きな大きな、鋏で僕は切った。




「あっ、そうだ、蒼くんっ」

 僕から返された鋏を受け取って、井原さんは、刃と口を開いた。

「今回の依頼料ねー、給料から、天引きって、ことでいいかなー」

「えっ、ええっ、お金取るんですか?」

「あっ、たり前でしょー。それが俺たちのお仕事なんだからー。っということで、初任給50%カットでーっ」

 チョキんっ。

 と自分の言葉を切った。

 まあ、仕方がないか、今回は僕が悪い。

 僕は罪な男で、女運が、すこぶる悪いのだ。

「とりあえず、足洗いません? 二人とも、裸足で、外に出ちゃったもんだから」

 井原さんは、こくん、と小さく頷く。

 僕ら二人は、また、家に入る。

 土足厳禁、靴下厳禁。

 二階には、美人祈祷師井原麗子事務所の看板。

 ここが僕の春からの新居です。


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