破魔の矢
第9話です
藤十郎は子供達を連れて別棟の造作部のある部屋へと向かう。
造作部の中の一部門である破魔寮の部屋の入口で、藤十郎は声をかけた。
「邪魔をする。新七はおるか?」
作業中だった1人の男が顔を上げた。
「これは藤十郎殿。あぁ、今日から新人の案内ですか。」
新七は優しげな笑顔で藤十郎達を出迎えた。
「『破魔の矢』を見せて欲しくてな。御力の籠ってないものがあれば出して欲しい。」
「勿論ありますよ。今できたてのホヤホヤです。」
そう言うと、新七は作業台の上にあった矢を手に取り、藤十郎に手渡す。
「すまんな。これが『破魔の矢』だ。正確に言うと違うのだが、この矢に御力を流し込み満たすことで、初めて『破魔の矢』と言える。」
「この矢は何に使うのですか?」
安澄が興味津々の顔で尋ねる。
「この矢は妖魔又は妖鬼とも呼ばれる妖を討つためのものだ。場合によっては『鬼』を退治するときにも使う。
妖魔や鬼は、通常の武器でも倒せなくはないが、御力の籠った武器を使うと非常に効果が高い。普通妖魔を倒すのに、通常の矢なら数十本は射らねばならぬが、破魔の矢なら1本でも致命傷を与えることができる。
私は鬼と遭遇したことがあまりないが、『鬼狩り』と呼ばれる者達は、御力の籠った槍や刀を使っていると聞いたことがある。」
今度は男子達が興味津々で聞いている。やはり、こういった話は好きなのだろう。
「まぁ、御神域の内にいる限り、鬼に遭遇することはないからね。我々が相手にするのは妖魔ばかりだから。偶に鬼狩に頼まれて矢を作ったり、妖魔の討伐依頼を受けて、御神域の外に行ったりもするけど。」
新七が補足した。
「では、実際に矢に御力を込めてみよう。先ずは私が手本を見せる。」
藤十郎はそう言うと、両手に矢を乗せ、目を瞑って精神を集中させる。
「赤城の山に座ます、畏きアカイヌヌシの大神よ。魔を打ち祓う御力をこの矢に与え給え。」
藤十郎が祝詞をあげると、手の上の矢がほんのりと光ったように見えた。
「これで『破魔の矢』の完成だ。」
御力を籠められた破魔の矢の鏃は、仄かに赤くなった。
「凄い、これを俺達がやるのか…。」
小平太が呟く。
「はは。手本をみせるとは言ったが、まだ御力の動かし方も知らぬ其方らでは無理だろう。だが、いずれはできるようになってもらう。」
「先程の祝詞?は、必ず必要なものなのでしょうか?」
伊都が遠慮がちに聞いた。
「いや、私は集中する為にやっているだけで、ないと出来ないわけではない。因みに矢を射る時も短か目に祈ることもある。」
(へぇ。薬を煎じるときや塗り込むときと似たようなものね。でも、心を込めることが大事って言ってた母様が、祝詞をあげるのは見たことがないな。)
そんな事を考えてたサクヤに、藤十郎は何か企むように笑いながら矢をもう一本手にした。
「石が跳ね返る程の力量を持つ其方なら、案外御力を籠めることが出来るのではないか?」
そう言いながら、サクヤに矢を差し出す。差し出されたので思わず手に取ってしまったが、量りの儀の事を思い出し、迂闊な事をしたと思った。
(あまり目立ちたくないのに。でも手に取ってしまった以上、やらないわけにもいかないよね。)
そう思ったサクヤは、藤十郎が御力を籠めた矢を観察する。
(鏃が赤くなった以外、特に変わりはなさそうね。ということは、鏃にだけ御力を籠めれば効率がいいんじゃないかしら。)
サクヤは矢を両手に乗せるのではなく、鏃が顔の正面に来るよう縦に持ち、心の中で鏃だけに念じる。
(アカイヌヌシ様、神力を与え下さい。)
サクヤが念じると鏃が仄かに赤くなった。が、その刹那、鏃は砕け散った。
(あれ?失敗した?やっぱり矢全体に籠めなきゃ駄目だった?)
サクヤは呆然と鏃を失った矢を見つめる。
「サクヤ、其方、今何をしたのだ?」
藤十郎は呆気にとられていたが、気を持ち直してサクヤに尋ねた。
「えっと、先生が御力を籠めた矢は鏃が赤くなっていたので、鏃だけに御力を籠めた方が効率的じゃないかなぁって。でも、それじゃ駄目だったみたいです。」
サクヤは素直に答えた。
「鏃だけにか…。新七、すまぬがもう一本矢をくれぬか?」
藤十郎に声をかけられ我に返った新七は、慌てて矢を手に取り藤十郎に渡す。
「この子が、弥九郎の言っていたサクヤちゃんか…。」
新七はそう呟くと、ニヤリと笑う。
藤十郎は矢を受け取ると、サクヤのやっていたように鏃を上向きに構え、再び祝詞を上げる。
すると、同じように鏃が仄かに赤くなったが、先程より赤が濃くなったように見えた。
「なるほど。確かにこの方が効率が良いかもしれぬ。このやり方でも正しく『破魔の矢』になっているようだ。」
藤十郎は感心したようにサクヤを見たが、訝しげな表情に変わる。
「しかし、鏃が砕け散るというのはなんとも…。新七よ、其方欠陥品を作ったのか?御力を籠めただけで鏃が砕け散るなど、聞いたことがないぞ。」
「この鏃は金鉱の集落で鍛えられた最高品質の鋼鉄です。欠陥品なわけがありません。ただ、砕けた破片がこんなに赤黒くなっているのは…。御力の籠め過ぎだとしか…。」
藤十郎と新七は同時にサクヤに目をやる。
(そのような目でみないでください…。)
「では、3本一緒に籠めてみては?」
(安澄!適当な事をあっけらかんと言わないで!)
「ほぅ、それはいいかもしれないな。」
新七がその気になった。
(やめて!小平太の妖扱いが否定できなくなっちゃう!)
「いや、あの、私、御力を使い過ぎたのか、ちょっと気分が…。」
「うむ、慣れないうちは倒れる者もおるくらいだ。無理をさせてはいかぬな。新七、又の機会にしてくれ。」
ちっ!
(ちっ!って言ったよ、今、この人!)
サクヤは新七を睨んだが、新七はどこ吹く風で鏃の破片を集めて観察していた。
夜にはもう1話上げる予定です。
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