帝の弟
第6話です
元気があれば、今日中にもう1話投稿したいと思ってます。
宮城の庭園を眺めながら豊秋彦は物思いに耽る。
(コノハは息災であろうか…。もし身籠っていたのなら、その子も今年で10歳になる頃か。)
赤犬山で彦次郎と名乗っていた男は、未だ忘れることが出来ぬ女への未練に、己自身で呆れながらも、忘れるつもりもなかった。
(もし、頼りにして来てくれることがあれば、約束通り全霊をあげて守りきらねばならぬしな。)
「豊、又赤犬山の女の思い出に耽っているのか?」
「帝!?」
「2人だけのときに帝はやめろ。」
「そうでしたな、兄上。」
豊秋彦は、不意に声をかけられたことで冷静な対応ができなかったことを恥じた。
「あまり話したがらぬが、あれから十年も経とうかというのに、未だ未練があるとは。そんなにいい女であったなら、何故連れて帰らなんだ。」
「あれがあれらしくいられるのは、彼の地故かと思いましたゆえ。」
「なるほどな。ときに豊。今年の参拝は其方が行ってはくれぬか?」
「何か気がかりがお有りで?」
「なに、参拝したところで力が戻るわけでもないしな。宮城内に勧請しているのだ。態々山に登らずとも良いのではないか?」
「赤犬山に入ってしまったとき、彼の地では不思議な力を感じました。足を痛めてましたが、治りも早かったように思います。やはり、神域にいるというのは、力を増やすのにそれなりの効果があるのではと愚考します。」
「ならば、其方が暫し滞在してみて効果を確かめ、効果があるようなら私が参るでもよいのではないか?」
「わかりました。良い報告を期待してくださいませ。」
豊秋彦は暇の挨拶をして、帝の御前を辞した。
帝の離宮を出て、自身の邸に戻る途中、面倒臭い男に出くわした。
「これは皇弟殿、ご機嫌麗しゅうに。」
「叢の三位か。いや、今は右大臣だったか。」
「皇弟殿に憶えて頂いていたとは光栄ですな。ところで、今年の参拝は皇弟殿が参られるとか。相変わらず帝は神事に御興味がないようですな。」
(私より先に知っているのか…。)
「なに、色々確かめたいこともあるのでな。多忙な帝より、身軽な私が行く方がゆっくり検証できるゆえな。して、右大臣殿は帝に何か御用かな?」
「ただの御機嫌伺いにございますよ。もはや某の具申など耳を傾けても貰えませぬ。」
「よく言う。今度は娘を皇太子に嫁がせようとしているらしいではないか。」
叢の一族は、交易港の権益を一手に握って以降、多くの事業に手を広げ、宮城内に邸を設ける貴族の中では、一二を争う裕福さであった。富の次は名声を。将来の帝の外戚になることは、最も手っ取り早く名声と権力を握る手段であった。
「まさか。その様な噂を真に受けておられるので?某は少しでも帝の御力になりたいと願っておるだけです。」
(相変わらず喰えぬ男だ。)
帝に権力を戻すには、失いつつある御力を戻すことが不可欠だ。しかし兄である帝は諦めているのか、お飾りの最高権力者の地位にしがみついているようにしか思えない。或いは周りがそうさせているのか。
(何とか御力を戻す方策はないか?)
豊秋彦の苦悩は尽きない。
都を離れ、豊秋彦は日輪山を御神体とし、日輪大神を祭神とする日輪大社に参拝した。暫くはこの社の客殿に滞在し、狩り等をしながら山の幸を食べて過ごすつもりだ。
(赤犬山と似たような力を感じる。ここにも天女のような女がおればなおよいが。)
愚にもつかぬ考えに自ら呆れながら、山の生活を楽しんだ。
山に来てから半月、明らかに御力の増強を感じる。
(これは…。やはり神域におればこその効能だ。一族が今の都に移り住むようになって久しいが、きっとあの頃から少しずつ力を失っていったのだろう。いくら勧進しようと、神域から出ては力は保てぬのだ。
あとは如何にして帝…兄上や貴族どもを説得するかだな…。)
一月振りに都へ帰った豊秋彦は、まずは己が邸に入る。
「明日は一番に帝に拝謁し、帰還の挨拶と神域滞在の効能についてお知らせする。先触れを出しておけ。」
家人に命ずると、酒を用意させた。
「父上、お帰りなさいませ。大社への長き逗留、いかがでごさいましたか?」
「若千代か。良い成果を得ることができた。今宵は前祝いだ。其方も飲め。」
豊秋彦は上機嫌で息子にも酒を勧めた。
若千代は元服前で、12歳になる。豊秋彦の正妻との間に産まれた長男であり、跡継ぎ候補の筆頭でもあった。
豊秋彦は上機嫌で杯を重ねた。若千代は程々で止めておいたが、この様に機嫌良く酒を飲む父を初めて見た。
「やはり、帝は御神域にあってこそなのだ。御山に住む山の民を山猿などと蔑むが、我々も元は同じなのだ。山の民は邪な心根の者がおらず、接していると此方の心も洗われるようだ。」
勢いがついたのか、豊秋彦は息子に
「母には呉れ呉れも黙っておけよ。」
と、前置きしてから、赤犬山での出来事を語り始めた。
「其方も時間がある元服前に旅をしておくといい。必ず得るものがあるはずだ。その代わり何かを失うこともある。私の心は未だあの女に囚われたままだ。だが、後悔もしていないし、あれが望むなら直ぐにでも迎えに行くし、頼って来るなら受け入れる。」
正妻の子である若千代は少し複雑な思いで聞いていたが、父の話す天女のような女に、自分も会ってみたいとも思った。
評価の程、宜しくお願いします。




