狩りの後始末
第5話です
小平太は憮然としたままへたり込んでいた。本当は立ち上がってサクヤを詰りたかったが、命の危機に瀕して腰が抜けていた。
(チビらなかっただけでも良かった。)
暫くして駆けつけた庄吉達は、眉間を射抜かれた大猪を見て目を丸くする。
竹蔵はサクヤに呆れながらも、大人を呼ぶべく里へ向け走った。
駆けつけた宮守達は、コレまた目を丸くする。
「コレは誰が射抜いたのだ?」
「そこの妖です。」
小平太は憮然としたまま応えた。
「ちょっと!妖とは失礼ね。せっかく助けてあげたのに。」
サクヤは頬を膨らませる。先程の鬼神か天女を思わせる雰囲気は微塵も感じさせなかったが、小平太は何故かホッとした。
「その弓でか?大人用とは言え小弓だ。よくこの大猪の眉間を貫いたものだ。」
「この大猪も不運だったな。この大きさなら、もう少しでモノノケか妖になれただろうに。よもや小娘の放った矢で命を落とすとは、思いもよらなんだろう。」
「そういえばその娘、サクヤと言ったか?こないだソコの山道で、妖に化かされた娘ではないか?」
いつの間にか妖に化かされたことが確定していて、サクヤは納得しかねたが、反論もできなかった。
「この娘が山に入ると、モノノケや妖を呼び寄せるのかもしれんな。何にせよこれだけの大物だ。今宵は宴が開けそうだ。」
宮守達はそう笑いながら猪を担いで里への帰路についた。
後ろをついて帰路につくサクヤ達だったが、サクヤはまだ小平太をジト目で睨んでいた。
里は思わぬ大物の収穫に沸いた。
大猪だけでなく、サクヤが狩ったウサギ、キジ、穴熊などもいたため、本格的な宴の準備が始まった。
宴の前に、サクヤ達は一旦帰宅する。
サクヤの後ろを歩く小平太は、やり場のない苛立ちと焦りに駆られていた。
(俺がサクヤを守ってやらなきゃって思ってたのに。俺がサクヤに守られてるじゃないか。このままじゃ、俺はサクヤと共に歩めない…。)
「ねぇ、母様。ウサギの肝や心の臓は薬の材料になるの?」
「聞いたことないわねぇ。穴熊なら使ったこともあるけど。」
(騙された。小平太め!妖呼ばわりした件も含めて、後で仕返ししなきゃ。)
いつもの小袖に着替えたサクヤは髪も結い直した。
「今宵は里挙げての宴らしいじゃない?夕餉の準備をしなくていいから助かるけど。小平太達も腕を上げたのね。頼もしいこと。」
コノハは、まさか大猪を射抜いたのがサクヤとは思わず、微笑ましく思っていたが、後で真実を知り度肝を抜かれることになる。
サクヤは態々訂正するのも面倒だったので、あえて何も言わなかったが、コレまた後で後悔することになる。
宴が始まると、本日の英雄は誰かと話題になったのだが、まさかサクヤとは思わなかった里の者達は、小平太達を祀り上げ称賛を贈る。
小平太達も戸惑い、必死に弁明するが、誰も信じないし、困っている小平太を見てサクヤはニヤニヤ笑っているだけで、名乗り出ることもしない。
サクヤとしては妖扱いされた仕返しのつもりだったので、小平太達を放置したまま、猪の肉に舌鼓を打っていた。
コノハも小平太達を微笑ましく見ていたが、ソコに猪を運んでくれた宮守の1人、弥九郎がやってきてサクヤに声をかけた。
「サクヤ、自分の手柄なのに、あのままでいいのかい?」
「いいの、いいの。私を妖扱いした悪い奴は、ちょっとくらい懲らしめてあげないと。」
「はははっ!サクヤは中々強かだ。しかもあの弓の腕前だ。もうすぐ御力量りの儀だろう?前例はないが、巫女が弓兵になるのも見てみたいものだな。」
弥九郎はそう言うと、笑いながら去っていった。
「サクヤ…。今の宮守の話はどういうこと?」
コノハは全開の微笑みでサクヤを睨む。
「えっ?いや、その、小平太が猪に突進されそうになってたから、必死で矢を放ったら、偶々猪の眉間に刺さって倒すことができたの…。」
「あなたぐらい娘が、どんなに頑張ってもあの大きさの猪の眉間を貫ける訳ないでしょ。まさか、これも御力とか言わないわよね。」
「ち、違うと思うけど。チョットだけその辺の男子より弓が上手いかなぁってくらいだと…。」
「ふ〜ん、そう。じゃあ、お肉も食べたことだし、面倒なことになる前に帰るわよ。」
「ひゃい…。」
サクヤの宴はあっという間に終了を告げ、真の主役がいない宴は、偽りの主役を祀り上げたまま、明け方近くまで続いた。
そして、コノハによるサクヤへの説教も長時間に及んだのだった。
サクヤが泣きべそをかきながら眠りについた後、コノハは1人頭を抱える。
(ちょっと、彦次郎様!貴方様はなんて子を授けてくれたのよ!癒しの御力だけじゃなく、弓の才まで受け継がせるなんて思いもよらなかったわ!)
コノハはそこにいないはずの彦次郎を睨み付ける。
(あの子、巫女に選ばれることは間違いなさそうだけど、弓兵ってどういうこと?あの宮守は確か山兵の中でも頭格だったはず。下手すれば本当にサクヤを山兵に引っ張りかねないわ。)
泣きながら眠ったサクヤの方を見ながら深い溜息をついた。
翌朝、サクヤにお使いを頼むと、コノハは目の下に隈を作った小平太を捕まえ、家の中に引っ張り込む。
「小平太。昨日の狩りで起きたことを詳しく教えて頂戴。」
コノハはサクヤとはそれ程似ていないが、今でも男を魅了するだけの美しさがあり、小平太はまだ子供ながらも、コノハの微笑みに魅入ってしまう。
小平太は自分が知っている限りの事を、詳しく説明した。
一通り聞いたコノハは、又しても頭を抱える。
(我が子ながら、想像以上のバケモノね…。)
「小平太、貴方から見てもサクヤの弓の腕は確かなの?」
「多分だけど、山兵の弓の名手でも中々いないんじゃないかな、あんな芸当が出来るのは。」
小平太は的の板を真っ二つにした時の話をして、大猪を射抜いた時の情景を説明する。
「サクヤの凄い所は、腕前もだし、あの状況でまったく慌てることなく正確に猪に眉間を射抜ける胆力だと思う。人に教えるのはまったく駄目だけど、人には見えない何かが見えてるとしか…。
そういえば、俺が猪に気付いて突進されるまで、ほんの一瞬の出来事だったのに、サクヤはそこに駆け付けてくれてたんだ。アイツと別れてキジを追ったとき、サクヤのいた場所と猪の出た場所はかなり離れていたのに、どうやって猪に気付けたんだろう…。」
今の今まで気付かなかったことに気付いてしまった小平太は、全身の血の気が引いた。
「やっぱり神様の使いなのか…?」
「変な事言わないの。あの子は間違いなく私が腹を痛めて産んだ子よ。」
(と、言ってみたものの、マジで何なの?そんな妖じみたことがあり得るの?それとも彦次郎様は都人どころか、妖だったってこと?私、妖の子を産んだの?)
埒もないことに思考が及んで、収拾がつかなくなったコノハだったが、小平太の手前狼狽えることは出来ないため、なんとか顔を繕った。
「ありがとうね、小平太。中々面白い話だったわ。でも、変な噂が立つのも困るから、貴方が気付いたことは皆には黙っておいてくれる?貴方の為にも、サクヤの為にもね。」
会心の微笑みで小平太の手を取ると、小平太は顔を真っ赤にしてコクコク頷き、フラフラと家を出ていった。
小平太が出ていったあと、コノハは考えを整理する。
(サクヤがとんでもない才能を持っていることは分かった。ただ、サクヤの話では、弓の腕は御力ではないと言う。何処まで本当かはわからないけど、治癒の御力がある事は間違いないのだから、これは利用出来るのではないかしら?
御力量りの儀の後、御力が何かという話になるはず。その時、図抜けた弓の才があれば、それが御力ということにはならないかしら?実際私もそう思ったもの。宮守の男(弥九郎)もそう思っている節があった。これはサクヤにも話しておかなければならないわね。)
大猪退治の顛末を見届けていたのはアカイヌヌシも同じであった。
(あの娘にあの様な才があったとはな。我が直々に先見の力を与えてやったが、そこまでせずとも良かったやもしれぬな。
まぁ、結果として連れの小僧の命が救われたのだから、悪くはなかったのだろうが…。
しかし、あの娘。思わぬ拾い物だったやも知れぬ。久々にあやつらの顔を拝む機会もあるやも知れぬなぁ。)
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