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コノハの過去

第3話です

サクヤの出生の秘密です

 サクヤの母コノハは、幼い頃から里でも評判の器量良しで、調薬の腕も一流だった。サクヤも器量良しであったが、母にそっくりという訳では無い。コノハはクールながらも柔らか味のある、サクヤは中性的でクールなタイプの美人である。

 御力もあったため巫女になったが、薬師を続けながら巫女舞の舞手も務めた。


 そんなコノハに言い寄る男は多かったが、里の男に魅力を感じなかったコノハは、縁談を固辞しながらも、確実に成年の儀の年齢に近づきつつあった。


 成年の儀を一月後に控えたある日、薬草を採取する為、山に入ったコノハはある男と出会った。

 男は高貴な身分であろう雰囲気を漂わせていたが、豪華な狩り装束に弓を手にしたまま、山道脇の大きな楠の根元で苦痛に顔を歪めて座り込んでいた。

 男の顔に見覚えはなく、明らかに里の者ではない。御神域である赤犬山は、里の者以外の狩りは禁止されているので、恐らく迷い込んできたのであろう。


「いかがされましたか?」


 コノハは男に歩み寄り声をかける。

 男は声をかけてきたコノハに目を丸くして暫し固まっていたが、我に返ると再び苦痛の顔で返事をした。


「狩りの獲物を追って道に迷ってしまい、途方に暮れていたところで段差で挫き、足を痛めてしまった…。ところで、ここは何処の山であろうか?」

「赤犬山です。」

「赤犬山!知らぬ間にそのような所に入り込んでしまったか。早く退去せねば問題になりそうだが、この足ではそれも難しいか…。」

「ココから少し行った所に、今は殆ど使われていない炭焼き小屋があります。私は薬屋ですので、痛み止め程度ならその場でも作れます。そちらで暫し養生されてはいかがでしょうか?」

「そうさせて貰えれば助かる。」

「では、肩をお貸しします。」


 コノハは男に肩を貸し、小屋の方へ歩き始める。男の顔は痛みに歪みつつも、真っ赤に染まっていた。


「骨は折れておらぬようです。10日もあれば自力で歩けるようになりましょう。私は一度里に戻り、食べ物でも持って参ります。」

「世話を掛けてすまぬ。其方名は何と…、いや、私が先に名乗らねばな。私は…彦次郎と申す。其方は?」

「私はコノハと申します。」

「コノハ殿か…。良い名だな。」

「それでは行ってまいりますね。」


 里ではまずお目にかかれない、高貴な佇まいを醸し、その割に高飛車ではなく、初心な反応を見せる男に、コノハは強く興味を惹かれた。



 5日も通ううちに、お互いに惹かれ合っていることにも気付いた頃、コノハは唐突なことを願った。


「私の里では、成人の儀までにツレアイを見つけられぬ者は、集団で睦事を交わす因習がございます。私はそのようなもので誰の子か分からぬ子をなしたいと思いませぬし、里の誰かと夫婦になることも考えられませぬ。彦次郎様、そうなる前に私にお情けを戴けぬでしょうか?」


 発すべき言葉を失った彦次郎は、生唾だけを飲み込む。


「私で良いのか?」


頷くコノハに、彦次郎の理性は霧散した。



 それから彦次郎の怪我が癒え、都に帰る日まで、毎日のように2人は睦み合った。本当は彦次郎の怪我は10日もしないうちに歩ける程度には治っていたが、コノハとの別れ難さから日延べし、帰路につくと決めたのが15日目であった。


「コノハ、私と共に都に来てはくれぬか?正室とまではいかぬが、妾などではなく、側室として迎える。周りが何と言おうと、私が守ってみせる。」


 彦次郎の顔は哀願に近いものであったが、コノハはその願いに応えられなかった。


「私はこの里から出たこともなく、都などに行けば、作法も弁えぬただの山猿の娘です。お気持ちだけ有り難く頂きとうございます。」

「そうか…。この里におれぬようなことになったときは訪ねてきてくれ。その時は私がコノハと腹の子を全力で守ってみせる。」

「まだ身籠ったかどうかはわかりませぬが、その時は頼りにさせていただきます。」


 美しく微笑むコノハを抱き寄せた彦次郎は、絞り出すように声を発した。


「さらばだ。」



「小六、貴方にしか頼めないの。」


 コノハに呼び出された小六は、一瞬だけ期待を持ったが、その期待は次の言葉で脆くも崩れ去った。


「私のお腹には、ある人の子供がいる(はず)。その人とは訳あって一緒にはなれないの。かといってこの子がいるのに誰かと夫婦にはなれない。けど、このままでは成人の儀の夜の集いに参加しなければならないわ。小六にとっても貴重な機会だということは分かってるけど、お願い!その日は朝まで私の側にいて。」


 小六の心境は複雑だった。この里の男でコノハに気が無い者はほぼいない。そんな男達の中で、自分を頼ってくれたこと、そして憧れのコノハと一晩褥を共にできる。ぱっとしないモテない男の小六にとっては望外の出来事である。ただし、前段の話がなければだが。いっそ「子供がいてもいいから、夫婦になろう。」と、喉まで出かかったが、出された茶と共にぐっと飲み込んだ。覚悟を決めたようなコノハの顔を見て、期待する言葉が返ってくるとは思えなかったからだ。


 「わかった。俺でいいなら助けになろう。」


 顔で笑い、心で泣いていたが、小六に断るという選択肢はなかった。




 迎えた成人の儀の夜。

 コノハと小六は若い男女が集う一間に共に入ると、すぐさま布団に包まった。他の男達もいの一番にコノハに声をかけようと構えていたが、その暇も与えなかった。


 小心者の小六は、コノハと密着するだけで心臓が破裂しそうになり、理性の防波堤は決壊寸前だった。

 そんな小六にコノハは呟く。


「ごめんね、小六…。」


 今にも泣きそうなコノハの囁きは、心の底から小六に申し訳ないという思いが伝わり、小六の衝動を押し止めた。


 暫くすると他の男がコノハに声をかけてきたが、コノハは頑なに拒否した。

 男も無理強いは出来ない。衝動に任せて無理を通せば、邪な心が露わになってしまう。邪な心を露わにすることは、山に入ったとき、モノノケや妖の格好の餌食となるからだ。モノノケ達は、邪な心を持つ者を好んで喰らう。山の民にとっては当に死活問題となるため、指を咥えて見てる他なかった。



 その後コノハは無事に身籠り、サクヤを出産した。

 状況から考えて小六の子以外あり得ないのに、2人が夫婦にならないことを周囲は訝しんだが、小六は真実を口外することはなかった。



(久し振りにあの頃の夢を見たわね。)

 昨日包丁で切ってしまった傷があった箇所を見つめてコノハは呟く。


「やはりあの方は高貴な身分の方だったんだ。」


(しかもあれだけの御力をサクヤが使えるということは、極めて帝に近い人物だろう。気まぐれであったとしても、とんでもないお方に情けを頂いたものね。)


 今更ながら若気の至りだったとは思ったが、後悔しているわけではなかった。


(サクヤは自分の御力に気づいてないみたいだけど、あれが里の人に知られたら…。今は皆が小六との子だと思ってるみたいだけど、あの御力が知られれば、必ず都の者との子だと気付かれる。その時は本当にあの方を頼らなければいけないかもしれない。)


 コノハは眠れぬまま朝を迎えた。


第4話は、明日投稿予定です


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