弓寮と妖鹿
目が覚めたので更新します
「おう、『赤犬山の妖狐』じゃないか。」
「そのような二つ名を持った憶えはありません。」
サクヤは巫女寮の研修を終え、今日から山兵部弓寮での研修だったが、山兵部の棟に入ったとたん、顔見知りの弓兵にそう呼ばれた。
「今更挨拶もないな。此処の連中は皆お前を知ってるし、お前も大体顔を憶えたろ。名前は追々憶えればいいさ。因みに、俺は勘助だ。
頭(弥九郎)は、妖が出たって呼ばれて、宿場町の反対側の山の方に出張ってるので留守だ。
頭が不在の間は、隊長の俺が指揮している。」
「隊長とは頭のことではないのですか?」
「寮の長を『頭』と呼ぶから、頭のことを隊長とは呼ばないな。頭に代わり隊の指揮を執る者が隊長だ。隊長をできる奴は3〜4人はいるから、状況に応じて指揮する者が変わるんだよ。今は隊が別れて行動しているから、頭以外の隊の指揮を執る隊長と、頭に何かあった時、代わって指揮を執る副隊長がいる状況だ。」
「何となく分かりました。」
「じゃあ、早速稽古と参道警備の2隊に別れるぞ。警備組の指揮は三郎太が執れ。」
サクヤは稽古組と的場に向う。
「サクヤの腕前はもう分かってるから、稽古のやり方は任せる。正直、俺に教えれることはなさそうだからな。逆にコツがあるなら教えてくれよ。」
勘助は禁句を言ってしまった。
「ははは、やっぱり天才の言うことはよくわからんな。」
勘助の乾いた笑いだけが響き、弓隊の男達は、揃って項垂れている。
「ありがとよ。後は自分達でやるから、サクヤは自分の稽古をしてくれ。」
そう言われ、サクヤは1人で稽古を始めようとした時だった。サクヤは不穏な気配を感じた。
「勘助!参道に妖が出た。三郎太の隊が応戦しているが、怪我人が出ているようだ。すぐに応援に向かってくれ!」
「サクヤ!情けない話だが、この中じゃお前が今1番の戦力だ。研修中なのに悪いが、一緒に応援に加わってくれ!」
「わかりました。」
「他は腕の立つもの10人、準備をしろ!他の者は破魔寮に行って、有るだけ破魔の矢をもらってこい!」
弓寮の兵達は、テキパキと準備を始める。サクヤは防具を着けると、的場に再集結した。
「よし!出陣だ!」
参道の3合目に着くと、三郎太と兵達が列を作って妖に斉射している。
妖は巧みに矢を躱すと、列の方に突進してくる。
(前に見た、異形の鹿に似ている。)
サクヤは、口には出さないまま矢を番える。
「鹿の妖か。妖魔に成りかかってるな。見境なく攻撃してくるぞ!」
三郎太隊に接近して来た妖鹿は、斉射を受けるも、矢を弾き飛ばす。
サクヤは弓を絞ると、妖鹿の眉間に狙いを定め矢を放つ。妖鹿は、サクヤの放った矢を角で弾き、突進をやめて態勢を立て直す。
(弾いた。あの妖鹿、賢いなぁ。)
サクヤは感心してしまった。
妖鹿もサクヤの矢を警戒したのか、距離を保って様子を伺っているようだった。
「サクヤの矢が弾かれないよう、俺達が隙を作る。三郎太!交差陣をとるぞ!」
呼応した三郎太隊は、勘助隊と射線が交差する位置へ移動を開始する。
「ここは私が囮になって前へ出ます。両隊長は『破魔の矢』を番えて、交差陣に入って来た鹿を射止めてください。」
サクヤは、自習期間に色んな本を読んだが、その中で特に読み込んだのが兵法書であった。
交差陣は強力な陣形で、交差点に入ってしまえば不可避だが、陣形がわかってしまうと、態々そこに飛び込んでくる馬鹿はいない。妖鹿は賢いので、決して交差点には入ってこないだろう。ならば、自分が囮になり、鹿が矢を回避できない距離まで近づけば、両隊の移動から鹿の目を反らすことができるのでは?と考えたのだ。
「いや、研修中のお前に、そんな危険な役をやらせる訳にはいかん。」
「でも、私が1番の戦力だとおっしゃいました。ならば、私の他にお任せできる方はいません。」
サクヤは鹿の正面に、矢を番えて歩き始めた。
「くそっ!行くぞ!」
三郎太も勘助も言われたように動く他ない。
サクヤは妖鹿とにらめっこ状態だったが、サクヤは挑発するように妖鹿に声をかける。
「まだ、人語は解さないかしら。邪な人間を喰らったことで、強くなれたと勘違いしてない?人語も解さない程度で、私の矢は防げないわ。躱す自信があるなら、堂々と立ち向かってきなさい!」
(少しは気をそらせたかな?流石に言ってる意味は分からないだろうけど。)
サクヤの言葉に応じたのか、妖鹿は突進の態勢をとる。
「黙レ…ヒトノコガ…」
(うわっ!喋った。人語を解しつつあるということは、本当に妖魔に成りかけてる…。)
サクヤは、一度番えた矢を外し、破魔の矢に持ち替える。
鹿はその隙を逃さず突進してきた。
鹿が一気に距離を詰め、サクヤに角を向ける。
「今だ!」
勘助と三郎太は、交差点に入った瞬間
、破魔の矢を放った。
矢は妖鹿を捉え、妖鹿は体勢を崩すが突進は止まらない。
(悪いけど、あなたは長く生き過ぎたの。)
サクヤは矢を放った。当たると確信して。
サクヤの放った矢は、妖鹿の眉間を捉えると、そのまま貫通する。
妖鹿の足は止まり、その場に崩れた。
(ちょっと御力を籠め過ぎたかな。)
そう思ったが、調整する余裕もなかったので仕方ない。
サクヤは崩れ落ちた妖鹿の前で膝をつくと祝詞を上げた。
「赤城の山におわす、畏きアカイヌヌシの神よ。長く生き山に仕えた妖鹿に、安息の刻を与え給え。」
妖鹿は崩れ、灰になって散っていく。
駆けつけた勘助は、サクヤの姿を認めると、感嘆の呟きを漏らす。
「なんと神々しい…。」
その声はサクヤには聞こえなかった。
「おま…いや、其方は妖をも哀れみ、慈愛の心を忘れぬのだな。」
「妖とて、元は我々と同じ山に生きる者です。長く神様にお仕えしたのですから、労いも必要かと思いまして。」
「…そうだな。其方の言う通りかもしれん。」
集まってきた兵達はサクヤの周りを囲うと、同じように追悼の祝詞をあげた。
以後、この討伐に参加した兵達から、『サクヤ様』と呼ばれるようになり、サクヤは困惑することになる。
予定してる第一部も後わずかです
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