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魔物のお医者さん  作者: 浅見カフカ


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4/6

追放

玲司に胸を貫かれた医者が倒れるのを、ゴブリンと人間が支えていた。

ゆっくりと寝かせて、傷口に何枚ものタオルを押し当てて止血を試みていた。

おそらく無駄だろう。

彼は今、溺れている。

気道が血で満たされる前に、どうにかしなくてはダメだ。


「花蓮、あのテントを狙え。乃愛は火がついたら風を起こして火災旋風を。弁慶と俺は、出て来た連中を斬る」

玲司の的確な指示は、ひとりの生存も許さない意思表示だった。

そんな中で俺は、何故だろう。

死にゆく医者に駆け寄っていた。


リュックから取り出したポーションを傷口に流した。

経口薬だが深い傷口には即効性がある。

あとはこれが人間に使えるかどうかだけれど——

動物用の気管支ブロッカーをリュックから取り出した。

気道に挿管して出血箇所からの血液流入を止める。

呼吸さえ出来れば。

医者の気道を確保して口を開いた。

そして挿管......

口の中に器具を入れようとしたところで、横から殴り飛ばされた。

まだ子供のゴブリンだが、さすがはモンスターだ。

ひ弱な俺くらいならブチのめせそうだ。

医者を守ろうと必死に庇っていた。

説明している暇もない上に、そもそも言葉が通じない。

——どうしたらいい?

早く血を抜かなければ助からない。

戸惑う俺の前にゴブリンがもうひとり現れた。

もうダメか。

そう諦めかけた時だ。

「オマエ、先生、スクエル?」

俺は頷いて、身振り手振りで説明した。

彼は自分をエドと名乗った。

エドは小さなゴブリン頭を撫でると、その場所を空けさせた。


再度挿管する。

動物用だが理屈は同じはずだ。

ゆっくりと気管支に傷をつけないように挿管した。

これで溺れることはないはずだ。

あとは自発呼吸が戻ればいい。


「花蓮さん、国王軍の兵士もあのテントに居る!!」

俺は叫んだ。

ほっとしている場合では無かった。

あの医者はここを赤十字だと言った。

ならば絶対に守らなくてはいけない。

獣医師の卵とはいえ、俺も医者の端くれだ。

「乃愛さん、このままじゃ人殺しだ」

「弁慶さんも、国王軍の兵士を殺してしまったらどうなるか分からないですよ」

詠唱と風が止んだ。

ただ、玲司さんと弁慶さんは構えを解かなかった。

「じゃぁ、魔物だけぶち殺せばいいじゃん」

玲司さんの言葉に弁慶さんも頷いた。

「豊本、お前もだって散々見てきただろ。腹を裂かれて胎児を食われた妊婦や、肝だけ抜かれた死体の山......コイツらのおぞましい所業を」

弁慶さんの奥歯がギリギリと鳴った。

弁慶さんの義憤も理解出来るが、それは彼らの罪ではない。

そしてこの期に及んで彼らは無抵抗だ。


なんとか説得を——

そう思案した時だった。

小さなゴブリンが俺の袖を引いた。

指さす方を見ると医者の顔色がおかしい。

チアノーゼだ。

気道は確保してある。

自発呼吸がなかった。

肺気胸だ。

肺に穴が空いている。

「エド!!瓶に水を入れて持ってきてくれ。あと、管と布とロウソクだ」

俺の言葉にエドが駆け出した。

「乃愛さん、あなたの精霊でこのお医者さんの肺に空気を送ってくれませんか?このままでは死んでしまいます」

逡巡しながら彼女は玲司さんを見た。

苦々しく険しい表情だ。

「救える人が救わなければ、それは殺してしまうことと同じだ!」

俺の言葉に反応があった。


——玲司さんの。


「役たたずが仲間を侮辱して足を引っ張るな!」

剣が振るいおろされた。

刹那、血しぶきが上がり顔を染めた。

血は、俺の上に覆いかぶさった小さいゴブリンのものだった。

俺を殴ったゴブリンの。

「あ、あ、あぁあぁ」

俺は彼を抱きかかえると、失語症にかかったようにそれだけを言い続けていた。

そして何かが弾けると、素手で殴りかかっていた。

「バカ、死ぬぞ」

弁慶さんがタンクのスキルを発動していた。

俺は子供のように弁慶さんの胸を泣きながら叩いていた。

そしてその背中では玲司さん...玲司の剣を一身に受けていた。

俺と玲司は、お互いの敵意をタンクのスキルを発動した弁慶さんに向けていた。

そして斧を置くと、その拳を玲司に叩きつけた。

「頭を冷やせ、お前たち!」

激しく吹き飛ばされた玲司は気を失っていた。

「豊本。リーダーの意思に従えないばかりか、仲間を脅したお前は——追放だ」

弁慶さんはそう言って玲司を肩に担いだ。

そして「救ってやってくれ」と言って去って行った。


医者は精霊の働きで今は呼吸をしていた。

けれど乃愛さんが皆と行ってしまったので、その効果もあと数分だろう。

俺はエドが持ってきた瓶の水を適量まで減らすと、布で蓋をした。

そこに切り込みを入れて管を二本通す。

長い管は水の中へ。

短い管は水面より上に。

そして蓋を蝋で固めた。


医者の肋骨に手を当てる。

ゆっくり肋間を探ると、アルコールを十分に噴霧した。

俺の手も、ナイフも器具も。

皮膚を裂き脂肪層を分け、筋組織を通過した。

血液が流れ落ちた。

もう血は十分だ。

獣医師になるには失格だろうか。

そんな思いが過ぎった。

そこに自作した器具の管を挿管した。

水が泡立ち始めた。

これで安心だ。

胸に溢れた空気を抜いて、風船のように萎んでしまった肺を膨らませる。

これで自発呼吸が始まるはずだ。


ようやくほっとした俺は、その場に仰向けに倒れ込んだ。

青い空が徐々に暗くなっていった。

周囲のざわめきも遠く遠く——



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