手術
供血者が二列に並んでいた。
「六十キロ上と六十キロ下」
なるほど、採血量か。
俺は頷くと「四百と二百ってことか」と言って採血を始めた。
採血が終わるとエドが供血者の手首にリボンを巻いた。
「エド、それは?」
「リボン、外れるまで次出来ない」
なるほど、供血のサイクルを決めているのか。
俺は塚本ドクターの居る手術室を見た。
横幕で仕切られた向こうの手術室。
あの人はたった一人でこのシステムを作ったというのか。
「エド......塚本ドクターって凄いな」
俺がそう言うと、エドは嬉しそうに笑った。
貯まった血液を、看護師のゴブリンたちが何度も往復して運んでいた。
瓶がカチャカチャと揺れていた。
空の瓶は次々に煮沸されて、再び俺の元に戻ってきた。
手術はどこまで進んだだろうか?
間もなく日没だ。
数人の看護師が、ランプや松明の準備を
始めた。
マズい。
出血部位のクランプに、炎の照明はほぼ役に立たない。
「エド!ここを頼めるか?」
俺はエドの返事を待たずに手術室に向かった。
「塚本ドクター、手伝います」
「採血は?」
「エドがやれます」
「吸引を」
塚本ドクターの指示を受けて 吸引器を挿入した。
溜まった血液が施術の妨げにならないよう排出する。
足踏みペダルを踏み続けているうちに、足首に痛みが走り出した。
今ここで止めてしまえば治療も止まる。
俺は踏むのを左足に変えた。
その後は交互に右と左を痛む度に変えた。
塚本ドクターはその間にも縫合やクランプを繰り返し、俺の足がもう動かなくなる頃、ようやく最後の縫合が終わった。
その場にへたり込む俺に「ありがとう、ドクターもよもと」と、疲れきった微笑みを向けると塚本ドクターは手術室をあとにした。
ランプの明かりは壁に俺の影をゆらゆらと映していた。
患者はそのまま動かさずに、周りだけを清掃して安置していた。
俺は彼が目を覚ましてくれるよう祈りながら、意識を遠く感じていた。
誰かが俺を揺らす。
——ああ、もう少し眠らせてくれ。
苦しいな、分かったから「痛い!」
痛みと自分の大声で目が覚めた。
状況が理解できない。
どうして床が見えているのか。
どうして俺の腕は後ろ手に捻りあげられているのか。
「人間が我に何をした?言え」
鋭く尖った爪が、俺の首にゆっくりと突き立てられた。
「しゅ、手術だ」
「それは何だ」
「何だって......」
俺が言い淀んでいると、背後でガシャンと瓶や金属が落ちる音が響いた。
「ゴブリンか、丁度いい。コイツの首を落とせ。人間には恨みもあるだろう」
ふたつの声が聞こえた。
こんな時になんだが、ふたつの声帯を別々に鳴らせることに興味が湧いてしまった。
おそらくもうひとつの音は、魔物の言語だろう。
「もよもと、良い人間。お前助けた人間」
エドの声だ。
「なぜ人間の言葉を話せる」
魔人が俺の腕を急に離した。
俺は受け身も取れずに顔から落ちて「ブヒュ」と情けない声を出した。
「言葉、塚本ドクター教えた。お前治した人間」
「......連れて来い。その人間を連れて来い」
魔人の爪の先が、まだ起き上がれない俺の眉間にそっと置かれた。
指先から冷たい殺意をひしひしと感じた。




