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デイビアの地下迷宮  作者: 奈鹿村
第2章 罪を得て…
6/12

1 迷路に足を踏み入れて



 デイビアの家の上には螺旋階段がある。これを降りると地下迷宮の通路があり、これを進みさらに降りると、いよいよ本格的に地中を奔放に貫く隧道を体験することになるのだ。

 迷宮の一室、壁は土が剥がれ落ち、床は地面がむき出しだ。部屋の中央には、その真ん中で大きく割れた机が倒れていて、その周りに椅子が乱雑に置かれている。壁掛けの紙面が、端の土に打ちつけた所が土ごと崩れて斜めに掛かっていたりする。デイビアはそんな荒廃をした部屋の椅子に掛けている。ここはデイビアの裏手の階段を降り、更に下へ進んで少しした所にある場所だった。エステラはここを、当座の地下の居場所にしようと提案した。

「わたしが見て回りましたところ、地下通路は至るところで崩落により寸断されてしまっています。一部は完全に崩壊し、地中に埋もれてしまいました。魔王崩御後の魔族の混乱の影響もありますが、一番は先の魔王が死んだことにより、ダンジョンの管理者がいなくなったことが理由でしょう。ダンジョンは誰かが管理しなければなりません。そのものの魔力によって、土くれから魔物は生まれ、その魔物が通路を修復し、あるいは増築し、それらを捕食、使役し、魔族が繁栄するという仕組みがあります。そのため管理者がいなければダンジョンの維持に必要な人造的な低級魔物の供給が止まり、あちこちで通路が崩壊します」

 デイビアは頷いた。部屋の壊れた机に目をやって、

「じゃあ、どうすればいいの?」

「差し当ってはゴーレムを生産し、迷宮の拡張をしたいところですが……」

 エステラは言いよどむ。デイビアは小首を傾げた。

「主様とわたし、敷いては本との繋がりが不完全です。そのため、強い魔物を生み出すことができません」

「階段を造るのはそれより簡単だったの?」

 エステラは微笑する。

「造作もないことですよ」

 言って、エステラは周囲を見る。

「主様が来る前に少しこの部屋を調べましたが、ここは魔王軍の作業場だったようです。この部屋の隣に小鬼どもの生産施設がありました。ここではその生産開発を担当していたようです。……ここからは神聖王国の首都が近いです。きっと、それも関係ありましょう」

「どうして、関係があるの?」

「小鬼は人や動物の死骸を材料にします。街が地表に有ればそれの調達がしやすいでしょう。また、魔王軍と人間軍との戦いは拮抗の様相を呈しておりました。今は崩落でつながっていませんが、本来ならば首都の近くまで通路が進出し、地表には隠された「門」を持っていました。ここを拠点に、先の魔王がなにがしかの作戦を考えていたとしても不思議ではありません。……いえ、きっとここ一帯の地下通路は間違いなくそういう意図で作られています。わたしは今の迷宮の管理者の第一のしもべですから、魔力をめ巡らし、一帯の迷宮のおぼろげな姿を想像することができます」

 小鬼のことはデイビアも聞いたことがある。夜、森や郊外の闇の中に隠れて、そこを通りかかった人間を襲う魔物の類のことだった。それは半ば噂のようなもので、魔王の手先として存在すると聞いたことはなかった。デイビアは酷く驚く。そういうものが、本当に存在するのか。

 二人は隣の部屋に移動した。部屋は奥行きはそれほどないが、横幅があった。部屋は奥と手前で柵で区切られている。柵の向こう側はいくつもに区分されていて、そのそれぞれに鉄製の忌々しい雰囲気の槽が設置されている。

 槽は汚れ切っていて、黒ずんでいる。部屋自体が薄暗いが、そのせいばかりではないだろう。槽の内側にはべったりと黒いものが付着していた。

 デイビアは隣を振り仰ぎ、エステラの視線を追う。部屋の奥にも入口があり、その間近に空間があって、そこに土が盛られていた。

「その槽に沈めた生き物と、この土を使って小鬼を生み出していたのです」

 エステラは土を見下ろしながら言う。デイビアは部屋の異様な雰囲気に震えあがっていた。

「地中には魔力を多く含んだ部分が存在します。その部分を掘り出すことで、魔物の製造に使えるのです」

「ねえ、エステラ。あの槽の中には、じゃあ……」

 エステラは横を向く。その顔はまるで無表情だった。デイビアは、部屋内に異臭が籠っていることに気が付いた。一層恐ろしくなる。その中では、泰然としているエステラの周囲だけが安全に思えた。デイビアはぴたりと横にくっついて立つ。

「まだいくらか残っているんでしょうね。でも、もう何にも使えませんよ。腐りすぎています。だってここは数か月も放置されていたんですからね」

「ああそう……」


 二人は先ほどの荒廃した部屋の中へ戻ってきた。

 デイビアは椅子の一つに座り、エステラはその横に立つ。

「ねえエステラ、ここは嫌だよ。だって隣があんなのじゃ、たまらないよ」

「そうですか。わかりました」

 言いながら、エステラはデイビアを見る。

「これから小規模な魔物や魔族を采配することになりますから、適当な部屋が必要なのですが……。なにせここはかつての迷宮の末端もいいところです。碌な空間を伴った部屋がないのです」

「作ればいいんじゃない? エステラが階段を造ったみたいに、個々の中に新しく部屋をつくろうよ」

「ええ、もちろん可能です。しかし、主様とわたしのつながりは不完全です。これから魔物を製造していくにあたって、無駄な魔力消費を避けたかったのですが……」

 エステラはそう言ったが、結局すぐに頷いた。

 入口の螺旋階段に近い通路の一郭で、デイビアとエステラは壁に向き合う。エステラが手を壁に翳せば、壁の向こうで土が大きく揺れる音がした。やがて壁がぐるりと形を変えて、素朴な扉となる。しっかりと扉の形になったら、今度は表面に簡単な意匠が施された。

「終わりました」

 言われて、デイビアはエステラを見る。視線を戻して、扉に手を掛けた。

 両扉を開けると、それなりに広い部屋が現れた。壁と床は土を均しただけだが、まるで板を敷いた面のように滑らかだった。

 エステラが言う。

「上の階の、本が置いてあった部屋を覚えていますか? あの部屋にあった、まだ使える家具類をここへ運びましょう」

「……ぼくは正直、何をしたらいいのかわからないんだけど」

「わたしがいますよ。あなたはこれから、少し物足りないかもしれませんがそこで玉座に座り、新しい配下をそこの面前で跪かせ、迷宮を拡大していくのです。――ここが、新しい魔王軍の本営なのですよ」

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