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Labyrinth : デイビアの地下迷宮  作者: 奈鹿村
第1章 影の玉座
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4 幼馴染は窓辺に座る



「それで、うちの店主がさあ、その客に言ってやったんだよ。あんたには物の良し悪しがわかんないようだなって」


 幼馴染のネルが、デイビアの家の居間の台座に腰かけている。組んだ脚の指先を宙で回しながら、そう嘯いた。


「あの時のあの太っちょの顔ときたら、本当に面白いんだから。まるでお天道様から天下のおおまぬけって烙印を押されたみたいになっちゃって……」


 言いながら、ネルは小首を傾げた。


「ちょっとデイビア、聞いてる?」


「ああ、まあ」


 デイビアは返事をしたが、自分でも気が抜けているのに気が付いた。


「何かあった?」


 座りながら、デイビアがこちらに向き直る。


「いや、別に……」


「ふうん」


 夕暮れ前、日が少しだけ傾き始めるころあいだ。窓の外は明るく、空は青い。


 ネルは立ち上がりデイビアに近づき、腰に手を当て彼を覗き込んだ。


「なーんか、隠し事してないよねえ?」


「してないよう……。あはは」


 ネルは眼を細めて、訝しむ。そしてため息を吐いた。


「ま、いいけど」


 デイビアはほっと一息ついて、胸を撫でおろす。眼を開けてみると、ネルがこちらを軽く睨んでいたのでびっくりした。軽く苦笑いを零す。


「で、でさあ、ネル? 仕事は今日はどうしたの?」


 ネルは街の魔法道具店で働いている。仕事は朝から夕方まである。話の内容と雰囲気からして、今日は休みではなさそうだが。


「んー、特別にお暇を貰っちゃった」


「何かあったの?」


 ネルは少し俯いて、ちょっとお母さんがね、病気してて」


 ネルの両親は、デイビアの両親と仲が良かった。両家は家族ぐるみの付き合いがあったから、デイビアもネルの両親をよく知っている。


「重たいの?」


「ううん! 大丈夫。ただ、重たくなると――」


 ネルは言いよどんだ。わかりやすくデイビアから目を反らす。病が重くなる、というのはデイビアの両親を彼女に思い出せたのだろう。デイビアの両親は、母親が病にかかり、それが重たくなった。次いでその看病をしていた父親に病が移った。父親は母親の、手ずから作った墓の隣で首を括ったが、その病が原因なのかもしれなかった。彼女は咄嗟の発言を恥じている様子だった。


「気にしないで!」


 デイビアは明るく言った。


「でも、そのう、ここへきても大丈夫かい?」


「うん」ネルは頷く。家の方に設えられた窓を肩越しに振り返りながら言う。「父さんがね、たまたま早く帰ってこれたの。だから、おまえはもう好きにしていいよって。デイビアは今日は休みかい? 見てきておいでって、言ってくれたんだ」


「それで来てくれたんだ」


「そっ! でも、今日午後休だって? 運が良いね」


「それはぼくの方? それとも君にとって?」


「もちろん、デイビアがだよ。わたしと会えて嬉しいでしょ?」


 デイビアは微笑して、こくりと頷いた。


「もちろん」


 ネルは元気が良く、勝気な性格だった。弱気なデイビアとは対照的だった。両家の家は近い。そもそもこの二家は、街から外れたところにあって、少し孤立したところがあった。そんな二つの家に、同じ年の子供がいたから、自然と仲良くなった。デイビアにとっては物心ついた時分からネルとは遊んでいたし、そんなネルの両親と、自分の両親が仲良くしているのもずっとみていたから、二家が仲良く無かった時代が想像できないほどだった。だが父親がデイビアに、お前のおかげで友人が増えたんだよ、と言っていたことがあったし、そのことを聞くと、デイビアとネルの関係をきっかけとして、互いの両親の友情が始まったということだった。


(君はいつも明るいね、それときたらぼくは――)


「って、聞いてる?」


「え?」


 はあ、とネルが溜息を吐く。


「本当に今日はうわの空ね。本当に大丈夫? 熱、ない? ……というか、わたしお母さんの病気うつしてないよね」


 ネルが近寄り、デイビアの額に手を添える。デイビアが驚いて首を竦めた。


「うん、大丈夫。全然平気じゃん。あれ? もしかして恥ずかしがってんの?」


「うるさいなあ。いきなり、変なことするから」


 くすくす、とネルは笑う。デイビアは照れ隠しに鼻を鳴らした。



 ネルは窓際の椅子に腰を降ろし、窓辺に腕を置いた。


「これからどうなるんだろうね」


 デイビアはネルの意図を掴めなかった。


「これからって?」


「魔王が死んだでしょ? それで、この国は少しは変わるかなあって」


 デイビアはどきりとした。それは、今のデイビアの心を抉るような話題だった。


 魔王は地下に張り巡らした地下迷宮――これをダンジョンと言う――を拠点に、魔物を糾合し、勢力を拡大していた。地下世界で蓄えた軍隊を地上各地に作った「門」から送り出し、侵略をしていた。


 魔王が倒れたのはつい三か月前のこと。街が大騒ぎだったので、デイビアも良く覚えていた。とはいえその当時、デイビアにとって魔王も世界もどうでもよく、どこか上の空で世間の騒ぎようを眺めていたのだった。


「あら、少しは興味持ったような顔だね。この前までどうでもよさそうだったのに」


「え?」


「わたしの店は魔法道具を取り扱ってるんだけど、戦争が終わったせいで、需要がどんどん減っていくだろうって、店長が言ってた。わたし、いつか一人立ちしたいって言ってるのは、知ってるでしょ? わたしがもう少しして大人になったころには、魔法道具なんかじゃご飯を食べていけないってなってたら、嫌だなあ……なんてね」


 ネルは窓の方を見る。


「でも平和になってよかったよ」


 その言葉に、ネルは視線をデイビアに戻す。


「うん。……わたしたちの両親は、運がよくて、戦争で死ぬことはなかった。でも、沢山の人が死んじゃったよね。……本当に悲しいことだと思う。

 そういえば、デイビアには、これからは良い時代になるんじゃないの? 復興の時代だーって、みんないってるし。復興っていうことは、家を沢山たてるっていうことでしょ?」


 デイビアは首をひねる。


「どうだろうね。この街は戦争には合わなかったから、壊れた家も少ないんだよ。他の街なら別なんだろうけど。だから、どうなんだろうね。ぼくには難しいことはわからないや」


 ネルが背を椅子にもたせ掛けて、腕を組む。


「なーに言っちゃってんのよ! あんた、未来の大将なんでしょ?」


 デイビアは返答に困った。


「……まだ迷ってるの?」


「……うん」


 デイビアは自分の将来を迷っている。大工仕事は嫌いではない。親方や、仲間はみな優しい。親方は自分を弟子として育ててくれている。それは、馬鹿なデイビアにもわかる。だから苦しい。一方で、デイビアは自分の将来を大工としての未来に見出すことができなかった。このまま順当に行けば大工として一人前になれるだろう、とは思う。それだけの熱量は捧げている。それでも、このまま順当に行きたくない、という気持ちが、気持ちの奥底でどれだけ抑え込んでも、見え隠れしていた。


「良いと思うけどなあ、大工。手に職つくし、立派だよ? かっこいいよ?」


「……わかってる」


 デイビアはネルから眼を逸らした。眼のやり場はなく、視線は部屋をふらふらとする。


「でも、その、もしかしたら、他の将来もあるんじゃないかって……」


「それはなに?」


 デイビアには、ネルが自分を心配しているのがわかる。それが苦しい。


「わからないよ」


「なら、大工やりなさいよ」


「大工は、違うんだ」


(心が躍らないんだ)


「何が?」


「…………」


 はあ、とネルが溜息を吐く。


「わたしち、もう十五だよ? 将来迷ってちゃだめでしょ?」


 ネルは沈黙したデイビアを見る。互いに視線を合わせる。デイビアは後ろめたい気持ちで彼女を見ている。


「――明日、もしお母さんが良くなってたらさ、晩御飯食べに来てよ。みんな喜ぶからさ」


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