3 闇の中の悪意は、ぼくをとらえる
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光はない。黒々とした、恐ろしい闇がぼくの周りを取り巻いている。その暗黒はぼくの身体にまとわりつき、力強くぼくを引っ張ろうとする。ばくは闇の中で浮かびあがり、引っ張り上げられ、回転した。少しして、ふわりとした感覚が体を襲い、ぼくは呆然としながら、勢いに促されるままに鉛のように鈍い頭をゆっくりと振り上げた。
何かがデイビアの手に触れる。手首に、その冷たい優しいものがひたと触れる。今度は反対の手首に触れた。感覚が消え、次いで両の二の腕に、その手が握られた。デイビアははっとして息を呑む。まだ頭は鈍い。感覚は薄れていて、それでも何かが自分の近くにいて息をひそめているのは分かる。
手がそっとデイビアの体を登ってくる。二の腕を上がり、脇を持った。デイビアの首筋にひんやりしたものが当てられる。――誰かが、ぼくの肩に顎を乗せているんだ。脇に挟まれた手が胸へ差し出され、デイビアを抱きしめた。
それは奇妙な感覚だ。デイビアを締め付ける手は冷たく恐ろしい。それでも、凝った闇の中では、それがどこか……心を温める。
お前が、と顔の横で声がする。やはり底冷えするような、冷たい声だった。
「お前がわたしを見つけたのか?」
女の声だった。
デイビアは眼を動かし、自分の顔のすぐ横にあるその者の顔を見ようとしたが、視界には入らなかった。
「ぼくは……」
しっ、と声は舌を鳴らし、一方の手でデイビアの唇の端に指先を押し付ける。
「何も言わなくていい。ただ、わたしがお前を感じてやろう……」
その者の両手が、デイビアの胸元から首筋にかけて、肌をなめりながら上がってきた。その感覚は不思議と気持ち悪くない、それどころか、心地よくさえあった。
その手が首を指を回し、優しく締め上げるようにして登り、デイビアの顎から口へと指先を伸ばしてきた。手がデイビアの顔を撫でまわしながら登り、デイビアの髪の生え際をすくいあげる。
デイビアは、声を漏らす。視界の端に白い肌が見えた。闇を仰ぐデイビアの顔の隣、のぞき込むようにして少女の顔があった。目は大きく、どす黒い闇の渦に見えた。
「しっ」それは言う。口元がにやりとした。「ただなるようになるさ……。できれば、面白いようになればいいね」
彼女の手がデイビアの眼を覆った。
「おおっ」と、無感動な、機械的な声が聞こえた。「心ここにあらず、といったご様子だったので心配申し上げましたよ」
デイビアは眼を既に開いていた眼を、見開いた。視界が一気に開けた気がして、自分が今、驚愕の感情のまま立ち尽くしていたのだと気が付いた。
目の前には書見台があって、相変わらず本がそのまま置いてある。はっとして、デイビアは声のした方、背後を振り返る。
背の高い、端麗な女が佇んでいた。黒と白を基調としたドレスを着ていて、端々に見事な刺繍を施してある。メイド服のように、白い前掛けを垂らしていたが、その縁取りはレースでされている。このドレスはメイド服を模しているのだと思う。
女の眼は綺麗な明るい青色で、肌は病的なほど白かった。女は人形のような、一点のゆがみもない顔でデイビアに微笑む。無感情な笑みだった。
「初めまして」
言って、女は跪いた。デイビアはただ黙ってその光景を見守るしかなかった。少しして、女は顔を伏せたまま言う。
「あなたの忠実なしもべ、謹みて主に挨拶を捧げ奉ります」
デイビアは唇を震わせながら、声を発した。
「ぼくが……あなたの、あるじ?」
女が顔を上げ、眼を向けた。
「はい」