2 闇の奥に
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闇の奥を進むと、照明の淡い照明の光がはっきりと見えてくるようになった。暗闇の中は前後左右がおぼつかず、恐ろしいものだった。
デイビアは手を広げながら、一歩一歩慎重に前へ進む。
どうやらこの先で道は折れ、右へ向かっているようだった。証明の明かりは、その折れた先から投げかけられているらしかった。
デイビアはゆっくりと壁側へ行き、手で曲がり角を探るようにしてから、手をかける。
曲がった先を覗き込む。通路の奥に扉が見えた。その手前に、壁掛けの松明があった。デイビアが追ってきたのはその光だったのだ。
デイビアはやはり恐る恐る、通路を進んだ。松明を通り過ぎて、扉の前に立つ。扉はみるからに重厚な作りで、全面に装飾が施されていた。扉の縁は厚く飾られ、全体に掘り込みが入り、それにより複雑な意匠が形作られていた。上部中央には文字が彫られていたが、デイビアには読めない。自分に読めないということは、少なくとも神聖王国やその周辺諸国の使う言葉ではない。
(なんでこんなところに、こんなものが)
デイビアは振り返って照明を見る。誰があの松明をここへ置いたのだろう。松明はやがてその火を消すもの。そうであれば、誰かが近い内にあそこへ火を灯したということになる。どうやら自分が落ちたこの穴は、ただの穴ではなかったらしい。そういえば、ここへ来るまでの道も、まさに通路といった感じがした。土は均一な大きさで削られ、側面は土の隆起があったものの、地面は歩くのに苦労しない程度には鳴らされていた。――誰かが手を入れて作ったんだ。
(こんなものが、ぼくの家の近くに……)
誰が作ったのだろう、これは自分の家の下まで続いているのだろうか。デイビアは思いながら、再び視線を扉に転じた。
デイビアはそっと扉の表面に指先を当てた。すっと指の腹でさする。
――扉は軋みながらひとりでに開き始めた。
デイビアはさっと手を引っ込める。数歩後ずさりして、いつでも逃げられるように腰を低めた。眼を見開いている。
少しして両扉は開け放たれ、薄暗い室内が露わになった。部屋は奥行きがあるようだった。手前側は照明の光があって、ぼんやりとものの輪郭が見える。だが奥は暗闇に満ちていた。見る限り、部屋の端側には色々なものが置いてあるようだったが、部屋の中央は空いているようだ。部屋の床に、大きな模様の端が見える。
デイビアは入ってみることにした。
ゆっくりと足を一歩踏み入れる。すると、部屋に明かりがともった。壁に据えられた小さなランプが順々に部屋の入口側から奥側へと、火を灯し始めたのだった。デイビアは驚いて嘆息しながら、部屋を見回す。
部屋は高価な道具の保管場所らしかった。部屋の床には複雑な言葉と模様で円陣が刻まれている。それが淡い燐光を放っていた。部屋の端側には良く整理された状態で、高価な道具――箱に保存された剣や、戸棚、机や椅子、丸められた絨毯など――が、置かれていた。部屋の奥には大きな振り子時計が、物に囲まれながら、壁際に据えられていた。
部屋の中央には、デイビアの胸ほどの高さの台座があり、それは一冊の本のために置かれたものだった。本は閉じられており、表紙をデイビアに見せている。
デイビアは息をのむ。視線は自然とその本へ注がれている。デイビアにはその本が、偉大で、恐ろしく、貴重なものだということが分かった。この本は正しくこの部屋の主人であり、部屋はこの本のためにこそ用意されているに違いない。……そう思わせるほどのものが、この本にある。
「これは……」呟きながら、デイビアは本に近寄る。「高いものだ……間違いなく」
書見台に寄り、本の表紙を見る。表紙には何も書かれていない。革の装丁は高そうだが、それだけだった。……単純な革の装丁、それだけなのに。見る分なら、部屋の端々に置かれている品々の方がよほど高価そうに見える。だがこの本には、これが一番恐ろしく価値があると思わせる、雰囲気のようなものがあった。
デイビアは慄然としながら、本の表紙に手を伸ばした。
手先が表紙についた瞬間、デイビアは視界が白く光った気がした。身体が硬直し、背がのけ反る。息ができなかった。腹の奥から空気が弾かれたように昇ってくる感覚がしたが、口は固く食いしばられている。頭が激しく細動する。
そして視界が消えた。