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Labyrinth : デイビアの地下迷宮  作者: 奈鹿村
第3章 しもべら
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4 天使は地上に舞い降りて



「ふうん、ここが迷宮の入り口?」


 前かがみになりながら、額に手を翳していたアネネスが訝し気に言った。背後には同僚が四人、控えている。総勢五人の分隊だった。


 はい、と答えたのは一番背が低く若そうな少女だった。その面持ちには稚さが色濃くある。けれど、五人は天使。見た目の年齢は実際に重ねた年月とはあまり関係がない。ただこの少女に関しては、五人の中では見た目通りに一番年下だった。


 アネネスの隣に立っていたセズウが言った。


「魔族の残党ねえ」


「はいっ!」と、一番年下のフリオがセズウを振り向く。「地下迷宮を統べた魔王は倒され、彼の帝国は崩壊しましたが、魔族の残党はまだ息をひそめています! 油断大敵です!」


 セズウは面倒臭く思って、聞こえないように小さく舌打ちをして顔を背けた。セズウは面倒くさがりだから、真面目すぎるフリオが折にふれてうざったく思う。


「はいはい……わかってるよ」


「ここは見ての通り辺鄙な所ですから、魔族の奴らも、隠れ蓑にするには最適だと思ったのではないでしょうか」


 ふうん、と呟いたのはソラレスだった。ソラレスは周囲を窺っている。天使は普通、雲を穿つ大山の上に住んでいる。だから地上の田舎の風景が珍しかった。


 残る一人はクタネイルと言う。長身で長い金髪を腰下まで垂らしている。


 天使はみな美人で、女しかいない。人はその在り方を美しく儚げだと思いながらも、畏怖していた。彼女たちにはそう思わせるだけの本質的に身につけている雰囲気と、実力がある。


 アネネスが言った。


「残党って言ったって、こんな所に隠れてるような奴らでしょ? 大した実力はないと思うけど」


 セズウが同意する。


「大した実力のあるやつは、地上で暴れてとうにとっつかまえられてるよ。魔族ってのは馬鹿なやつばっかりだからねえ」


 違いない、とアネネスがニコリとする。


「それは危険な考えです!」


 アネネスとセズウは顔を見合わせてから、二人してフリオの方を見た。悪い顔だ。フリオを挑発した。

「ふうん……。あなたもしかして怖いの?」


 ふん、とフリオが鼻を鳴らす。


「怖いわけあるもんですか」


 フリオは強がってみせるが、ただでさえ小柄なフリオが首を横に振りながら否定する様は、アネネスとセズウの二人にとっては、可愛らしくさえ思えるものだった。


 二人はくすくすと淑やかに笑う。フリオはそれを慇懃無礼な態度として受け取った。二人は事実、内心面白くなっていた。


 それを横目に見ながら、ソラレスは溜息を吐く。隊長のクタネイルが声を上げた。


「お前たち、いい加減にしろ。じゃれ合うのは全て終わった後にしろ」


「じゃれあってなんかいません!」


 クタネイルはフリオの抗議を、手を払っていなした。


 五人の目の前には崖が立っている。崖自体の高さはそれほどでもない。精々、人三人分くらいの高さしかないから、少し顎を上げれば上端を捉えられる。その下、岩肌をソラリスは見つめている。

 ソラリスは岩肌に近づく。手をそっと岩肌につけた。指の腹が、そこに切れ込みがあるのを捉えた。振り返って、クタネイルに言った。


「ありました。門があります」


 地下迷宮に棲む魔物が地上へ出る際に作る入口のことを「門」という。それは入口が門を形どることが多かったからだが、形状に関わらずにそう呼ぶのが普通だった。


 フリオたちも声を上げるのをやめ、クタネイルの背後から崖の方を窺う。


「大した仕掛けもなさそうだね」


 アネネスが言って、セズウが頷く。クタネイルがその場所を睨むように見る。


「油断はできないよ。魔物って言うのは狡猾だから。当然罠かもしれない」


 これには誰も答えなかった。クタネイルは岩肌に近づき、手を差し伸ばした。ソラリスが横へよける。


「……でも、罠だろうがなんだろうが、わたしたちの前ではどれだけ意味があるんだろうねえ?」


 言って、クタネイルは一人小さく笑った。それに少し遅れて、四人が朗らかに笑う。クタネイルの背後でセズウが笑い交じりに言った。


「その通り! さ、入ろうよ!」



 神聖王国の都から西へいったところで魔物の噂が囁かれ始めたのは今から三か月ほど前のことだという。


 人間の老人は、天使に怯えるようにしながら、歯抜けの口で言った。


「へへえ……獣、と言えばよろしいんですかな。ともかく、そういうものを見たんでさあ」


「獣……。それはどういう風な姿をしていたの?」


 クタネイルが言った。


「姿、といわれましてもなあ……。なんせあいつは夜にしか出ませんから。わっしらにはよく見当がつかんのですよ」


「それでも獣と思ったんだろう? そしてその姿が魔物だと見当もついたんだろう?」


「はい」と、老人は顔を伏せぎみにしながら言った。「暗闇の中で、ぼんやりと見えるんですわ。ふさふさっとした大きな狼のようなものが、森を走っていくのが」


 老人はしわがれた手をぱっと開きながら、歯抜けの口でにたりと笑う。


 また別の女も同様のことを言った。


「はい、天使様。わたしは確かに森の中で魔獣を見たんです」


 クタネイルの質問に、少女は頷いた。


「魔獣? ……はい、確かに魔獣だと思います。犬の速さでは決してありませんでしたから、暗闇の中を、木から木へと、その影を縫うようにして走りさってゆきました。わたしは夕暮れどきにその姿をちらりとみたんですけど、とても恐ろし気だったので覚えています」


 少女は頷く。


「はい、ええと、村のはずれのあたりです」


 魔物の噂はこの村の住人を伝って、近隣の街へと伝えられた。噂は街の役人の耳へ入った。その役人は利口だったらしい。この噂はただの与太話に収まらないかと思い、首都へ情報を伝えた。神聖王国と天使たちとの間には魔物の動向に関しての約束事が定められている。それは、未だに魔王との決戦の痛手から立ち直れていない神聖王国に対する、神聖王国内の魔物に関する援助を取り決めた者だった。表向きはそうなっている。しかし実際には、天使による魔物に関することへの神聖王国側への従属的な支配の強制の面が大きかった。神聖王国は魔物に関する情報は全て天使側へと流さなければならない。そうして、この地の噂は天使たちへと伝わった。



「さ、開きました」


 ソラリスは岩肌に翳した手をなおしながら言った。今や岩肌に切り込みがはっきりと表れていて、それは四角い扉の縁を表していた。岩肌に黒い空間が現れている。土色の扉が左右に開いている。そして扉は完全に開かれた。


 五人はほとんど何の動揺もなくその穴を見つめている。


 フリオが仲間を見上げながら言った。


「例の魔獣はここへ入りました。……ええと、入ったと思われますよね。……実際、どれほど残党がいるんでしょうか」


 ふふ、とセズウが冷ややかに笑う。くだらないことを、とでも言いたげな笑みだった。


「なあに、入ればわかるよ」

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