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デイビアの地下迷宮  作者: 奈鹿村
第2章 罪を得て…
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5 斜陽


 ネルは窓の下枠を指先でなぞる。夕暮れの紅い陽光が窓から差し込んで、彼女の身体を紅く照らしていた。

 ネルは数日前に店に来た不幸な客のことをデイビアに話終えたところだった。ここはデイビアの家だ。デイビアは質素なコップに二人分の茶を注いだところだった。

 ネルは肩越しにそれを見る。

「ありがとう」

 言って、彼女はコップを手に取る。デイビアは椅子に座って、ネル越しに窓の外の光を眼を細めながら見た。紅い日差しが彼の顔を照らした。

「見て、森の上に太陽がある。もう二時間もしたら完全に沈むよ」

「それまでに帰ろうかな……。それとも、泊っていっていい?」

「お父さんと、お母さんはなんて?」

「良いよって」

「なんだ、もう先に言ってきてるのか」

「あたりまえじゃない」

 デイビアと小さなテーブルを挟んで、斜め前に座っているネルは、そう言って茶を飲む。デイビアは溜息を吐く。けど、幼馴染のこの気安さが、好きだ。

「……その人だけど、ネルのところの師匠は、治せる見込みがありそうなの?」

「もちろんあるよ。でも、どうかなあ。絶対はないもんね」

「そう。でも、たぶん治せるだろうって言ってくれる人がいれば、その人も心強いね」

「そうだと、いいね」

 言って、ネルは眼をそっと閉じた。あの弱った騎士の女は、本当にそんな人間が近くに居れば心がいくらかでも休まると感じるだろうか。何人もの人間に見せた、と言っていた。疲弊した顔色。きっと、欲しいのは父親が完治したという結果ただそれのみだろう、と思う。

 デイビアは低く言った。

「かもね」

 言ってから、ネルを見る。

「でも、それでも、手助けしてくれる人が近くに居るってだけで、人は少しでも気持ちが良くなるものだと思うよ。ネルもネルの師匠も、そのヘルネスさんの役に立てるんじゃないかな。……それは、治せなかったとしても」

 ネルは頷けなかった。師匠の作るポーションでもし彼女の父親が治癒しなかったとすれば、彼女は落胆し、あるいは師匠を憎みさえするかもしれない。……そんな気がした。

 ネルは顔をそっと上げて見る。前に座る幼馴染が、窓の向こうの風景に見とれていることに気が付いた。身体の向きを変えて、椅子の背に脇を乗せた。

「この光景がそんなに好き?」

「……どうだろう」

「わたしは好きよ」

「ぼくはなんだか悲しいなあ。この日差し、父さんが見てる気がするんだ」

 え、とネルは振り向く。幼馴染はほんの少し、悲し気な顔をしていた。

「どうしてそう思うの? あんたの父さんは死んじゃったのよ」

「きっとあの日も、ここでこうして、この光を見てたんじゃないかって思う。わからないけど」

 ネルは首を振る。

「ええ、わからないのよ。この光景をどう思うも結構だけど、お父さんのことを思い出すのは、良くないよ」

「悲しいんだよ」

「それでも。――わたしも悲しいよ。もうおじさんに会えないなんて。……おばさんに会えないなんて。それでも前を向いて生きていかなきゃ。夕暮れ時の光景にお父さんを一々思い出してたら、前になんて進めっこないんだからね」

 ネルは言ってから、立ち上がった。もう一度背後を振り返る。真っ赤な太陽が森の稜線にその下端を沈み込ませようとしているところだった。日差しが、本当に紅い。

 もうすぐしたら、太陽の光が衰えて、薄闇の中に入っていくのだろう。この窓から見える風景は好きだ。この夕暮れ時の風景も好きだ。でも、なんでだろう、今日はとても悲しいように思う。デイビアを見る。光景にそう思えるのは、幼馴染の顔がどこか悲し気だからだろうか。

「ご飯作ろうよ」

 ネルが言うと、デイビアは微笑んで立ち上がる。

「うん。ぼく、お腹空いてたんだよ。今日は大変だったんだから」

 言って、デイビアはすぐ後ろにある小さな台所へと向かう。

「ぼくが今日どれほど、皆様方の家々に貢献したかを、作りながら語って差し上げようか?」

 デイビアは大げさな口調で言って、ネルに笑みをこぼした。

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