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◆第四の手記

 白い世界が目の前に現れた。死後の世界だ。ようやく願望は遂げられたのだ。心はどこまでも凪いでいた。穏やかな空間に希望の風が吹き渡る。

 俺は喜び勇んで上体を起こすと、四方を見渡した。狭い部屋の中のようだ。白い壁で覆われ、リノリュウムの床が寒々しい。開け放たれた窓には鉄格子が嵌められてある。

 ──ここはどこだろう?

 部屋のドアが開いた。白装束の男と女が入ってくる。否、白衣を着た医師と看護師だ。

 ──ここは病室だ!

 ──すると……オレは、生きているのか?

「なぜだ!」

「運がよかったのさ。急所を外れたんだよ」

 医師は俺の脈を取りながらニタニタ笑っていやがる。

 ──運がよかった、だと!

 ──オレは死にてえんだ!

「そんなバカな! バカなことがあるもんか!」

 俺はまた恐怖に震え出した。ヤツの目が怖い。いつ襲ってくるか分からない。「勘弁してくれー!」

「さあ、安静にしてなさい。退院したら罪を償ってしっかり生きなさい」 

 ──何をほざきやがる!

 ──絶望を食らいながら生きろとでもいうのか!

 二人の白衣の悪魔は俺を置き去りにして、病室を出て行った。

 俺はベッドに身を横たえて膝を抱えた。震えは徐々に激しさを増す。一層身を縮こまらせると、病室のいたる所へ目を走らせたあと、気持ちを落ち着かせようと瞼を閉じる。

 そうして長い時間と共にようやく心の安定を得られ始めたので、静かに目を開けた。何も変わった様子はない。安堵して俺は溜息をついた。

 正面の白壁に目をやる。壁の手前に小さな半透明の靄がかかっている。よく見ると、さざ波のように揺れ出した。突然、靄の中心が裂け、極々小さな染みが浮かび出た。

 一旦目を逸らし、再び視線を染みに向ける。心なしか膨らんだかに見えたが、それは己の怯えのせいに違いなかった。俺は自嘲して両手で顔を擦ると、上体を起こし臆病の元凶と対峙した。じっと染みと睨めっこを続ける。

「──そんなはずは……」

 染みは確実に大きく膨らんでいた。それを認めた瞬間、靄は爆発的に破裂して二つの光が猛烈な勢いで俺に向かってくる。

 破けた空間から飛び出した真っ赤に燃え盛る炎は忽ち目前まで迫った。俺はベッドを抜け出して病室の隅っこへ身を寄せた。しかしヤツの魔手は確実にのびてくるのだった。

 俺は、死ねないという本物の恐怖と過酷な苦痛に苛まれながら、呪われた現実を生きなければならない。

 ──未来永劫!

「オレが怖いか? オレはお前だ! ナニを怖れているんだ? 報いを受けろ!」

 赤い目玉を覗きながら、俺は呟いていた。   


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