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◇カメレオンの生い立ち

 カメレオンは長崎県の離島で生まれた。島での暮らしは、貧しいながらも平々凡々だった。父親の仕事は鳴かず飛ばずでも島内での生活なら、家族を養えるだけの糧は得られていた。それが、先に内地に出ていた姉の誘いに乗り、田舎暮らしを捨て、都会での裕福な生活を夢見たところから親子三人の歯車は狂い出した。カメレオンが三歳時分、九州の大都市のとある町に移り住んだ。

 木造ぼろアパート一階の六畳一間には、煮炊きするだけの狭いスペースと流ししかなかった。風呂もなくトイレは共同。

 隣室には伯母夫婦と従姉の三人家族。

 この伯母というのが父親を呼び寄せた張本人なのだが、これがなかなかの曲者で、時を経ずして本性剥き出しに小姑風を吹かせ、嫁いびりを敢行してくるようになった。母親に対するその執拗な嫌がらせをカメレオンはいつも見て育った。

 幼い男の子にとって父親というものは、ヒーロー的存在だろう。しかし、伯母に洗脳されたように同調し、恫喝と暴言は日常茶飯事で、虐待に加担し始めた。伯母の操り人形になった父親の姿を目の当たりにした頃から、次第に憎しみめいた感情を募らせたようだ。

 度重なる虐待の果て、母親はうつ病を発症した。挙句、幼いカメレオンの手を引いて無意識に橋から海へ飛び込もうとしたこともある。幸い、偶然目撃した近くのタバコ屋の主から声をかけられ、思いとどまることができた。

 伯母の悪行は極まり、座した母親を足蹴りしたり、包丁を振り翳したりと暴力を振るうようになる。行為は度々カメレオンにも及び、恐怖心を植え付けられ、少年の心は蝕まれていった。

 そして手記にあるように伯母のあの暴挙だ。母子共々、命の危機に晒された体験が、十二歳の少年に伯母殺害を思いつくきっかけを与えてしまった。

 クリスマスの犯行が難なく成功裏に運んだことが、少年のその後の運命を決めることとなった。純粋に母親を守りたい一心だったものの、流血の光景が心を打ちのめして暴力の虜になった。カメレオンが己の志向に目覚めた瞬間なのだ。

 これで母への攻撃は止むはずだった。が、今度は父親単独で虐待は続くことになる。父親は、伯母が死んだ七日後、翌年の正月早々に死去している。やはり、あの階段の下で倒れているところを、通行人が発見したとのこと。誤って足を滑らせての転落死と見られている。

 父親の死については手記にも一切の記載はないし、弁護士にも言及はない。弁護士によれば、こと父親に話題が上ると、固く口を閉ざしたと言う。これが何を意味するのかは、憶測でしかないが、果たして……


 カメレオンは、県立T高校普通科へ進学する。ここは、学区内から学業優秀な生徒が集まってくる県内有数の進学校である。

 ここで、同級生複数の証言を幾つか紹介しておく。

「生徒会活動にも積極的で、常にリーダー的存在の模範的な生徒です。至って真面目な、いわゆる絵に描いたような優等生でした」

 同級生皆、異口同音で異論はなかった。

「物事をこなす時は、いつも冷静沈着っていった感じ。無表情で冷徹さを保ってたかなあ、怖いほど。信頼感は抜群なんだよね。ただ何というか、近寄り難いというか、そんな雰囲気を醸し出すんよ。まあ、俺の見解ね」

「一見、イケメンでカッコよくて、そんなクールなところが、女の子から持て囃されてたんです。スポーツ万能で、かなり、モテモテでしたよ。私だって初めて彼と出会った頃は、すごく惹かれちゃったもの。だけど、すぐに冷めちゃったのよね。ていうのは、彼の目には底知れぬ不気味さがあったの。冷ややかというか、まるで、蛇のような……私なんかは、視線を向けられると、ぞっと背筋が凍りつくようでした。ちょっと苦手なタイプだった……」

 興味深い証言をしてくれたこの女性は、三年間クラスメイトとして過ごしたそうだ。

 同級生の印象としては、後のカメレオンの性質をうかがわせるものかもしれないが、高校時代は、割と平凡な三年間を過ごしたらしい。

 手記によれば、少年時代に殺めたのは、高校の同級生一人と町のならず者の二人だと明記してあるが、何れも事故死として処理されている。

 カメレオンを信じるなら、犠牲になった同級生に該当するのは、 二年生時分のクラスメイト、素行不良の男子生徒しかいない。確かにその生徒は、同年の夏に手記通りの非業の死を遂げている。とすると、高校二年生、十七歳時点でも殺人を犯していたということになる。

 町のならず者に関しては、高校卒業後の春先、当時十九歳の暴走族“道嵐(どうらん)”の総長の遺体が同じ場所で発見されている。


 故郷を離れ、一人暮らしを始めた東京での大学時代は、殆ど人との交流を避けてきたように思われる。友人といえる者は皆無で、孤独な一面がうかがわれた。ゼミの教授も学友も全員、「印象の薄い」あるいは「全く記憶にない」との声ばかり。高校時代とは、まるで別人のようだ。息を潜めて生活していた印象を受ける。

 アルバイトもした形跡はない。母子家庭の貧しい実家からの援助なども期待はできなかったろう。だったら、学費や月数十万円のワンルームマンションの家賃やら、日々の糧をどこからどうやって捻出していたのかが疑問だ。もしかすると、これも推測に過ぎないのだが、この頃から、裏社会に通じていて、仕事を請け負っていたのだろうか。そういう疑念が湧いてくる。


 その後、一流商社に就職して現在に至るのだが、会社での評判も上々だった。何一つ落ち度など見つからない。この事件を知った同僚たちは皆、驚きを隠せなかった。

 社会人になってからは、己の言動には頗る注意を払っていたと見える。高校の同級生の証言とは打って変わって、「とても物腰の柔らかい、ごく普通の常識人」「誰に対しても優しい」との声ばかり。恐らく、自分でも手記に書いているように、営業職の過程で処世術を身につけて行ったと思われる。

 二足の草鞋の始まり……いや、それは既に大学時代から始まっていたのかもしれない。


 ここまで、彼の足跡をざっと辿ってみた。確かに不幸な生い立ちではある。少年の頃に血のにおいを嗅いだことが思わぬ動機になり、罪を重ね続けた。殺人は彼のアイデンティティに他ならない。そんな彼が、自らそれを捨て去る行為に及んだということは、並々ならぬ理由からだろう。

 手記によれば、森に侵入したのは、やはり検問を避け、逮捕を免れるためだった。この時点では、まだカメレオンの奇矯な振る舞いは現出していない。つまり、自殺願望の片鱗もない。

 次の手記からが、この事件の信じがたい特異性が見えてくる。


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