事件概要
8月のうだる暑さの中、住宅街から程遠い玉川沿いの駐車場で男性二人の射殺体が発見された。後部を川べりに向けた黒塗り高級外車の横で、何れも仰向けに横たわっていた。だだっ広い敷地には他に数台の乗用車しか認められず、閑散とした空気が充満していた。
一体はダークスーツ姿の中年男性。右肩と額を撃ち抜かれ、白いワイシャツはべっとりと鮮血で染まっていた。
もう一体は、軽装の二十代半ばの青年。駐車場中央の夥しい量の血痕は、そこが殺害現場であることを物語っている。そこから青年の足元まで死体を引きずった血の軌跡が一筋、線上に雪駄を置き去りにしてアスファルト上を汚していた。銃創は二か所、右太腿と右側頭部。ベージュのチノパンの片側が裾あたりまでべっとりと赤褐色に染まり、赤い柄のアロハは大きくはだけて厚い胸板に張りついた純白のTシャツが陽をはね返していた。
免許証から害者の身元はすぐに割り出され、組織の幹部とその舎弟だと判明した。
幾分荒っぽさも垣間見えるが、二体とも致命傷は的確な頭部への銃撃。明らかにプロの手口で、抗争の末路だと思われる。
この事件が特異な点は、犯行後、バイクで逃走し、森に侵入した犯人の不可解な行動だ。
森を散歩中の女子高生二人組に殺害を求めながら、所持していたトカレフを天に翳して発砲した。途端に彼女たちは西口方面へと逃げ、110番通報した。その後、駆けつけた制服警官に向け故意に発砲し、自らの射殺を乞うた。
その摩訶不思議な一連の行為が逮捕に繋がったのだが、当局もこの男については全くのノーマークだった。超難関国立大学を出て一流商社でエリート街道まっしぐらの経歴は、ある意味、完璧なカムフラージュといえる。名うてのヒットマンとして裏社会に通じていたとは、警察組織でも認識不可能であった。自ら名乗り出なければ、逮捕は到底困難だろう。そこで署内ではこの男をカメレオンと呼んでいる。(※本誌でもこれに倣い、犯人を“カメレオン”と呼ぶことにする)
一般道を迂回し、森を選んだのは、明らかに検問を避け、逮捕を免れるためだと思われる。逃亡は難なく成功したはず。なのに完璧な筋書きを捨てた理由が、皆目見当もつかない。なぜわざわざ自ら縛に着く行為に及んだのか疑問だ。自暴自棄の末、自殺願望でも芽生えたとでもいうのだろうか。それも腑に落ちない。
逮捕後、カメレオンは接見した弁護士に四通の手記を託した。手記は弁護士を通じて縮約されたものがネット公開され、森の中での身の毛もよだつ体験談が巷では物議をかもす種となった。その真偽はともかく、事件が切っ掛けで、昭和時代に途絶えていた森伝説の再燃を促したのである。このオカルトブーム到来の好機を各メディアは見過ごしはしなかった。挙って取り上げ、煽り立てた。
約20キロメートルの県道が周囲を巡り、小規模な湖を抱いた広大なこの森は、昭和中期の宅地造成を免れた。後に森林公園として整備され、湖上を渡る全長200メートルの橋の建設と同時に、東西方向に西口と東口を連絡する5キロメートル程の遊歩道が設けられて以来、都市のオアシス的存在として市民に親しまれてきた。北口と南口からは、山道を行くしかない。
この森が大都市のほぼ中心に手つかずで残ったのには、諸説ある。
1、都市計画の一環として温存が決定していた。
2、造成工事の途中、不慮の事故が多発。関係者の相次ぐ謎の死により止む無く中止。
この二つが、市民の間で囁かれている有力な(?)説だ。
後者は、ツタンカーメン王墓発掘時に偶然起きた同様の不幸を想起したファラオの呪い説に類するようなもので、オカルト愛好家の間で格好のネタを提供し得るものだった。それが、市民にも飛び火し、他愛無い都市伝説として定着した。
しかし、古来よりこの森にまつわる、ある不思議な伝説が語り継がれていることも事実である。
ネット公開された手記が、まさに森伝説と酷似していたことで、今回の物議をかもし、カメレオンの一連の不可解な行動の要因が判明したわけだが、俄かには信じ難いものがある。
そこで、本誌が独占入手した手記の全文を弁護士に手渡された順番通りの構成で掲載することにした。
読者諸氏には、どうか、この一連の手記からカメレオンの行動原理を読み解いていただきたい。




