94.『この仕事が終わったら結婚。』デスゲームだと知らずに参加している男は、彼女に会いにいくために、刑事だったときとは真逆の行動を始める。
野村レオは、外に出るつもりでいるが。
野村レオがいる場所は、デスゲーム内。
入ることはできても、出ることは。
生きていくのでさえ、デスゲーム運営の意向から外れないことが最低条件。
野村レオは、この部屋から出られない旨、デスゲーム運営から通告されている。
運営の送り込んだ北白川サナは、野村レオの命をとる話を、野村レオにふっていた。
北白川サナが、野村レオのトドメをさすのだろう。
新人歓迎会が行われているこの部屋で。
俺は、野村レオの希望が叶わないと知っている。
『この仕事がうまくいったら、結婚しよう。』
野村レオの一生は、今日、この部屋で終わる。
野村レオのプロポーズは、成就しない。
野村レオは、まだ、気づいていないのか?
未来が、既に閉ざされている、ということに。
「俺には、待っている女がいる。
惚れている女を待たせるなんて、男の風上にもおけないだろう?」
と野村レオ。
野村レオの俺を見る目は、獲物を狙うネコ科の目になっている。
研いだ爪を隠すのを止めようとしている。
獲物に飛びかかる前のタメ。
言葉を選び間違えたら、俺が危険だ。
自暴自棄になった野村レオが暴れたら、真っ先に巻き添えをくうことになるのは、俺。
「なんで、俺に話した?」
俺は、野村レオの出方をうかがう。
慎重に。
慎重に。
そもそもの話。
体力と気力があって、暴力を厭わないタイプとは、顔を合わせたくないんだ。
野村レオに関わりたくないと言ったら、鎌の刃についた血をチラつかせるどころでは済まなくなるだろう。
だから、野村レオとの会話は拒絶しない。
野村レオは、俺を巻き込もうとしている。
デスゲームから脱出して、待たせている彼女に会いに行くために。
どんな話を持ちかけてくるのか。
聞くだけなら、聞いてやる。
野村レオの考えた方法を避けるために。
新人歓迎会の様子は、本日のデスゲームとして配信されている。
この部屋で、誰が何を話しているか。
デスゲーム運営には筒抜けだ。
試したい方法があるなら、腹に秘めておくに限る。
野村レオは、拳を止めて、腕をおろした。
「一人だけ異質で、サナが気に入っていている。」
と野村レオ。
おろした腕をぶんぶんと振り回す野村レオ。
「俺のことを気に入っているんだろうとは思うが、その理由は知らない。」
嫌な予感がする。
「理由?
理由なんてものが知りたいのか?
強いて言うなら、こちら側にいないからだろう。」
と野村レオ。
野村レオは、俺が避けるよりも早く足を踏み出した。
俺は、咄嗟に鎌を持っている手を持ち上げる。
「いっ。」
俺の手に持っていた鎌は、野村レオの鎌に刃を引っ掛けるようにして、飛ばされた。
指が、今、曲がらない方向に動いた。
痛い。
俺の手から離れた鎌を、俺は追いかけることができなかった。
「うぐっ。」
俺は、首を絞められていた。
苦しい。
酸素を寄越せ。
迷いなく、俺の気道を圧迫するとは。
野村レオの鎌を持っていない方の手が、真正面から、俺の首を絞めている。
一人で、スマホがあれば事足りる世の中で。
自分以外もいる空間にいると、ろくなことが起きない。
「サナ。」
と野村レオ。
予感があたった。
最悪だ。
「サナの可愛いツバメが一羽、俺の手の中で、死にそうになっているんだが。」
と野村レオ。
北白川サナに、俺を人質にとって交渉するという目のつけどころは、悪くない。
ここが、デスゲームの外なら。
人質をとって交渉するという野村レオの行動に、意味をもたせることもできた。
デスゲーム内にいる時点で、全員、死へのカウントダウンが始まっている。
死ぬ未来が確定している人質を助けるか?
今死ぬか、後で死ぬか。
死を見せ場にするデスゲーム運営は、今、ここで、人質として俺が殺されることを、歓迎するだろう。
俺は、今まで、北白川サナの隣にいただけの傍観者だった。
俺は、まだ、手を汚していない。
加地さんと俺だけは、まだ、誰も殺していないどころか、怪我もさせていない。
加地さんの姿は、鎌を動かす人の壁に隠れてしまい、床に飛んでいる血のシミくらいしか、俺には確認できない。
誰も殺していないから、殺されるのか?
殺されても仕方ないのか?
殺されることに甘んじるのか?
俺は、気に食わない。
殺されてやる気は、俺にはない。
頼まれても、死んでやるものか。
俺は、喉を絞めている野村レオの腕を、両腕で力いっぱい殴る。
両側から挟むように殴ってやると、野村レオは、顔を歪めた。
効いているなら、と殴り続けていると。
野村レオは、持っている鎌を俺の鼻先に当ててきた。
「削がれたいか?
サナのツバメ、余計な真似をするな。
まだ、死にたくはないだろう。」
と野村レオ。
近づいてくる足音がした。
足音は、三メートル手前で止まった。
「ここで死ぬなら、それがツバメの寿命です。」
と北白川サナ。
寿命?
人質にされて、殺されるのが、俺の寿命か?
ふざけるな!
「レオがツバメを殺している間に、私がレオを殺します。」
北白川サナは、淡々と告げる。
野村レオと北白川サナに、利用されて殺されるような最期なんて、誰が受け入れるか!
「へえ?そう言うなら。
三メートルも離れた場所で野次馬していないで、殺しにきたらどうだ?
絶好のチャンスだろう?」
と野村レオ。
「バレバレの誘い文句には乗らないです。」
北白川サナは、三メートル先から動かない。
「誘い文句かどうか、試さなくていいのか?」
と野村レオ。
野村レオは、人質をとった甲斐がなくてさぞ残念だろう。
俺の命の危機は、継続中。
人質としての価値がないと判明した人質の扱いは、どうなる?
「私ではなく、レオの手の中のツバメ本人に試させたらいいです。」
と北白川サナ。
何をさせる気だ?
北白川サナの口ぶりでは、俺にチャンスを与えるように聞こえる。
首を絞められている状態の俺に、どんなチャンスをくれてやろうとしているのか。
今に至る全てが、俺は気に食わない。
それでも、チャンスがあるなら、あがいてやる。
生き延びるために。
楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の☆で応援してくださると嬉しいです。