93.野村レオの経歴。俺は、頭を下げたくないし、下げられたくない。脅してくるなら、やり過ごさずに、煽れるだけ煽るのが、俺。
野村レオの鎌を持っている方の手がぶらぶらと揺れる。
野村レオの鎌の刃には、一人刈り取った後の名残りが付着している。
血のついた鎌の刃を俺に見せているのは、脅して、何かをさせようとしているのだろう。
背中にナイフを突きつけるよりも、実際に命を刈り取るために使っていた鎌の刃の血は、視覚的な恐怖を呼び覚ます。
野村レオは、刑事だったと匂わせてくるが、刑事だとは断言しない。
デスゲームの中でまで、脅されて誰かの言いなりになってたまるか。
デスゲームの中にいる時点で、不本意なのに。
俺は、脅されて、使われる生き方はしない。
加地さんの横にいたときの野村レオは、良心的な人物に徹していたのかもしれない。
加地さんの護衛として、一体感を出すために。
俺は、鎌の刃を見せられたくらいでは、ひかない。
まだ、いける。
まだ、俺がひくタイミングではない。
鎌の刃が、首に食い込みそうになったら、ギブアップするが。
もうちょい煽れるから、煽ってもいいだろう。
「お喋りついでに答えないか?
行方不明者の捜索、もとい、逃走した重要参考人の追跡を担当したのか?
重要参考人が、重要参考人として扱われることになった別件の方か?
野村レオは、どっちの捜査本部にいた?」
拳の速度がまた早くなった。
その質問には、答えたくないのか。
野村レオは、俺の煽りに反応している。
煽り甲斐はあるが、やりすぎて殴り殺されないようにしよう。
今までは、野村レオのペースで会話が進んだが、ここからは変化をつけていこうか。
やられっぱなしで、ペコペコするなんて、俺のすることではない。
俺は、俺以外の機嫌と都合に左右されたくない。
デスゲームのコメント入力の仕事を選んだのは、一から十まで、俺のペースでやっていけるからだ。
理不尽な思いをして頭を下げるのも。
無理難題を押し付けながら頭を下げられるのも。
どちらも、御免だ。
「加地さんにタレコミをしてきた人は、重要参考人が重要参考人であるという事実を把握していなかった。
もしくは、把握していてもタレコミ主の知り合いは無関係だと信じていた。
タレコミ主は、重要参考人と親しいわけではなく、重要参考人に手を貸して一緒に逃走した、と捜査本部が睨んでいた一般人と親しい人物だった。
タレコミ主は、刑事に聞かれて、同じことを話し、警察に取り合ってもらえなかった、というような経緯は、ないか?
タレコミ主は、知り合いが誘拐されたのでは、という疑いを、加地さんにタレコミした。
加地さんが情報を集めるにあたり、野村レオはいくらか情報を補填した。
加地さんは、素人にもかかわらず、真実に近づきすぎた、という認識で間違いないか?
真実に近づきすぎた加地さん。
加地さんが真実に近づく過程で協力していた人達。
今日は、両方を一掃する場を整えられている。」
野村レオは、俺の推測を聞いてニヤッとした。
笑っているのか、凄んでいるのか。
「野村レオは、予想していなかった展開に、急いで加地さんの側を離れ、俺に声をかけにきた。
加地さんをバックアップしていた人物に後継者が現れた話を加地さんにしていたが。
加地さんをバックアップしていた人物は、後継者に道を譲ったのか、譲らされたのか。」
野村レオは、もっと話せ、とでも言うかのように、口角を上げている。
「野村レオは、失踪した重要参考人の事件のときに捜査本部にいた、と俺は推測した。
捜査本部が解散して、一応の解決の目処がたったはずの事件の重要参考人。
重要参考人と共に姿を消した、タレコミ主の知り合い。
二人の行方を加地さんに探させた理由は、何だ?」
「別件の事件は、複数の重要参考人を被疑者に切り替える前段階で、捜査の打ち切り圧力がかかっていた。」
と野村レオ。
捜査の打ち切りへの圧力か。
「別件の詳細は聞かないでおく。
聞いたら、早死するだろう。」
「見込み通り、賢明な判断をする。」
と野村レオ。
「殴りながら、褒められて喜べるか!」
殴るより、避ける方が体力使うのではないだろうか。
「別件の捜査本部にいた俺は、全く関係のない事件の取り調べが不当だったという理由で、警察を免職になった。」
と野村レオ。
「免職?」
免職は、なかなか強烈だ。
それにしても、唐突に始まった打ち明け話は、何の前触れか。
「俺の免職と前後して、捜査本部は解散した。
逃走した重要参考人の取り調べの中心にいた一人は、自宅で首を吊った姿で家族に発見された。
捜査本部の中心人物は、不幸な事故で、心身の健康を損なった。
他のメンバーも、元気なやつは閑職にまわっている。」
と野村レオ。
別件の複数いる重要参考人自身が、何人も人を動かせる立場にいるのか。
重要参考人達の背後に何かいるのか。
捜査本部への圧力に屈しなかったことへの見せしめが行われたとき。
なすすべがなく、されるがままになったのか。
「逃走した重要参考人を捜索する方は、別の誰かの担当だったのか?」
「捜索するために別の捜査本部がもうけられた。」
と野村レオ。
「逃走した重要参考人を捕まえるために人員を分けたのか?」
「新しく人員を揃えた。」
と野村レオ。
新しい捜査本部に、新しく揃えられた人員。
捜査本部の捜査員には、情報を共有する時間、一から情報を把握する時間が必要になる。
重要参考人のために、逃走時間を追加で確保したか。
「逃走した重要参考人は、主犯格か?」
「そうだ。事件の全容解明は、主犯格を捕まえられなかったせいで、不完全に終わっている。」
と野村レオ。
「野村レオは、事件の解明のために、加地さんに情報提供をしたのか?」
「警察を免職になった俺には、まともな再就職先がなかった。
免職になった俺を、ユイの護衛として引き合わせたやつは、俺に言った。
『加地ツグミの護衛という仕事を成功裏に終えられたら、次の就職先もすぐに見つかる。』
警察を免職になったせいで、俺は彼女との結婚を延期していた。
彼女は延期しなくてもいいと言ったが、俺は俺自身に納得がいっていなかった。
圧力に負けたままでいるのは、俺のプライドが許さなかった。
『次の仕事を決めてくる。次の仕事がうまくいったら、結婚してくれ。』
『しょうがないわ。頑張って。頑固だって分かっているから、大丈夫。』
彼女は俺の頼みを受け入れ、俺達は結婚を延期した。
『加地ツグミの護衛は、加地ツグミ自身と単年契約で結ぶといい。
加地ツグミとの契約更新がなくなるころには、警察を免職になったという経歴は個性になる。』
俺は、そいつの言葉を頼りに、加地ツグミの護衛を引き受けた。
加地ツグミとの契約は、さっき切れた。
俺は、俺を待っているやつのところに帰る。」
と野村レオ。
「加地さんのことは、なんとも思っていなかったのか。」
「どんなに近くにいても、高嶺の花には、手を伸ばさない。
出発点が違いすぎて失敗する。
俺には、遠くにいても、待たせているやつがいた。」
と野村レオ。
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